第49回:女子3人、北へ――ゴルフで旅するロードムービー − 『ペタル ダンス』
2013.04.11 読んでますカー、観てますカー第49回:女子3人、北へ――ゴルフで旅するロードムービー『ペタル ダンス』
ロードムービーはクルマが決める
ロードムービーにとって、クルマの選択は作品の成否を左右する大きな要素である。「フォード・サンダーバード」でなければ『テルマ&ルイーズ』は女二人の焦燥感から解放へと向かうカタルシスは表現できなかったし、『リトル・ミス・サンシャイン』の可憐(かれん)さと幸福感は「フォルクスワーゲン・タイプ2」がもたらしたものだ。日本映画を見ても、『幸福の黄色いハンカチ』は真っ赤な「マツダ・ファミリア」と切り離しては考えられない。カン違いしそうだが、映画は1977年の公開だから、5代目のいわゆる“赤いファミリア”ではなくFR最後のモデルだった。
クルマの選択を誤って、ひどいことになった映画もある。ロードムービーではないが、一昨年に公開されたある日本映画では探偵が相棒の運転する古いクルマに乗っていた。サビだらけで、エンジンもなかなかかからない。英国車のようだがなんだろうと思ってよく見たら、日本製のパイクカーだった。わざとサビ加工するだけでなく、アフターファイアを効果音として使ってメンテナンスの悪いキャブ車のように見せかけていたのだ。英国車と日本のメーカーの双方に対して、失礼極まるやり口だ。浅薄で安直な姿勢は映画作り全体に通じていて、できあがったものは絵に描いたようなご都合主義の悲惨な代物だった。
『ペタル ダンス』は、女子3人が北に向かうロードムービーである。水色の初代「フォルクスワーゲン・ゴルフ」を選んだことが、この映画の肌触りを決定している。このクルマでなければならなかった。観終わったあと、そう思わせられるのだ。
茨城の中古車屋でサルベージ
ジンコ(宮崎あおい)は、大学時代の親友だったミキ(吹石一恵)を訪ねようと思った。もう、6年も会っていない。もう一人の親友で、同じ街に暮らす素子(安藤サクラ)と一緒に北に向かうことにした。出発の直前、ジンコは指にケガをしてしまう。運転が心もとないので、ふとしたことで知り合った原木(忽那汐里)に同行してもらうことになった。
クルマは、素子の別れた夫・直人(安藤政信)から借りることにした。長い間放置されていたらしいゴルフはホコリまみれで、フロントウィンドウが汚れて前がよく見えない。直人も不安げで、“かかんのかよ……”と言っている。乗り込む時は、“このクルマは中からしか開かないから”と説明した。特にクルマ好きでもフォルクスワーゲンマニアでもなく、ただ実用車として扱っているようだ。
撮影にあたってこのクルマを見つけるには苦労したらしく、茨城の中古車屋で泥にまみれているのをサルベージしたのだという。ゴルフは大ヒットモデルだから、初代といえどもタマ数はそれなりにあるはずだ。しかし、この色に限定すると、簡単には見つからなかったのだろう。曇り空の下を、目的地の青森へ走る。まだ雪の残る3月、荒涼とした風景の中を走るのはこのクルマでなければならない、そう監督は考えたのだ。
はっきりと事情は明かされないが、ミキは自らの体を傷つけるような行動をとった。それが、ジンコたちが彼女に会いにいくことを決めた大きな理由らしい。一方、原木は突然いなくなってしまった仲良しのキョウコ(韓英恵)のことを思っている。“風にのって飛んでいるものに願いごとを言うと、願いがかなうんだって”と言っていた彼女の言葉を頼りに、カモメやグライダーを見かけると何かをつぶやいている。3人はミキのもとを訪れ、再会を果たす。会話はぎこちなく、話題は乏しい。6年の間に広がってしまった距離は、簡単には縮まらないだろう。
女子目線からのクルマとは
こうして筋のようなものを書いてみても、この映画の概要を伝えることはできそうにない。華々しい事件も起きなければ、登場人物の激情が描かれるわけでもないのだ。カメラは彼女たちの気持ちに寄り添いながら、流れる風景を追い、時に空を写す。人物がフレームからゆっくりと出ていくと、スクリーンには風になびく木だけが残っている。水色のゴルフは灰色の空をバックに、悲しみそのもののようにたたずんでいる。やがて雲間から光が差し込むと、今度は希望の色として姿を現わすのだ。
監督の石川寛は、もともとはCMを作っていた人だ。資生堂の「マシェリ」などを手がけていたというから、もともと女性の心をとらえるのは上手だったのだろう。2006年の映画『好きだ、』も、主演は宮崎あおいだった。女子高生の役である。筋書き自体はやはりどうということもなく、ある一言を言い出せなかったことから生じた男女の行き違いをていねいに追っていた。石川監督は役者にシチュエーションだけを説明し、ナチュラルな会話を引き出すという演出法をとっている。生々しい息づかいが聞こえてきそうなリアリティーは、そこから生まれている。
だから、登場人物がほとんど女性だけと言ってもいいような今回の作品でも、作りものではない演技を引き出すことができている。男が頭のなかで勝手に考えた女性像ではない。女性から支持を集めている理由のひとつだろう。それゆえに、男の観客にとってはハードルが高い。『好きだ、』をある男性に観てもらったところ、かなり強い否定的な言葉が返ってきた。退屈そのもので、だからどうした! という感想しかないのだという。
『好きだ、』はニュー・モントリオール国際映画祭で最優秀監督賞を受賞している。クロード・ルルーシュが絶賛したそうだ。石川監督の作品は、『男と女』の世界に通じるものがあるのかもしれない。体が男であっても、心の中に女性のエッセンスを蔵している場合がある。それは、性的指向とは別のことだ。そういうタイプの人であれば、『ペタル ダンス』を観終わったあと、クルマが水色のゴルフでなければならなかったと感じるはずだ。そうでない人にとっても、女子目線ではクルマがどう映っているのかを知るのは無益なことではない。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。