アストン・マーティンDB9(FR/6AT)【試乗記】
これぞ英国流スーパースポーツ 2013.04.22 試乗記 アストン・マーティンDB9(FR/6AT)……2580万3350円
初登場からほぼ10年を迎える、スポーツカー「アストン・マーティンDB9」。さらなるパワーアップを果たした最新モデルを駆り、その魅力を探った。
大女優の存在感
新しい「DB9」に乗っていて、あらためて痛感したのは「アストンの神通力」である。路上からも歩道からも、まあよく注目されること。高速道路の本線を走っていると、斜め後ろについてなかなか追い越していかないクルマがたまにいる。すぐ左でしばらく並走を続けた黒い「GT-R」もいた。キャップをかぶった若いドライバーは、こっちの顔をのぞき込むようにしてから猛然とフル加速していった。のるかよ、アストンだぜ。
いきつけの富士山撮影ポイントで写真を撮っていたら、富士山をやめてDB9にレンズを向けてくる人が何人もいた。そんなこと、初めてだった。たぶんこのクルマはだれの目にも大女優のように美しく映るのである。高級車は数あれど、そのため、向けられるのが「怨嗟(えんさ)の視線」ではないのだ。
アストンの中核、DBシリーズの最新型がDB9である。DB9としてデビューしたのは2003年秋のことだが、10周年にあたるこの2013年モデルでビッグマイナーチェンジを受けた。
一番大きな機構的変更点はエンジン。フロントミドシップされる6リッターV12はヘッドが刷新され、従来型から40psアップの517psを得て、このクラスのスーパースポーツの“常識”となった大台突破を果たした。カーボンセラミックのディスクローターと、ブレンボのキャリパーが標準装備され、バネ下が12.5kg軽量化された。手たたきで作られるアルミボディーにも、控えめなフェイスリフトが加えられている。
フルカーボンボディーの「ヴァンキッシュ」や、すでに完売御礼の「One-77」あたりに比べると、DB9は地味である。しかもV12アストンとしては登場年が最も古く、最も安い(笑)。そのためか、日本でのセールスは「苦戦している」そうだ。
時と場合で変わる所作
0-100km/hを4.6秒でこなし、トップスピードは295km/h。DB9が速いのは当然だ。ワインディングロードでも517psの片りんを味わおうとすれば“大迫力”である。トランスアクスルのおかげで、前後重量配分はほぼイーブン。大トルクと強力なLSDでアウトにはらもうとする後輪を、ESPが瞬速で落ち着かせる。FRハンドリングの醍醐味(だいごみ)が味わえる切れ味の鋭いシャシーである。
だが、普通に走っていると、DB9は実にエレガントで快適な高級クーペである。まず乗り心地がいい。ボディーの高い剛性感も印象的だ。エンジンは、タウンスピードだと「音がしない」といっていいくらい静かである。高速道路でもしかり。100km/h時の回転数は6段ATのトップで1750rpm。パドルで2速まで落とし、逆時計回りのタコメーターが5200rpmまで跳ね上がると、やっと音がする。
それくらい静粛だが、ただし二面性もある。冷間始動時のマナーだ。6リッターV12が冷え切っていると、クランキング直後の第一声はまさに“雄たけび”だ。スーパースポーツとしての演出だけでなく、クリーンな排ガスのために速攻で触媒マフラーを暖めるという実利もあるだろう。ともあれ、お隣が決して至近距離にはない、やはり豪邸向きのクルマである。
今回、満タン法のデータはとれなかったが、約280kmの区間でトリップコンピューターが出した燃費は6.3km/リッターだった。
すみからすみまでブリティッシュ
全幅は1.9m、ミラーを入れると2.1m近くになるファットなボディーだが、革の芳香が漂うコックピットはむしろタイトだ。そして、一度乗ったら降りたくなくなるほど居心地がいい。それは例えば1960年代の「ロータス・エラン」のコックピットにあった気持ちよさと同質だ。色気で陶然とさせるイタリア製スーパースポーツとはまた違ったブリティッシュな雰囲気がそこにはある。オーディオはバング&オルフセン。どうせならイギリスの真空管式アンプ機を搭載すればいいのにと思う。
運転席のサイドシル側にある駐車ブレーキはフライオフ式。かけた状態でもレバーは水平に寝ているため、一見さんが乗ったら、まちがいなく「サイドブレーキどこ!?」状態になるだろう。ジャガーがやめたこのブレーキを今なお残すガンコさも、イギリスっぽい。ちなみに、グローブボックスのサイズに合わせた細ながーいオーナーズ・マニュアルの最初の見開きは「アストンマーティン・オーナーズクラブへの御招待」と「アストンマーティン・ヘリテージトラストについて」である。
軽いアルミのエンジンフードを開けると、最終検査員のサインが入った6リッターV12が現れる。しかし、フードの裏側にはボンネット開閉メカのリンクやワイヤ類が露出している。こういうものは、ドイツ車なら隠す。これだけのハイテク高性能車なのに、人の手が入る、人の手が入れられる余地を残しているやに見えるのも英国車的だ。
最もベーシックなV12アストンは、だからこそ、最もシンプルにブリティッシュ・スーパースポーツの神髄を見せてくれるV12アストンだと思う。ワタシはDB9で十分です(笑)。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=峰昌宏)
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下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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