アバルト695エディツィオーネ マセラティ(FF/5AT)
分かっちゃいるけどあらがえない 2013.05.19 試乗記 フェラーリの次はマセラティとコラボ。深いワインカラーで彩られた限定499台の特別な「アバルト695」は、ブランドビジネスの妙味に満ちている。スポーツカーのようなものだから
年を取ったら、こんな車にさらりと乗っている大人になりたいと思っていた。世間の評価や家族の不満、燃費やラゲッジスペースなどをまったく気にかけることなく、自分の好き嫌いだけを基準に気に入ったものをヒョイと買って乗る。当然、それを可能にする経済力も含めて、である。
残念ながら、50を超えてもそういう大人にはほど遠いままだが、買える買えないを別にして言わせてもらえば、これは欲しい。そもそもわれわれオヤジ世代はベースモデルの「フィアット500」に好意的(実際に知り合いが何人も買った)であり、そのうえアバルトとマセラティというわれわれの年代の心を抉(えぐ)るブランドのダブルネーム、しかも“ポンテヴェッキオ・ボルドー”というなぜか伊仏語混合の暗いワインカラーのボディーカラーといい、サンドベージュのレザートリムといい、電動キャンバストップのカブリオレ仕様であることといい、実にツボの押し具合を心得ている。それに比べれば、ほぼ500万円の価格や、実際には大人2人しか乗れない室内スペースなど、その他もろもろはほとんど意味を持たない。要するに、スポーツカーと同じく、価格に対する“バリュー”などというもので判断する車ではないからだ。
「アバルト695エディツィオーネ マセラティ」は、2年前の「695トリブート フェラーリ」に続くコラボレーション企画の第2弾。今回はアバルトとマセラティのダブルネームである。来年には創立100年を迎えるスポーツカーの名門とアバルトでは、歴史と格式がちょっと違うよという意見もあると思うが、どちらも今やフィアットグループの一員であるから親会社の要求をむげに断るわけにもいかないのだろうし、親戚づきあいも大事である。ちなみにこの車、世界限定499台で、うち日本には100台の割り当て。値段も覚えやすく、以前のフェラーリ版に比べるとかなりお手頃な499万円である。この3月に発売されて既に日本向け台数の半分ちょっとは売れてしまったらしい。
フェラーリ版より大人っぽい
スポーツカーと同じようなものといっても、ピークパワーうんぬんの話ではない。たまたま、現行アバルトの市販モデルでは最強の180psを絞り出す1.4リッター4気筒ターボを積んでいるけれど、別にもっと普通のエンジンでもかまわない。さすがにマセラティの名がつくからには、ツインエアののどかな排気音は似合わないかもしれないが、ノーマルアバルトの135psユニットで十分だろう。むしろその方が、やる気満々の雰囲気を持つフェラーリ版との違いが明確になったかもしれない。
17インチタイヤを標準装備する足まわりはさすがに硬い。レーシーなバケットシートを備えるフェラーリ版ほどスパルタンではないものの、ストロークが抑えられているから路面の不整もストレートに伝わってくる。ただしカブリオレボディーでありながら、ボディーは十分にしっかりとしており、路面からのショックが振動やハーシュネスとして残ることはない。サスペンションが締め上げられている分、ハンドリングがシャープなのは事実だが、これについても、もうちょっと肩の力を抜いてほしいというのが大人の本音だ。ステアリングレスポンスが正確で、ボディーコントロールが自然であれば、硬い柔らかいは重要ではない。スタンダードジャズを聴きに行って、テンポが遅いと文句を言う人はいないでしょう。大人にはその車固有のリズムを楽しむ余裕と分別があるのだ。まあ基本がアバルトだから、この程度のやんちゃさには目くじらを立てないでおこう。
恥ずかしくない玩具
この種のいわば企画モノは、どのようにして特別な限定モノと認めさせるかが勝負である。ターゲットとするカスタマーに、合理的に考えれば高価な500万円という値段を納得させる企画力と演出力、あるいは高いけれどもそれでもいいよ、マセラティなら応援するよ、と感じさせる共感の醸成力が試されている。さらに言えば、大人が気恥ずかしくない遊び心とはどのようなものか? についてどれだけ真剣に考えているか、にかかっているのだと思う。その点を例えば「トヨタ・オーリス」と比べてほしい。大人たるもの、本当は他人の仕事をとやかく言うべきではないが、たとえガンダム世代であったとしても、あれでは大人は恥ずかしいのではないだろうか。
いや、真剣なのは皆同じである。真剣であるがゆえにいろいろと考えすぎて、結局こういう車はこれまで日本で生まれたことがない。かつて「トヨタiQ」をレクサスブランドに組み入れるといううわさ話を聞いたことがあったが、そんな場合も、こんなに小さな車に高い値段はつけられないとか、他の商品とのバランスが崩れるとか、真面目に検討したあげく先々まで心配してしまうのが日本のメーカーである。その結果「小さな高級車」という、ずっと昔からの問題には具体的な解決策を提示できないままでいる。それに比べて、連中の限定モデルビジネスの手腕は見事である。商売上手は百も承知、そのうえで喜んでだまされてやろうと思う。まさしくそれがブランドビジネスというものなのである。
