フォード・マスタング V8 GTパフォーマンスパッケージ(FR/6MT)
語り継がれるクルマの予感 2013.05.20 試乗記 モデルライフもそろそろ終盤の「フォード・マスタング」に、アシを鍛えた限定モデルが登場。メーカーこだわりのシャシーの妙味を、スティックシフトで味わった。
道行く人が振り返る
仕事がら、発売ホヤホヤの新型車や希少な限定車を街で乗る機会は少なくないのだが、まあ、今回の「マスタング」の目立つこと、街中の目線を集めることといったらなかった。
その理由にはいかにもアメリカンV8らしい演出の「ズロロロロローッ!」という大迫力の排気音もあろうが、やっぱりこの色だろう。この目を射るようなグリーンの正式名は“GHIグリーン”。GHIは「Gotta Have It≒超欲しい!」の頭文字だそうである(笑)。
マスタングにおけるこのGHIグリーンは、日本では今回の主役である限定車「V8 GTパフォーマンスパッケージ」の、しかもマニア垂涎(すいぜん)の6段MT車だけで選ぶことができる専用カラーだ。
ちなみに、今回の試乗個体に備わっていた黒のレーシングストライプ、サイドスクープとリアクオーターウィンドウのルーバーは、純正オプションのアクセサリー。これら「70’s的アイテム」もそっち方面のエンスーにはタマらないものがある。ただ、リアクオーターのルーバーは、もとから芳しくない斜め後方視界をほぼ完全に封鎖してしまうから、選ぶなら覚悟が必要(笑)。注意されたし。
「マスタングV8 GTクーペ」をベースとしたパフォーマンスパッケージなる限定車が日本で売られるのは、今回が3回目だ。初回モノは2010年4月から、前回のモノは昨2012年1月からデリバリーされた。基本的な内容は今回もよく似る。エンジンに変更はなく、主にシャシー方面がワークスチューンされたうえに、日本では貴重な6段MTが設定されるところまでは同じである。
ただ、今回はベースが2013年モデルとなる。マスタングの2013年モデルはエクステリアデザインが変更されて、V8エンジンの出力が426psに向上、さらに“トラックアップ”というサーキット遊びに好適なエンターテインメント情報システムが追加されたが、これらはすべてこの限定モデルにも適用されている。また、今回は外板色とトランスミッションにも違いがある。6段MTだけでなくベースの日本仕様と同様に6段ATもラインナップされるのだ。この超絶に目立つGHIグリーンの外板色は前記のようにMT車(の一部)専用で、グリーン以外の外板色はいわゆるガンメタの“スターリンググレー”となる。
今回のパフォーマンスパッケージは合計40台の限定販売で、MT車が25台、AT車が15台という内訳となる。4月下旬時点でうかがった話では、残りわずかだがまだ完売ではない……とか。
アメリカンV8でヒール・アンド・トウ
ダイレクトなMTで味わうマスタングのV8は、6900rpmのリミットまでまったく引っかりはないが、いい意味でのタメと重々しさがあるのがアメリカンらしい。
4000rpmくらいまでは無意識に回せるものの、それ以上の回転域は、豪快な音圧が迫ってくるので、「俺は回すのだ」と意を決しないと威圧されてしまうのだ。ただ、その圧力に負けずに回せば、そこには感涙必至の爆音と大トルクの世界がある。5リッター(アメリカ流にいえば302cu.in)のV8は最新鋭のDOHCである。フォードの技術をもってすればこの程度(?)の回転数は無振動で無ドラマで達成可能のはずなわけで、こういう覚悟を要するフィーリングは意図的なものだろう。
今やスーパースポーツカーの世界も2ペダルが主流なので、こういう仕事をしていても、最大トルク50kgmオーバーの3ペダルMTに乗る機会はあまりない。だから、クラッチペダルはけっこう重く、反発力も女性にはそれなりの覚悟を要するレベルにある。
ただ、扱いにくくはない。V8は低速からとにかく大トルクにして柔軟性に富む。丁寧なクラッチリリースさえ忘れなければアイドリング付近でもネバるネバる(というか、絶対的なトルクの余裕が常に大きい)。タイヤが少しでも転がっていれば、それこそ1000rpmからでも上り坂をグイグイである。
フロント・ブレンボブレーキの恩恵か、ブレーキペダルも文句なしのカッチリ高剛性にしてストロークも適度に短い。しかも、強く踏み込んだときにアクセラレーターペダルとピタリと高さが合うように調律済み。マスタングでヒール・アンド・トウ!……いいじゃないか。
ただ、さすがにこの大トルクだけに、クラッチをアラっぽく扱うと即座にズドンというゲンコツを食らう。この衝撃の大きさはリアサスペンションがリジッドゆえの部分もあろうが、これを意識せずにスムーズに操れるようになれば、相当に運転がうまくなるはずだ。
前記のようにエンジン自体はノーマルのままだが、MTはギア比が総じて低くなっている(といってもトップの6速100km/hでも2000rpm以下だが)ので加速力は明らかに上乗せ。身震いしながらのフル加速は十二分にホットロッド気分である。
神髄はシャシーにあり
とにもかくにも、アメリカンV8をMTで味わえる正規輸入モデル……というところがこのクルマの大きな売りではあるが、パフォーマンスパッケージの神髄はシャシーにある。
このGHIグリーンのマスタングはとにかくまっすぐ走る。左右バラバラに蹴り上げられるような路面不整で、お尻が横ズレする挙動が出るのはリジッドの宿命だが、修正舵をことさら意識することなく、力をぬいてステアリングに手を添えているだけで矢のように直進する。穏やかな上下動をわずかに許しつつもピタリと安定。直線ともコーナーともつかない微妙なRの高速コーナーもジワ、ピタッという正確なステアリングで見事にクリア。条件が許せば180km/h……いや200km/hにごく近いレベルでも直進性と安定感とフラット感はまったく乱されないはずである。
