第301回:「フォルクスワーゲン・ゴルフ」もやってしまった!? ホイールデザインのご法度
2013.06.21 マッキナ あらモーダ!唯一欲しいと思ったホイール
ボク自身は、クルマのホイールにまったくもってこだわりがない。これまでの人生において、新車でも中古車でも、購入時のホイールをおとなしく使ってきた。今乗っているクルマにはアルミホイールが標準でついてきてしまったが、たとえスチールであってもよかったと思っているくらいだ。
唯一「ああ、アルミホイールだったら」と思ったのは、以前「フィアット・ブラーヴァ」に乗っていたときである。屋外の公共駐車場に置いて東京に行き、1カ月後に帰ってきてみたら、ものの見事にホイールキャップ4枚とも盗まれていた。まあ、タイヤ+高価なアルミホイールごと盗まれてしまうユーザーはたくさんいるのだから、キャップで済んだのは、まだいいのかもしれない。
だが、自分のクルマが“鉄チン”むき出しのさまは、あまりにも悲しかった。街中にあるパーツショップのおやじも慣れたもので、「ホイールキャップ盗まれちゃった」と告げると、即座に「はいよ!」と同じ物を出してくれた。
しかし、今までの人生で、本気で欲しいと思ったホイールが、ひとつだけある。1970年代中盤にジウジアーロがデザインしたホイールだ。1976年のコンセプトカー「アッソ・ディ・クアドリ」のために手掛けたホイールをベースに、メルバ社が「Scacchiera(スカッキエーラ)」の名前で市販したものである。
当時小学生だったボクには当然知る由もなかったが、「Scacchiera」とはイタリア語でチェス盤の意味である。その名のとおり、複数の線で十字型を作っただけのシンプルなものだったが、従来のあらゆるホイールと一線を画していた。市販版にはジウジアーロのサインも刻まれていた。
スカッキエーラは、カーデザイン界にとどまらず自動車界に少なからぬ衝撃をもたらしたようだ。ジュネーブショーの自動車ガイドブックとして有名な「オートモビルレビュー」は、アッソ・ディ・クアドリの足元、要はスカッキエーラだけを超アップで撮影し、表紙に採用した。
もうひとつボクが記憶しているスカッキエーラの美点は、それだけ個性的なデザインでありながら、かなり広い種類のクルマにムードがマッチしたことである。だからボクは、将来免許を取ってどんなショボいクルマに乗ろうと、足元だけはスカッキエーラで固めようと思っていたものだ。
ホイールデザインコンテスト!?
ホイールといえば、ボクが少年時代のある年、自動車雑誌『モーターファン』で「アルミホイールのデザインコンテスト」の告知を発見した。すでに前年にスタートしていたその企画は、プロアマ、年齢不問、応募はハガキ1枚にイラストを描くだけでよいというものだった。
早速、ボクはホイールのデザインを考え、家に余っていたハガキに学校の授業で使うコンパスで円を描いた。ただし、デザインマーカーなど持っていなかったので、「さくらマイネーム」や「くれ竹筆ぺん」を駆使した。
「待ってろ、ジウジアーロ! 」と、かなりの自信をもって、ポストに投函(とうかん)した。
入選者発表の記事が乗っている号の発売日、早速駅前の書店に自転車を飛ばしていき、当該ページを開いてみた。しかし、ボクの作品は、佳作にすら入っていなかった。
記事を読んでいくと、入選しなかった理由が少しずつわかってきた。選考委員たちは、その回から、あるデバイスを導入していた。作品を載せるターンテーブルだった。解説によると、ホイールが回転したときの状態を観察するためのものだ。実はボクがそのとき応募したのは、イラストのような非対称デザインだった。
ホイールのデザインが非対称だと、止まっているとき「おおっ!」と思うが、回転し始めると、低速でも高速でも視覚的にうるさくて、あまりカッコよくないのだ。
後日、路肩か何かにぶつけて一部が割れてしまったホイールキャップをつけて走っているクルマを見たとき、それを実感した。
フォルクスワーゲンの過ち
それでも面白いのは、その後も非対称・非放射状デザインのホイールが、世の中では市販されたことだ。ひとつは、ボクと同世代の方ならご記憶にあるだろうが、フランスのファッションデザイナー、アンドレ・クレージュ(André Courrèges)のホイールである。
彼のイニシャルであり、ブランドロゴでもある「AC」の文字が大きくホイール中央に刻まれていた。ちなみに、このホイール、大学生時代に先輩が、オーソドックスを絵に描いたような6代目「トヨタ・コロナ」に組み合わせていたのが印象的だった。それはともかくこのクレージュホイールの回転する姿は、やはり落ち着かない印象だったのを覚えている。
クレージュホイールはアフターマーケット品だが、実はフォルクスワーゲンも一時非対称のホイールデザインを採用していた時期があった。ともに2代目の1981年「ポロ」と、1983年「ゴルフ」「ジェッタ」のホイールキャップである。コンベンショナルな放射状ではないので、止まっているかぎりは、「おっ、何か違う」と思わせるものであったが、いざ走り始めると、ぎこちない。
特にゴルフやジェッタのものは、アクセントになっている非対称のデザイン部分が、あたかも遠心力で外に飛んでゆきそうな錯覚に陥るのだ。奇抜な非対称デザインのホイールはデザイナーの夢かもしれないが、やはりターンテーブル上のコンセプトカーにとどめておいたほうがよいのだろう。
……と、ホイールに神経を集中して書いている最中、背中合わせで働いている女房が、ネット検索しながら「ジウジアーロデザインの新しいアルミだってさ」とつぶやいた。
おおっ、彼の新作ホイールかよ、と思って見たら、調理用トレーだった。イタリアの有名キッチン用品メーカー、Cuki社のためにデザインしたもので、剛性を従来より20%増加させることに成功したという。アルミ違いであった。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Italdesign-Giugiaro、Volkswagen)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。