アストンマーティンDB9 GT(FR/6AT)
12気筒礼賛 2016.01.09 試乗記 英国のゲイドンで“手作り”されるアストンマーティンの高級スポーツカー「DB9」が、より高出力のエンジンを搭載した「DB9 GT」に進化。V型12気筒ならではのパワーフィールと、ボディーコントロール能力の高さが織り成す走りの魅力に触れた。その威光にかげりなし
ハイブリッドにFCV、ピュアEVにクリーンディーゼル……最近話題のパワーユニットといえば、それは“エコ系”のアイテムばかりだ。
排気量を落とした上で過給機を加えた、いわゆる“ダウンサイズ”を図ったエンジンも存在感を強めている。CO2排出量の削減=燃費の向上をより徹底させようと、さらに“レスシリンダー”すなわち気筒数の縮小という手段にまで挑むのも、今や「当たり前」の方策だ。
そんなダウンサイズ化の影響は、10気筒、あるいは8気筒のエンジンで特に顕著に表れている。実際、ほんの数年前までは「8気筒と12気筒の“いいとこ採り”」ともてはやされた10気筒ユニットは、すでにその大半が姿を消し、自然吸気の8気筒エンジンも、ターボ付きのより小さな6気筒ユニットへと“ダウンサイズ+レスシリンダー”の憂き目に遭っている。
一方、意外にも「この先もしばらく安泰」と目されるのが、これまで乗用車用のハイエンドユニットとして君臨してきた12気筒のエンジンだ。ブランドそのものが8気筒ユニットと共に育ってきた歴史を持つゆえに、おいそれと主力エンジンのレスシリンダー化が図れないAMGですら、「12気筒は12気筒で固有の生き残り先がある」と、当分はそれを“温存”する可能性を示唆している。
アメリカ市場をはじめとして、いまだ少なからず残る“気筒数崇拝”が強い顧客のために12気筒エンジンの生産は当分やめないというのが、多くのプレミアムブランドに共通する考えかただ。10気筒ユニットが姿を消し、8気筒から6気筒への転換も進んでいけば、12気筒エンジンゆえの希少性やプレミアム感は、この先むしろ増しこそすれ、衰えることはなさそうでもある。
CEO自ら12気筒の存続を名言
直近の年間販売台数、わずかにおよそ4000台。100年を超える歴史を持ちながら、その間の累計生産台数は7万台ほどにすぎないという、際立ったエクスクルーシブ性が特徴のアストンマーティンも、そんな12気筒エンジンを珍重する数少ないブランドのひとつだ。
かように少数の高級かつ高価なスポーツモデルのみを、2003年に英国ゲイドンに新設した工場でほとんど“手づくり”するこのブランドの作品にも、この先当分12気筒エンジンが搭載されていくことが確実となっている。
近い将来登場する新モデルについては、AMGから供給を受ける8気筒ユニットの搭載が公にされている。が、それと同時に自社製の12気筒エンジンを搭載したモデルを継続生産していくことを、2014年に日産副社長からの電撃移籍で話題となったアンディ・パーマーCEOが(ハイブリッド・システムとの組み合わせを示唆しつつ!)自身の口で明言しているのだ。
ここに紹介するDB9 GTも、典型的かつ伝統的なFRスポーツカーのプロポーションを印象づけるスラリと長いフードの下に、12気筒エンジンを搭載する。5935ccのV型12気筒自然吸気ユニットが発する最高出力は、547psという強靭(きょうじん)さだ。
フロントにミドマウントされるエンジンから取り出された回転は、減速されずにリアへと伝達。オケージョナルシートの下にマウントされた、バイワイヤ式でシフトポジションが制御される6段AT“タッチトロニック”との組み合わせにより、運動性能については4.5秒の0-100km/h加速タイムと295km/hという最高速が発表されている。
走りだす前から、オーラが違う
全高が1.3mにも満たないスポーツカープロポーションの持ち主ゆえ、間口に対して天地が小さく、それゆえに大きいというよりは長い印象が強いドアをスティック状のアウターハンドルを引いて開き、ごく低いポジションにマウントされたシートへと滑り込む。
前方へと足を強く投げ出した格好となる、典型的なスポーツカーらしいドライビングポジションを採ると、センターパネルへとつながるコンソール部分が相対的に高い位置にあることも手伝い、囲まれ感がかなり強い。が、一方で視界は決して悪くない。例え前席の2人がそれぞれ手荷物を持ち込んでも、その置き場に難儀せずに済むのは、「これでは子供ですら足のやり場に困るはず」とそんな代物ではありつつもリアシートが確保されており、そこを“もの置き場”として利用することができるからだ。
センターパネル最上部のスロットにキーを手前から水平に差し込む、という流儀でエンジンをスタート。完爆時の“ひと吠(ほ)え”と共に、12本のシリンダーはきめ細かく心地良い鼓動を打ち始める。