まっすぐ走るのなんて当たり前だろ!……とあなたは言うかもしれないが、本当に生きた道でこれほどまっすぐ走るクルマは、そうはない。
それから、このクルマは乗り心地がもう涙が出るほど素晴らしい。もちろんノーマルより明らかにがっちり引き締まっているが、細かい凹凸を吸収しつつも上下動は1~2発で収束し、路面にネットリと吸いつく。レカロシートがほどよく体をホールドするのでクルマとの一体感も濃厚。これは専用チューンのサスペンションもあろうが、ハイエンド・スポーツタイヤのなかでは伝統的に乗り心地がいい「ピレリPゼロ」の恩恵が大きいと思われる。
シート一つでクルマは変わる
さらに、パフォーマンスパッケージは山道でもしみじみと味わい深いマスタングでもある。もちろんポルシェやルノースポールのように走るわけではないが、ステアリングは正確、ブレンボによる制動力は強力かつリニア、ピレリのグリップ感は芳醇(ほうじゅん)にして、それがレカロを通してお尻から高解像度で伝わってくる。
もちろん本気で踏めばその場でスピンターンできるほどのトルクである。それを、介入度合いを4段階から選べるスタビリティー制御(アドバンストラック)で、ウデに応じて遊べるのがいい。このアドバンストラックもパフォーマンスパッケージ専用チューンだそうで、フル作動のノーマルモードでも、きちんと向きを変えてからアクセラレーターを踏み込んでいけば、わずかにテールを張り出したFRらしい脱出加速を楽しめる。あとは上達に応じていろいろと試せばいい。個人的オススメは、ある程度のホイールスピンまで許して、最後のトリデを残しつつ遊ばせてくれる“スポーツモード”だ。
ノーマルのマスタングでも、そのアメリカンな味わいと現代的洗練性の両立レベルは、欧州車カブレの「食わず嫌い」を驚かせるだけのものがある。しかし、その一方で、グリップ情報がちょっと読みにくいサスペンションとタイヤ、日本人には大きすぎるシート、甘めのブレーキ……と、細かい部分での見切りがなかったとはいえない。
しかし、ダイレクトな6段MTに加えて、ピレリ、ブレンボ、レカロの「三種の神器」を得たパフォーマンスパッケージは、ノーマルのマスタングV8 GTにわずかに残っていた弱点を見事に、本当に見事なまでに霧散させている。レカロシートは今回初の装備だが、大排気量FRに不可欠の後輪グリップ情報を読み取るうえで、非常に重要な役割を担っている。レカロ以外は前回と大差ないが、これだけでも大きな進化といっていい。
大吟醸の味わい
このクルマは、「ポルシェ911」における「GT2」や「GT3」、あるいはホンダにおける「タイプR」のようなスパルタン・ハードコアモデルではない。マスタングでそれらに相当するのは日本未導入の「BOSS302」やスーパーチャージャー付き(!)の「シェルビーGT500」あたりだろう。
他のモデルで例えるのなら、ポルシェでいえば「GTS」といったところか。チューニング内容は文字にすると意外に少ないのだが、ノーマルにある細かいササクレやバリのようなものを丹念に磨き上げたこのクルマは、いわばマスタングの「大吟醸」あるいは「超熟版」。その神髄はある程度のクルマ経験値をもつ人なら、乗ればすぐに心に沁(し)みるように理解できるだろう。
現時点でまだ買えるらしいパフォーマンスパッケージだが、さすがにトランスミッションやボディーカラーを自由に選べる状況にはなさそうだ。ただ、シャシーにこそ神髄があるクルマゆえに、ATでもその価値は十分にある。また、来年にもフルチェンジといわれるマスタングだから、オカワリ輸入はあったとしても、クルマのデキはこれでほぼ完成形だろう。この2013年モデルのパフォーマンスパッケージは、マニアの間でビンテージマスタングとして、後世まで語り継がれる可能性が高い。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏)
テスト車のデータ
フォード・マスタングV8 GTパフォーマンスパッケージ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4815×1880×1415mm
ホイールベース:2720mm
車重:1660kg
駆動方式:FR
エンジン:5リッターV8 DOHC 32バルブ
トランスミッション:6段MT
最高出力:426ps(313kW)/6500rpm
最大トルク:53.9kgm(529Nm)/4250rpm
タイヤ:(前)255/40ZR19/(後)255/40ZR19(ピレリPゼロ)
燃費:--km/リッター(JC08モード)
価格:540万円/テスト車=550万7100円
オプション装備:レーシングストライプ(7万1400円)/サイドスクープ(1万6800円)/ウィンドウルーバー(1万8900円)
※記載のオプション装着には別途工賃が必要。テスト車の価格は工賃を含んでいない。
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:3923km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(4)/山岳路(3)
テスト距離:713.9km
使用燃料:108.6リッター
参考燃費:6.6km/リッター(満タン法)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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