マックイーンのあのマスタングが復活!
50年目の「マスタング ブリット」にアメリカ車の輝きを見た
2018.02.05
デイリーコラム
世界一有名なグリーンの「マスタング」
デトロイトモーターショーのプレビューイベントで、フォードのステージに1968年型「マスタング」が現れた。かたわらに立ってほほ笑む美女は、モリー・マックイーン。スティーブ・マックイーンの孫娘である。このマスタングは、映画『ブリット』の撮影で使われたモデルそのものなのだ。
2台の撮影車のうちの1台が長らく行方不明になっていたが、最近になって発見されたのだという。ナッシュビルの納屋でひっそりと保管されていたらしく、塗装がはげてサビが浮いているものの状況は良さそうだ。エンジンもかかるので、手を入れれば走行も可能だろう。
マスタングの名声を世界中に知らしめたのが『ブリット』である。サンフランシスコの坂道で「ダッジ・チャージャー」を追い詰めるシーンは、世界で最も有名なカーチェイスと言われている。サンフランシスコ警察のブリット刑事はチャージャーに乗った2人組の殺し屋を発見するが、気づいた彼らは交差点で急発進。アップダウンの激しい道で、すさまじい追跡劇が始まる。CGを使ってインパクトだけを追求する最近の映像とは違い、生の迫力が観る者を圧倒する。
坂の頂上ではいきおいあまってジャンプし、着地するとサスペンションがフルボトムして悲鳴を上げる。コーナーでは派手にカウンターを当てて斜めに抜けていく。バトルが始まってからは音楽が消え、V8エンジンの咆哮(ほうこう)とタイヤのスキール音だけが響き渡って臨場感を高めた。スタントは使わず、マックイーン本人が運転している。高い運転技術を持ち、数々のレースに出場していた彼がドライバーズシートを他人に譲るはずはない。
オリジナルに対する“オマージュ”が満載
マスタングはベビーブーマー向けのスポーティーな小型車として登場し、低価格とオプションの豊富さで大人気となった。ポニーカーと呼ばれるジャンルを作ったトレンドセッターである。『ブリット』で見せた勇姿がさらに評判を高め、パワフルでスタイリッシュなモデルというイメージが定着した。
フォードにとってこの名声は大切な資産だ。プレビューイベントで1968年モデルの横に展示されていたのは、最新型の「マスタング ブリット」である。ちょうど50年前の名車にオマージュをささげた特別仕様車なのだ。
「マスタングGT」がベースになっており、475hpの5リッターV8エンジンを搭載する。トランスミッションはマニュアルで、映画のモデルと同じ白い球形のシフトノブが装備される。フロントグリルに馬のエンブレムがないのも、映画を忠実に再現したからだ。ボディーカラーはブラックも用意されているが、主人公になり切るにはダークハイランドグリーンを選んだほうがいいだろう。
マスタング ブリットが販売されるのは初めてではない。2001年と2008年にも、特別仕様車がカタログに載せられた。映画好きやマックイーンのファンが欲しがるのは確実なので、商売としては合理的である。他人と違うクルマに乗りたいという気持ちは誰にでもあるので、もともとこうした特別仕様車は人気が高い。
古いところでは「スズキ・アルト」の“麻美スペシャル”が有名だ。CMに出演していた小林麻美のイメージをまとったモデルで、回転ドライバーズシートやエアコンを標準装備していることがウリだった。その頃小林麻美という名前はオシャレと同義語だったから、女子人気が高まったのは当然である。
「フォードKa」は小室哲哉とコラボした特別仕様車を発売したことがある。ボディーカラーはイエローで、小室のウェブサイトでのみ販売するという試みが新しかった。50台が完売したそうだが、今はどうなっているのだろう。
銀幕で見た輝きを手に入れたいのなら……
マスタングのライバルである「シボレー・カマロ」にも、映画に関係する特別仕様車がある。『トランスフォーマー』シリーズでは、主人公のバンブルビーというオートボットが地球ではイエローのカマロに変身しているからだ。トランスフォーマースペシャルエディションは、2010年のサンディエゴ・コミコンで発表された。
『男と女』もマスタングが印象的に使われている映画である。ジャン=ルイ・トランティニアンがアヌーク・エーメをコンバーチブルの助手席に乗せて雨の中を走り、競技用のマシンでモンテカルロラリーに出場している。こちらも映画史に残る作品だが、この映画のイメージで特別仕様車を仕立てるのは難しそうだ。ダバダバダ~というメロディーが浮かんで叙情的な気分に浸ってしまうのは避けられない。
アメリカ車が輝いていた空気を特別仕様車で味わいたいなら、このマスタング ブリットは最良の選択だろう。夏には販売が始まるというが、そういえばフォードは日本から撤退していたのだった。手に入れるのは簡単ではなさそうである。
(文=鈴木真人/編集=堀田剛資)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。