第302回:F.ジウジアーロ×J.セルッティ 珠玉の2世コラボ
馬力数と同じ550着生産の限定ジャケット
2013.06.28
マッキナ あらモーダ!
自動車業界人がダサく見える
フィレンツェの街は年2回、おしゃれなお兄さんやおじさんであふれる。「ピッティ・イマージネ・ウオモ」が開かれるからだ。メンズファッション誌を愛読しておられる方には釈迦(しゃか)に説法であろうがピッティ・イマージネ・ウオモは、毎年1月と6月に開かれる紳士モードの国際見本市である。
2013年6月18日から21日まで、2014年春夏コレクションが展開された。今回は1043の出展者が参加し、3万人のバイヤーが訪れた。そのバイヤー数、国別では1位がドイツ、2位が日本だったという。
会期中は連日35度近い猛暑がフィレンツェ平野を襲った。ばっちりスーツを着込んだ正統派ファッショニスタは、さぞつらかったに違いない。それでもファッション誌のフォトグラファーたちは、おしゃれな人を見つけるやいなやレンズを向ける向ける。すさまじいものである。
いっぽうボクは、そうした粋ないでたちの方々を見るたび、重厚長大を体現したような服装でモーターショーに来る自動車メーカーの人々を思い出し、妙に悲しくなってしまったのであった。
クルマ好きもそそられる
それはともかく、会場には乗り物好きがそそられる話題も決して少なくない。まずは今回のショーのテーマだ。ずばり「モーターサイクル」である。そのココロは、二輪が広げる自由な世界を、ファッションへのイマジネーションにつなげようというものだ。
メインパビリオンの一角には、歴史物のライディング用ジャケットコレクションがディスプレイされた。さらに屋外の広場には毎回このイベントに大胆なオブジェを提供している建築家による、奇妙なバイクたちのオブジェが設置されていた。
スタンドでは、ドライビングシューズのブランドも数々見ることができた。ボク自身が面白いと思ったのは、「ハリーズ オブ ロンドン」による新製品「JET DRIVER」である。
「従来のものはドライビングシューズ然としていて、おしゃれをして歩くのはちょっと。といって、クルマの中にずっと閉じこもっているわけにはいかないし」とおどけるデザイナーのケヴィン・マーテルさんによると、「機能性を大切にしながら、それらしくない上品さ」を目指したという。
一見高級なハンドメイドモカシンだが、ラバー製のアウトソールはイタリアの有名ソールメーカー「ビブラム」製で、同時に素足での着地衝撃の緩和にも配慮したハイテクものだ。ペダルワークを重視するあまり肥大化しがちなヒールカーブ下部のゴムを必要最小限にとどめているのもポイントである。
外身はおとなしいが中身はすごい、という点でいえば、シューズ界のAMGといったところか。
高級車のシートにも変革を起こせるか?
再び会場を歩いていると、どこかで見たことのある人が「チャ~オ!」と声をかけてきた。おおっ、ファブリツィオ・ジウジアーロだった。
会場の一角には、イタルデザイン-ジウジアーロが2013年3月のジュネーブモーターショーで公開したSUVコンセプト「パルクール」が展示されているではないか。
な、なぜファッション見本市に?
パルクールの周囲を見回すと、ドライビングジャケットがディスプレイされている。デザインしたのは、ジュリアン・セルッティ。あのニノ・セルッティの子息だ。
ジュリアンは約1年前、「natural born elegance」という自らのブランドを立ち上げた。
本人によるとモットーは「ラクシュリーは本物であり、レアでなければならない」で、現在は厳選した素材で作るネクタイやジャケットを、インターネットのみで販売している。「なかにはわずか18点というアイテムもあります」とジュリアンは説明する。
今回は会場で、パルクールにイメージを得たドライビングジャケット「The Car Jacket」を発表した。
素材はセルッティ家の源流で今日も社業の一部門である「ラニフィチョ(羊毛加工)・セルッティ」が供給する、その名も「ターボ180」というオーストラリア製高級メリノウールである。
「ポケットの形状は、パルクールのリアスタイルをモチーフにしています」と、ジュリアンはボクに語る。そして胸の左右に設けられた縦のポケットは、デザイン的なアクセントであると同時に、「ドライブ時の着座姿勢でも、すかさず手を入れることができます」と解説する。このドライビングジャケットは、パルクールに搭載された「ランボルギーニ・ガヤルドLP550」のV10エンジンの馬力数と同じ550着の限定生産だ。
今回会場に展示されたパルクールのシートの一部にも同じターボ180が用いられた。
ところで、ジウジアーロとセルッティがコラボレーションをすることになったきっかけには、同じピエモンテを本拠とする会社である以外に何か?
それにはファブリツィオが答えてくれた。「ラニフィチョ・セルッティに、その名も“Parcour”というファブリックがあったんだ」。フランス語で「遍歴・道のりを」示すparcoursにちなんだパルクールファブリックは、1920-40年代に礼装も含む軍服用に開発されたものだった。同じ名前ということで、ジウジアーロはそれをジュネーブショーの展示モデルの内装とオリジナルバッグに使用した、ということだった。今回は、それを縁にした第2弾というわけである。
蛇足ながら、気が散りやすいボクは後日「もしや1955年の『トヨペット・クラウン』も、森永『ハイクラウンチョコレート』と何か?」と思い調べてみたら、こちらはハイクラウンのほうが遅いデビュー(1964年)であった。
イタルデザイン-ジウジアーロの広報担当者は、「往年の王族が乗る高級車のシートには、たびたびウールが使われていた」と語る。そして「今後もウール素材の自動車内装への可能性をこれからも模索したい」と話した。
ボクはこれに大いに賛成だ。もともと職業運転手のものだったレザーが、今日では高級車用シート素材の代名詞に変貌してしまった。そうした状況に、この2代目コラボの提案が、一石を投じるものになればよいと思った次第である。
おっと、自動車業界がカッコ悪いとか言いながら、気がつけばファッションイベントの会場で、堂々とクルマについて熱く語っていたボクであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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