第52回:スタローンとヒルが初タッグ。男臭さが爆発する!
『バレット』
2013.05.29
読んでますカー、観てますカー
『ザ・ドライバー』でニアミス
『ラストスタンド』に続き、“エクスペンダブルズ組”の登場だ。シルベスター・スタローンは、シュワちゃんよりも1歳上で、もうすぐ67歳になる。ブッシュ大統領(息子のほう)と生年月日がまったく同じだ。それでも、新作の『バレット』でバリバリのアクションを披露している。ふたりとも全盛期は80年代だったのに、今なお現役なのは驚くべきことだ。
シュワルツネッガーが復帰作にハリウッド初進出の韓国人監督キム・ジウンを起用したのと対照的に、スタローンが指名したのは老巨匠だった。ウォルター・ヒルである。数々のアクション大作を撮り続けてきた生ける伝説だ。71歳の彼も、ここ10年ほど監督業からは遠ざかってきた。同じような境遇だったからこそ、どうしても組みたかったのだろう。
意外なことに、これまでふたりが一緒に仕事をしたことはない。機会はあったのだが、タイミングが合わなかった。若い頃にオファーを受けて出演が決まっていたものの、1976年に『ロッキー』が大ヒットして忙しくなり流れてしまった。それが1978年の『ザ・ドライバー』である。カーアクション映画の名作で、昨年映画ファンから熱狂的に迎えられた『ドライヴ』はこの作品からインスピレーションを得ている。もしかすると、ライアン・オニールの代わりにスタローンがすご腕ドライバーを演じていたのかもしれなかったのだ。
『ワイルド・スピード』の彼が相棒に
それから30年以上が経過してようやく念願のタッグを組んだのだから、激しいカーアクションが見られるに違いない、と思っていた。しかし、そういう映画ではなかった。“男の美学”を前面に出した物語で、ウォルター・ヒルの作品では『ストリート・オブ・ファイヤー』の系列だろう。
スタローンが演じるジミー・ボノモは、プロの殺し屋だ。元海兵隊員で、40年にわたって闇の稼業を続けてきた。逮捕歴は26回に及ぶが、有罪判決を受けたのは2回だけである。逮捕時に撮影された写真が若い頃から順番に紹介され、それを見ているとスタローンが歩んできた映画の記録を振り返っているような気持ちになる。演ずる側も観る側も、かつての勇姿をどうしたって思い起こしてしまう。
そろそろキャリアも終わりに近づいていたはずだが、信頼していた相棒を殺され、ジミーは復讐(ふくしゅう)に立ち上がった。同じターゲットを追っていた刑事のテイラーは、彼に協力を依頼する。殺し屋が刑事と組むわけもなく拒絶するが、テイラーが殺されそうになったところを助けたことからぎこちない連携プレーが始まった。ヒル監督の『48時間』はバディ・ムービーの古典として知られるが、これも同じジャンルなのだ。
テイラー役は、サン・カンである。『ワイルド・スピード』シリーズで、超絶テクニックを持つ放浪ドライバーを演じていた彼だ。しかし、この映画では運転の腕を見せる場面はない。
アジア人は運転が下手?
そもそもカーチェイスらしいシーンはほとんどないし、ジミーが乗っているのはごく普通の「キャデラック・ドゥビル」だ。テイラーを助手席には乗せるようになったが、ハンドルは渡さない。理由を問われると、“Asians can’t drive.”とひどいことを言う。韓国系のテイラーはさすがに抗議するが、ジミーは「運転が下手なのは事実だ」と取り合わない。とんでもない思い込みである。でも、この時はまだ佐藤琢磨がインディカーで優勝していなかった。これからは、こんないわれのない偏見はなくなっていくはずだ。
70年代から80年代のアクション映画のように作ったと監督が言うとおり、スクリーンには男臭さが満ちている。スタローンは全身にタトゥーを施しているし、敵となる最強の殺し屋キーガン役は超肉体派のジェイソン・モモアだ。スタローン作品で言うと、1986年の『コブラ』あたりの雰囲気が漂う。ジミーは池のほとりに隠れ家を持っていて、そこでの戦いは『ランボー/怒りの脱出』を思わせる。水中からキーガンが現れるシーンは、なぜか『地獄の黙示録』へのオマージュに見えた。
最後の決戦は発電所で、使う武器はオノだ。まさに男と男の肉弾戦である。シュワちゃんは肉体の衰えを隠していなかったけど、スタローンは意地を張って現役感を見せ続ける。そうしないと一気に老けこんでしまうのではないかと恐れているのかもしれない。
「人生、生きているうちが花」と言いながら最後に姿を現すとき、ジミーが乗っているのはキャデラックではない。そのクルマには意表を突かれるが、スタローンの出自を考えれば決して意外ではないことに気づくはずだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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