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第5回:寒いのは苦手(その3)

2012.03.28 リーフタクシーの営業日誌

第5回:寒いのは苦手(その3)

難しい質問

“あなた”を降ろし、走りだしてすぐに乗せた次の客は「神楽坂まで」だった。黒いリーフタクシーは、運転手の皮算用どおり急速充電施設のある千代田区役所にどんどん近づいていく。

客が降りたのは神楽坂下で料金は1610円。ここまで4回の営業で水揚げ(売上げ)の合計は8150円、しかも2時間ほどでのことだからペースとしては悪くない。問題はバッテリー残量だった。

出庫してから走った距離は40kmとちょっと。それなのに、もうバッテリー残量を示す目盛りは3個しか残っていないのだ。フル充電で目盛りは12個、24kWhで走りだし、たった40km走っただけなのに18kWh使ってしまったことになる。千代田区役所の地下駐車場に直行である。

この充電施設で、と言うか、どこの充電施設でも他の電気自動車タクシーと鉢合わせしたことはない。何しろ都内に19台だ、自家用のリーフとは2回だけ接近遭遇したが、いまのところ「先着車が使用中」だったことは一度もなくて、充電作業はいつだってスムース。充電器を差し込んだら、あとは30分、区役所のソファーに座り読書で時間をつぶしていればいい。

「電気自動車って1回の充電で何kmくらい走れるんですか?」

JR飯田橋駅のタクシー乗り場で付け待ちすること20分。乗ってきたのは30代と思(おぼ)しき男性で、目的地を「鬼子母神まで」と告げてから彼の電気自動車に関する質問責めが始まった。

「だって電気自動車のこと気になるじゃないですか」
「ガソリン車ふうに言えば、要するに燃費ですよね、それ、すごく気になりますよ」

もっともな質問だとは思うけれど、答えるのは実に難しい質問でもある。

千代田区役所の地下駐車場にある急速充電スペース。こちらは誰でも無料で利用できる。
千代田区役所の地下駐車場にある急速充電スペース。こちらは誰でも無料で利用できる。 拡大
充電は簡単。急速充電器にある充電コネクターをリーフの急速充電ポートに挿し、充電開始ボタンを押すだけ。残量にもよるが約30分で80%まで充電ができる。
充電は簡単。急速充電器にある充電コネクターをリーフの急速充電ポートに挿し、充電開始ボタンを押すだけ。残量にもよるが約30分で80%まで充電ができる。 拡大

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真冬の実情を正直に申しますと

2カ月ほど前までなら、100kmとは言わないまでも「80kmくらいは走れると思います」と答えていた。それに対する客の反応は「意外と走れるんですね」と「え〜ッ、それしか走れないの」がほぼ半々。けれど、どうしてもエアコンが必要な真冬の実情はまるで違う。

たったいま充電を終えたところなんですよ、40kmしか走れませんでした。

こんなこと言ったらリーフのイメージに傷がつくようで、運転手としては心苦しいのだが、とりあえず言ってみる。

「えッ……、40km……」
彼はそう言ったきり、さっきまでの質問責めの勢いは失せ、しばし沈黙。

「ふ〜ッ、悩む」
えッ?
「いや、ひとりごとです」
そして、また黙り込んだ。

もしかして、運転手の「40km発言」が彼に悩みの種をまいてしまったというのか?
気になる。
けれど、目的の鬼子母神に着くまで、彼はもう運転手とは喋(しゃべ)ろうとはしなかった。俺は、確かに、何かいけないことを言ってしまったようだ。

リーフの補助金に詳しい関西のおばちゃんを最初に、充電前まで4回、充電後の営業回数も4回で、この日の仕事は早々に切り上げた。

「ずいぶん早い上がりだね……」
会社に戻ったところで休憩中の同僚は少し驚いていたようだけれど、実はね……。

急速充電は「フル充電」とはいかず、およそ8割程度までで充電は終わり、バッテリー残量は約18kWhまで回復(注)する。これで、いったいどれくらい走れたかと言えば、その距離35km。もう一度急速充電したところで35kmしか走れない、と、そう思ったら気持ちがなえて、もう帰る、というわけだ。

「そりゃ、俺でも帰る」
同僚は納得である。

帰庫した時点でバッテリー残量を示す目盛りは2つしか残っておらず、「あと17km走れます」(話半分と考えて8km強)の数字を見ながら「ふ〜ッ」とため息をついたリーフタクシーの運転手。

リーフ、寒い日は“仕事向き”のクルマじゃないな。
運転手は、誰もいない車庫で、誰に言うでもなく、そう呟(つぶや)いたのだった。
(寒いのは苦手:おわり)

(文=矢貫隆/写真=郡大二郎)

(注)頻繁に利用している千代田区役所の地下駐車場に設置されている急速充電器の場合、充電時間30分で充電量は「85パーセント」と表示される。満タンで24kWh、その85パーセントならバッテリー残量は20kWhまで回復する計算だが、残量を教える目盛りは18kWhを示す。

矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、 ノンフィクションライターに。自動車専門誌『NAVI』(二玄社)に「交通事件シリーズ」(終了)、 同『CAR GRAPHIC』(二玄社)に「自動車の罪」「ノンフィクションファイル」などを手がける。 『自殺-生き残りの証言』(文春文庫)、『通信簿はオール1』(洋泉社)、 『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。

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