(文=高平高輝/写真=小林俊樹)
テスト車のデータ
アバルト695エディツィオーネ マセラティ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3655×1625×1505mm
ホイールベース:2300mm
車重:1160kg
駆動方式:FF
エンジン:1.4リッター直4 DOHC 16バルブターボ
トランスミッション:5段AT
最高出力:180ps(132kW)/5500rpm
最大トルク:25.5kgm(250Nm)/3000rpm
タイヤ:(前)205/40ZR17 84W/(後)205/40ZR17(ミシュラン・パイロット エグザルト)
燃費:--km/リッター(JC08モード)
価格:499万円/テスト車=499万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:2556km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:248.0km
使用燃料:18.7リッター
参考燃費:13.3km/リッター(満タン法)

高平 高輝
-
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】 2025.12.12 「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。
-
BYDシーライオン6(FF)【試乗記】 2025.12.10 中国のBYDが日本に向けて放つ第5の矢はプラグインハイブリッド車の「シーライオン6」だ。満タン・満充電からの航続距離は1200kmとされており、BYDは「スーパーハイブリッドSUV」と呼称する。もちろん既存の4モデルと同様に法外(!?)な値づけだ。果たしてその仕上がりやいかに?
-
フェラーリ12チリンドリ(FR/8AT)【試乗記】 2025.12.9 フェラーリのフラッグシップモデルが刷新。フロントに伝統のV12ユニットを積むニューマシンは、ずばり「12チリンドリ」、つまり12気筒を名乗る。最高出力830PSを生み出すその能力(のごく一部)を日本の公道で味わってみた。
-
アウディS6スポーツバックe-tron(4WD)【試乗記】 2025.12.8 アウディの最新電気自動車「A6 e-tron」シリーズのなかでも、サルーンボディーの高性能モデルである「S6スポーツバックe-tron」に試乗。ベーシックな「A6スポーツバックe-tron」とのちがいを、両車を試した佐野弘宗が報告する。
-
トヨタ・アクアZ(FF/CVT)【試乗記】 2025.12.6 マイナーチェンジした「トヨタ・アクア」はフロントデザインがガラリと変わり、“小さなプリウス風”に生まれ変わった。機能や装備面も強化され、まさにトヨタらしいかゆいところに手が届く進化を遂げている。最上級グレード「Z」の仕上がりをリポートする。
-
NEW
ホンダ・プレリュード(前編)
2025.12.14思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が新型「ホンダ・プレリュード」に試乗。ホンダ党にとっては待ち望んだビッグネームの復活であり、長い休眠期間を経て最新のテクノロジーを満載したスポーツクーペへと進化している。山野のジャッジやいかに!? -
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)【試乗記】
2025.12.13試乗記「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。 -
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】
2025.12.12試乗記「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。 -
高齢者だって運転を続けたい! ボルボが語る「ヘルシーなモービルライフ」のすゝめ
2025.12.12デイリーコラム日本でもスウェーデンでも大きな問題となって久しい、シニアドライバーによる交通事故。高齢者の移動の権利を守り、誰もが安心して過ごせる交通社会を実現するにはどうすればよいのか? 長年、ボルボで安全技術の開発に携わってきた第一人者が語る。 -
第940回:宮川秀之氏を悼む ―在イタリア日本人の誇るべき先達―
2025.12.11マッキナ あらモーダ!イタリアを拠点に実業家として活躍し、かのイタルデザインの設立にも貢献した宮川秀之氏が逝去。日本とイタリアの架け橋となり、美しいイタリアンデザインを日本に広めた故人の功績を、イタリア在住の大矢アキオが懐かしい思い出とともに振り返る。 -
走るほどにCO2を減らす? マツダが発表した「モバイルカーボンキャプチャー」の可能性を探る
2025.12.11デイリーコラムマツダがジャパンモビリティショー2025で発表した「モバイルカーボンキャプチャー」は、走るほどにCO2を減らすという車両搭載用のCO2回収装置だ。この装置の仕組みと、低炭素社会の実現に向けたマツダの取り組みに迫る。



