第296回:運転手のおすすめは「カラテ・キッド」! 液晶付きタクシーは楽しい
2013.05.17 マッキナ あらモーダ!京阪テレビカー
京阪電車の3000系特急車両「テレビカー」が2013年3月末をもって営業運転を終了した。京阪電気鉄道によると、3000系は1971年に日本初のカラーテレビ搭載車両としてデビューした。国鉄(当時)と私鉄が競合する大阪-京都間で、より魅力的なサービスを提供すべく考え出されたものだった。
車載テレビは特にプロ野球中継やオリンピック中継で好評を得たという。「チャンネルを変えてほしい」という乗客の対応で、乗務員も忙しかったというエピソードがほほえましい。1971年といえば、大阪万博の翌年である。関西の人たちはテレビカーに未来の香りを感じたに違いない。
その後アナログから衛星、そして地上波デジタルへと受信システムを変えていったが、近年のワンセグ携帯普及により、ついにその使命を終えた。
東京出身のボクは子どもの頃から、テレビカーという、そのあまりにコテコテなネーミングにシビれ「いつか乗ってやるぞ」と思い続けていたが、ついぞ乗る機会がないまま引退を傍観することになってしまったのが惜しい。
上海のタクシーにも
公共交通機関の映像装置といえば、液晶モニターの価格低減や安い輸入品によって、少し前から日本では液晶ディスプレイを備えたタクシーが出現するようになった。映し出される情報は限られているが、その昔「電話秘書」とか「クレジットカード入会申込書」のチラシとかしかなくて退屈していたタクシー乗車が、少しは改善された。ちなみに、ある地方タクシー会社のウェブサイトによると、広告料金は15秒で1カ月3万円らしい。
残念ながらボクが住むイタリアでは、まだ液晶ディスプレイ付きのタクシーに出会ったことがない。
いっぽう先月モーターショー取材のため上海で乗ったタクシーには、何台に一台かの割合で後席に「タッチメディア」と称する液晶ディスプレイを装備した車両に遭遇した。走行中はさまざまなミニ番組が流れていて、フレームの脇にはブランド名が並んでいる。タッチすると、その企業や商品のCMに飛ぶ仕組みである。
この上海式ディスプレイ、何度か乗ってわかったのだが、メーターを作動させると同時にスイッチが入る仕掛けのようだ。したがって、ちゃんと運転士がメーターを開始させたかどうかの目安になりそうだ。「请系上安全帯(シートベルトをお締めください)」というアニメーションも表示される。ただしベルトは大抵、バックルがバックレストとクッションの間に埋もれてしまっていて装着することができない。仕方ないのでベルト未装着のまま、上海の交通バトルの中に飛び込んでいかなければならない。まあ、ディスプレイに映る中国美人は、それなりに不安解消効果がある。
タクシーで映画!?
液晶ディスプレイとタクシーで思い出すのは、米国デトロイトである。今年1月のことだ。同地でのショー取材のあと、前年も訪れたモータウンレコードのミュージアムをより詳しく鑑賞するために再訪することにした。上海もそうだがデトロイトのタクシーも、ドライバーの態度、車両のコンディションで、かなり当たり外れがある。
料金システムは、ボクが確認したところ、大ざっぱに分けて4種類ある。「フラットレート」と称して市内-市内、空港-市内間等の距離をあらかじめ決めているもの、標準的なメーターが付いているもの、助手席に固定されたパソコンに事前に具体的な行き先を入力すると料金が表示されるもの(「プリウス」のタクシーに多い)、そしてメーターは付いているものの実際は運転士との交渉によるものである。実際のところは、最後の「交渉タクシー」が一番多い。これまで到着後に料金をめぐるトラブル経験はないからいいのだが、やはり降りるまで不安がつきまとう。
そんなわけでビクビクしながら待っていると、現行の「クライスラー・タウン アンド カントリー」がタクシー乗り場に滑り込んできた。中もきれいなので聞けば、ドライバーは「少し前に下ろしたクルマだよ」と陽気に教えてくれた。
料金もメーターに従い明朗会計だったので、ミュージアム観賞後も、トニーという彼が運転するタウン アンド カントリーを呼ぶことにした。
復路トニーさんが「日本人かい?」というので、「うん」と答えると、前席でなにやらゴソゴソと探り始めた。DVDをセットしているようだ。
やがて後席の頭上ディスプレイに映し出されたのは、1984年のアメリカ映画『ザ・カラテキッド』(邦題『ベスト・キッド』)だった。
車内で映画とは、昔の日本の観光バスの定番映画『男はつらいよ』をほうふつとさせる。なんともサービス精神旺盛なおじさんである。
残念なのは、その日はわずか15分の道のりゆえ、彼の好意に応えて全編を鑑賞できなかったことである。ただし思い出してみると、もっぱらアメリカ人視点で作られた同作品である。ラスト近くに、「村祭りに集まった大人と子どもが全員で一斉に、でんでん太鼓を打ち鳴らす」という、日本人だと笑わずに見られない奇妙なシーンがある。
トニーさんに「なぜ笑うのか」と質問されたときの答えに困るボクとしては、たとえ彼がフレンドリーでも、当該シーンに達する前に降りたのが正解だったろう。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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