ちなみに、そんなエンジン始動時のプロセスでも、4気筒あるいは6気筒エンジンのそれよりも回転数の変動が明確に小さいゆえ、コンプレッション間隔の小ささが連想できる。すなわち、スターターモーターを作動させた段階での印象も「多気筒エンジンならでは」ということ。「ダウンサイズって何のコト?」な6リッター12気筒の持ち主は、すでに走りだす前の段階から、かくも独特のオーラを発しているのである。
スポーツカーとして、GTとしての質を高めるために
前述のイグニッションスロットと並んでセンターパネルの特等席にレイアウトされたシフトボタンで、Dレンジをセレクト。シートとサイドシルの隙間にレイアウトされたレバーをいったん引き上げた後に床まで降ろし、パーキングブレーキを解除して発進する。
大排気量エンジンゆえに絶対的なトルクが大きいので、動力性能は無論文句ナシ。すこぶる強力でありつつ“炸裂(さくれつ)感”が控えめなのが、この心臓ならではの特徴的なパワーフィールだ。
ただし、アクセルワークに対する応答性にあと一歩のシャープさが欲しいことと、「スポーツカーはやっぱり“音”だ!」と思わず快哉(かいさい)を叫びたくなる珠玉のサウンドの変化をより楽しみたいという思いもあり、ややルーズなトルクの伝達感を持つ現状の6段ATについては、よりシャープでタイトなつながり感が味わえる、8段程度のATへとアップデートしてほしいという印象を抱いた。
エンジンをフロントミドにマウントする成果は、6リッターで12気筒という記号がもたらす“重厚長大”さを意識させない、コーナリング時の思いがけず軽やかなノーズの動きに象徴される。
フロントに35%、リアには30%偏平の20インチシューズを履くにも関わらず、まさに見た目通りの“流れるような走り”を演じてくれるボディーコントロール能力の高さは絶品。一方で、わずかなわだちにも反応してしまう対ワンダリング性の低さは、リラックスした走りに水を差してしまうし、何より世界一級のゴージャスなグランツーリスモとしての、このモデルのキャラクターにそぐわないのが残念だ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
スクリーンでの活躍するのもうなずける
そぐわないといえば、ナビゲーションシステムの機能や地図グラフィックも、アストンマーティンというブランドを考えれば物足りない。実は、このモデルに標準装備されるのは“簡易ナビ”で知られるガーミンの作。もっともここは、社外品の接続を請け負うサードパーティーの業者も存在するようではあるが。
もはや“芸術品レベル”と思えるスタイリッシュなエクステリアと、熟練工が丹精込めて仕上げる姿がまぶたに浮かぶ、入念な作り込みによるインテリアの融合――それこそが、アストンマーティン車の神髄と言えるだろう。ましてやそれが、どこまでも走って行きたくなる乗り味を実現させた当代一流の性能を備えるスーパースポーツカーだとすれば、そんな家系の歴代の作品が、銀幕のヒーローとしてスポットライトを浴びるのもまさに当然なのかもしれない。
(文=河村康彦/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
アストンマーティンDB9 GT
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4720×2060×1282mm(※全幅はサイドミラーを含む)
ホイールベース:--mm
車重:1785kg
駆動方式:FR
エンジン:6リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:6段AT
最高出力:547ps(403kW)/6750rpm
最大トルク:63.2kgm(620Nm)/5500rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 95Y/(後)295/30ZR20 101Y(ピレリPゼロ)
燃費:14.0リッター/100km(約7.1km/リッター、欧州複合モード)
価格:2325万円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:1340km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:564.0km
使用燃料:100.3リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.6km/リッター(満タン法)
![]() |

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。