第53回:デューセンバーグで時代を駆け抜けた偉大な男の肖像
『華麗なるギャツビー』
2013.06.12
読んでますカー、観てますカー
不倫映画なのに3D!?
フランシス・コッポラ監督が『華麗なるギャツビー』を制作したのは、1974年のことだった。主演はロバート・レッドフォードである。およそ40年を経て、バズ・ラーマンが新たなギャツビーを創造した。レオナルド・ディカプリオがギャツビーを演じる。いかにも何か型破りなことをしでかしそうな組み合わせだ。
そして実際、この映画は3Dを採用するという常識はずれなことをやっている。『アバター』のヒットで3D映画は何度目かの黄金期を迎え、アクションやファンタジーのジャンルで多くの作品が作られた。飛び出す効果を最大限に生かせるからだ。新たな流れとして、奥行きや広がり感を強調した『ライフ・オブ・パイ』や、時間を組み込むという離れ技を見せた『フラッシュバック・メモリーズ3D』などの優れた試みもある。それでも、まさか『ギャツビー』が3Dになるとは想像しなかった。乱暴に言ってしまえば、不倫を扱ったメロドラマなのだ。不倫といっても、イケメンと合コンして夫が出張中の家にお持ち帰りした、なんていうショボい話ではないけれど。
世界文学史上に輝くスコット・フィッツジェラルドの名作を、わざわざ立体映像に仕立てた理由ははっきりしている。“狂乱の20年代”と呼ばれる時代の浮かれぶりを、直感的に伝えたかったのだ。ギャツビー邸で連夜繰り広げられるパーティーでは、紙吹雪が舞う中を半裸の女たちが踊り狂い、庭の向こうで花火が打ち上がる。思い思いに着飾った大勢の客がシャンパンで乾杯し、プールに飛び込むお調子者もいる。3Dのおかげで観客は極彩色のばか騒ぎのただ中にいるように感じ、自分がそこに参加しているような高揚感に包まれるのだ。
ギャツビーの黄色いクルマ
40代以上であれば、あのバブル期の熱狂的陶酔との類比でだいたい想像がつく。しかし、80年代を経験していなければ、あのどうかしていた興奮状態が現実のものだったなんて、到底信じられないだろう。3D技術は、誰でも狂騒を確実に実感できるようにするために採用されたのだ。
オープンカーに箱乗りした客が詰めかけ、パーティーは最高潮に達するが、なかなか主役が現れない。初めて登場する時、レオ様はスクリーンいっぱいの大写しだ。振り向きざまにドヤ顔で「I’m Gatsby!」と言って満面の笑みを浮かべる。ギャツビーの恋敵であるトム・ブキャナンもどアップが多いのだが、演じているのが世界のナベアツ(現・桂三度)似のジョエル・エルガートンなので暑苦しくて困る。
その代わり、ヒロイン・デイジー役のキャリー・マリガンも大写しになるから帳消しだ。『わたしを離さないで』『ドライヴ』で見せたはかなげな笑顔は健在で、それを3Dで堪能することができる。眼福だ。こんな女なら人生を賭けても惜しくない、と思わせる説得力がある。
語り手のニック・キャラウェイは、“悩めるスパイダーマン”ことトビー・マグワイアだ。小説の人物造形とはちょっと違って、内気で小心な男として描かれる。彼は、ギャツビーの大邸宅の隣にあるバンガローに住んでいる。ある朝、ギャツビーは黄色いクルマで現れ、キャラウェイをランチに誘った。小説には「豪華なクルマ」とあるだけで、車種は特定していない。
時空を超えた「モデルJ」
小説の中でギャツビーのクルマの名が明示されるのは1カ所だけで、ロールス・ロイスがパーティーの客を運ぶために乗り合いバスの役を果たしたと書いてある。ギャツビーが乗ってきたのがそれと同じクルマである証拠はないが、コッポラ版の映画では「ロールス・ロイス ファントム」が使われていた。バズ・ラーマンは別のクルマを用意した。「デューセンバーグ・モデルJ」である。
これは、ちょっと変だ。モデルJが発表されたのは、1928年のことである。小説でも映画でも、物語は1922年の出来事だとはっきり示されている。まだ存在していないクルマなのだ。ただ、事情はコッポラ版でも同じで、1922年ならばファントムでなく「シルバーゴースト」でなければならない。
戦前のクルマに詳しい人は気になるかもしれないが、バズ・ラーマンにとっては歴史考証など優先順位の低い項目なのだ。古典であっても現代の感覚で描き出すのが彼の骨法である。1996年に初めてディカプリオと組んだ『ロミオ+ジュリエット』では、舞台が現代のブラジルになっていた。モンタギュー家とキャピュレット家はマフィアで、アロハシャツを着たロミオがピストルをバンバンぶっ放していたのだ。『ギャツビー』でも、ジャズ・エイジの話なのに音楽はヒップホップを取り入れたりしている。
デューセンバーグは、1921年にアメリカ車として初めてフランスのACFグランプリで優勝を果たしている。直列8気筒エンジンに世界初の油圧ブレーキを備え、最先端の高性能スポーツカーだったのだ。ただ、いくらブレーキ性能が高いといっても限界があり、最後にあの悲劇的な事故を起こしてしまうことになるのだが。
にわか富豪は派手クルマが好き
1908年に発売された「T型フォード」はこの頃年間の生産台数が100万台を超えるようになっており、アメリカではモータリゼーションが急激に進行していた。そんな中でも、ハイパワーエンジンを積んだとんでもなく高価なデューセンバーグは別格の存在だ。バブル景気で成り上がったにわか富豪たちが争って手に入れたがったのは想像に難くない。サディスティック・ミカ・バンドの『タイムマシンにおねがい』では、往時の恋する娘が憧れるクルマとして歌詞に登場している。
古くからの格式高い長者であるトム・ブキャナンに対し、ギャツビーは怪しげなニューリッチなのだ。本田じゃないほうの翼に代表されるネオヒルズ族みたいなものである。新しもの好きで、趣味が上品とは言えない。彼には、エスタブリッシュメントの香りがするロールス・ロイスより、気鋭の新興メーカーが放つ派手なクルマのほうが似つかわしい。デューセンバーグを選んだのは、監督の手柄と言っていいだろう。
ギャツビーはキャラウェイにクルマを見せびらかし、「特注でスーパーチャージャー付きだ」と自慢する。走行シーンでは、確かにタービンの音が高まっていくのがはっきり聞こえる。こういうところをおろそかにしないのが、大事なことだ。ある日本映画を観ていて、「トヨタ・ハイエース」から明らかに直列6気筒のガソリンエンジンの音が響いてきて鼻白んだことがある。うそであっても細部を本当らしくしなければ、いい映画にはならない。
ケレンやハッタリをちりばめながらも、バズ・ラーマンは意外にも原作に忠実で端正なストーリーを紡いだ。邦題の“華麗なる”というのはいささか奇妙な訳で、もともとは『The Great Gatsby』だ。夜ごとパーティーに明け暮れていても、彼の生涯は華麗さとはほど遠い。ただ、悲劇的で報われない人生ではあったが、間違いなくグレートな生き方だった。彼にとってはデューセンバーグすら手段にすぎず、一心に見果てぬ夢を追いかけたのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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