第51回:友を探してボルボで北へ―痛快マサラロードムービー!
『きっと、うまくいく』
2013.05.10
読んでますカー、観てますカー
インド映画の時代がやってきた!
カレーはおいしい。その一点だけでもインドは尊敬に値すると思っていたけれど、これからは映画についても十分な敬意を払うことにしよう。『きっと、うまくいく』は、よくできたインド映画ではない。よくできた映画なのだ。いわゆる“マサラムービー”というと歌と踊りばかりと思われがちだが、新世代のボリウッドは大きな変化を遂げているらしい。この作品はインドで歴代興行収入ナンバーワンに輝いたばかりか、世界中でヒットしてハリウッドでのリメイクも決定している。
『ムトゥ 踊るマハラジャ』があまりにも強烈だったので、日本におけるインド映画のイメージが定着してしまった。昨年この欄で取り上げた『ロボット』も、主演が同じラジニカーントだったこともあり、似たようなものだった。サービス精神にあふれたエンターテインメントでめちゃめちゃ楽しいが、それ以上でもそれ以下でもない。
インド映画に対する見方が変わってきたのは、2008年の『スラムドッグ・ミリオネア』からだろう。ダニー・ボイルが監督したイギリス映画ではあるものの、原作と舞台はインドでラストには歌と踊りもあった。今年公開されたアン・リー監督の『ライフ・オブ・パイ』も、インドの物語である。いずれも世界的に評価の高い映画だ。
資金面でも、インドの存在感は上がっている。スティーブン・スピルバーグの映画制作会社ドリームワークスは、資金難に陥って昨年インドの会社から巨額の資金提供を受けた。そもそもインドの年間映画製作本数は1200本を超えていて、ハリウッドの約2倍なのだ。50年代、60年代の日本がそうであったように、経済発展は映画の出来にそのまま現れる。日本の後に香港、中国、韓国ときて、波はインドまで押し寄せてきた。
6496ccのディアブロ?
物語は、大学生活とその10年後を行き来する形で進行する。名門工科大学ICEの学生3人が主人公だ。ランチョー、ファルハーン、ラージューは、寮で同室になる。先輩や教師に反抗してばかりいる自由人ランチョーのペースに、ほかのふたりも巻き込まれていく。学長からは目の敵にされ、問題児たちは“三バカ”(『3 idiots』が原題)と呼ばれるようになる。
入学から10年後の場面から、映画は始まる。飛行機で旅立とうとしていたラージューのもとに、「ランチョーが帰ってくる」と電話がかかってきたのだ。ファルハーンにも連絡して大学に駆けつけるが、ランチョーの姿はない。代わりに待っていたのは、何かにつけ彼らと対立していた同級生のチャトゥルだった。学生時代にランチョーにかなわなかった彼は、10年後のこの日に会ってどちらが出世しているか確かめようと捨てぜりふを残していたのだ。
チャトゥルはおもむろにスマートフォンを取り出し、豪邸の写真を見せて「350万ドルした」と自慢する。これだけ成功しているのだから俺の勝ちだ、と主張しているわけである。クルマの写真も見せ、「ニュー・ランボルギーニ、6496ccだ、すごく速い」と胸を張った。確かに、金持ちでなければランボルギーニは買えない。しかし、画面に映っているのはどう見ても「ディアブロ」だ。“ニュー・ランボルギーニ”ではない。それに、排気量が6496ccならば「ムルシエラゴ」のはずだ……どうも怪しい。
チャトゥルは、ランチョーは来ないが、居場所を知っているという。自分の成功を見せつけるために、彼を訪ねるというのだ。ランチョーは卒業以来5年間行方知れずとなっている。ファルハーンとラージューも、一緒に彼に会いにいくことにする。
44歳なのに、20歳の役!?
チャトゥルのクルマに同乗していくのだが、もちろん2人乗りのディアブロではない。「ボルボXC90」で、ランチョーがいるという北の避暑地シムラを目指す。このクルマだって結構な値段の高級車だ。チャトゥルがそこそこの成功を収めているのは事実のようだ。
ランチョー探しの旅と学生生活の回想が、交互に描かれていく。新入生の時からは10年以上の時が流れているので、風貌はずいぶん変わっている。ランチョーを演じるのはインドのトップ俳優アーミル・カーンで、撮影時には44歳だった。『みなさん、さようなら』で小学生が大人になるまでを1人で演じた24歳の濱田岳、『かちこみ! ドラゴン・タイガー・ゲート』で20歳の若者役だった当時42歳のドニー・イェンに匹敵する荒業だ。ほとんど違和感がないのが素晴らしい。時にトム・ハンクスのように見え、またアンソニー・ウォンの風情を漂わせることもある。無鉄砲な若者と思慮深い大人の表情を併せ持つ、不思議な面相だ。
ランチョーは成績優秀なのに、教授陣とぶつかってばかりいる。知識の詰め込み優先の教育方針に我慢がならないのだ。学長(陰で“ウィルス”と呼ばれている)は、新入生たちを集めて演説をぶった。
「人生は殺しあいだ。これぞ自然の摂理。競争に勝つか、死か」
最近日本の有名企業の社長が新聞のインタビューで「グローバル経済というのは成長か、死か」「年収1億円か年収100万円に分かれて、中間層が減っていく」と語っていた。同じような思考回路である。
ランチョーが戦いを挑むのは、数字で勝ち組と負け組に分けられてしまう社会の仕組みなのだ。このままいけば、インドも現在の日本と同様、非情な経営者の乱暴な議論に対して新聞さえもが無批判に頭を垂れるような世の中になってしまう。
“魔法の言葉”がすべてを救う!
しかし、相手は権力を握っている絶対的強者だ。ランチョーたちは学長の陰謀で何度も退学させられそうになる。どうやって立ち向かうのか。魔法の言葉を唱えるのだ。「Aal izz well」と声に出して歌いながら踊りまくる。そう、ちゃんとマサラムービーならではのダンスシーンも入っている。おそらく「All is well.」がなまったと思われる言葉で、邦題の“きっと、うまくいく”という意味なのだ。「Aal izz well」とささやくだけで命を救う場面まであるから、本当に魔法の言葉だ。
もちろん恋愛要素も入っている。ランチョーが一目ぼれする医学生のピアは、ツンデレ系のメガネもえ女子だ。人気女優のカリーナ・カプールが演じ、雨の中でランチョーと“ズビドゥビ ズビドゥビ パランパン”と歌いながらダンスする。シリアスな演技とコミカルなダンスを両方こなさなければならないから、インドの俳優は大変だ。
上映時間は3時間近い長さだが、まったく飽きさせない。重いメッセージを含んでいてもわかりやすいのは、映画が大衆娯楽であることを作り手がしっかり理解しているからこそだ。ハッピーエンドのおとぎ話であり、ストーリーはご都合主義ともいえる。ツッコミどころはいくらでもあるし、早い段階でオチもわかってしまう。それでも、伝えたいことがはっきりしていて脚本が練られているから、大人が楽しめる作品に仕上がっているのだ。
果たして彼らは無事卒業できるのか。ランチョーは見つかるのか。そして、恋の行方は……。派手なカーチェイスも爆発もないが、ハラハラドキドキしながらエンディングを迎える。でもどこかで安心しているのは、“きっと、うまくいく”と信じているから。金をかけたCGも、小賢しい理屈も必要ない。映画って、本来こういうものだったのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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