第309回:「プジョー206」LOVE! 若社長、また買っちゃいました
2013.08.16 マッキナ あらモーダ!「206」の歴史
現在日本でプジョーといえば、2012年秋に発売された「208」がイチオシのようである。いっぽうイタリアでは……というのが今回のお話だ。
知人のシモーネは、親が興したエレベーター販売および保守点検会社を継いだ、いわば若社長である。兵役時代も「意外に楽しかったよ」と振り返る彼は、夏も万一の緊急出動に備えて休まない。タフな男だ。ついでにいうと現在、嫁さん募集中である。
先日の夕方、シエナ旧市街にある彼の事務所兼倉庫を、久しぶりに訪ねてみた。扉の直後に「プジョー207」と思われるクルマが止まっていたので、ボクはよく見ずに「おっ、ついに207を買ったのか?」とシモーネに声をかけた。すると「いや、これは『206プラス』だよ」と、すでに職人たちが帰った事務所にシモーネの声が響いた。
ここで「プジョー206」の歴史を振り返ってみよう。206は1998年に発売されたBセグメントの小型車である。2006年に後継車の207が登場した後も生産が続けられ、さらに2009年に、207風のフロントフェイスが与えられ「206プラス」と名前を変えた。
昨2012年3月のジュネーブショーで冒頭の208が発表されても、206プラスは生き延びた。そして2012年12月13日、ついにミュールーズ工場で最後の1台がラインオフして生産完了モデルとなったが、現在も引き続きイタリアなど一部の国ではカタログに載り続けている。
続けて選んだ理由
シモーネの206プラスは、後席がない代わりに荷物スペースを拡大した商用車仕様である。イタリアで「アウトカッロ」といわれるカテゴリーで、税制面で各種優遇措置が受けられる。
彼は206プラスの前に、206の同じく商用車仕様を仕事に使っていた。2012年夏に、知り合いのプジョー販売店のセールスマンは、その後継車である207の商用車仕様を薦めたという。しかしその206が「約7万kmにわたって、ひたすら故障なしに働いてくれた」ことから、206に信頼を抱いていた彼は、再び206の購入を決めた。
24時間出動待機しなければならない仕事ゆえ、その言葉には重みがある。
同時に、シモーネにとってはもうひとつ、207よりも206がベターな理由があった。
「ご覧の通り、間口の寸法が限られているからね」。
ガレージは事務所の一角である。この物件、彼の父親の子ども時代は、駅馬車用の厩舎(きゅうしゃ)だったものだ。そのため天井高は日本の2階分くらいあっても、間口は狭い。といって、ここは世界遺産の街シエナ。クルマに合わせて建物を改造することなど、事実上不可能に近い。
206の全幅は、207よりも10cm近く狭い。車の通行が頻繁な表通りから車庫にバックで入れるのに、楽ちんさがかなり違うのである。
加えて、ここトスカーナでは中世・ルネサンス以来の狭い道が多い。小さな車は、仕事でより機動力を発揮するのだ。
206シリーズは15年も生き延び、これまでに835万台以上も造られてきた。これはプジョーブランドのみならず、フランス車でも史上最多の生産台数である。
背景には、たとえ後継プジョーが登場しても、シモーネと同じ理由で、それを選び続ける人たちがたくさんいたからにほかならない。もちろん自動車メーカーとしては、より高価で採算性の高い後継車種にユーザーが早く乗り換えてくれることを望んでいたに違いない。
いっぽうで、206の開発に現場で携わった人たちにとっては、エンジニア&デザイナー冥利(みょうり)に尽きるだろう。
206シリーズは、国外各地のプジョー生産拠点でも造られてきた。思えば往年のセダン「404」は、生産終了後もその堅牢さから長年北アフリカ諸国をはじめ多くの地域で愛用されてきた。ボクは206がその再来となりそうな予感がしてならない。中東・北アフリカ情勢を伝えるテレビニュースの片隅に206を発見するたび、ボクの確信は強まる。
ポケベルとともに
シモーネに話を戻せば、元・馬小屋ガレージ以外にも倉庫には面白グッズが盛りだくさんである。
壁際には、これまで仕事の相棒としてきた歴代の携帯電話を捨てずに展示してある。かつて日本では女優・裕木奈江主演のドラマで有名になったポケベルもある。イタリアでは「テレドリン」と呼ばれていた。
ボクが感心して見ていると、シモーネが「こんなの、見たことあるか?」と言って、なにやら抱えてきた。
1980年代末の英国アムストラッド製ポータブルコンピューターだった。計2枚の3インチフロッピーディスクドライブが内蔵されている。その重量からとても試す気にはなれないが“ラップトップ”のご先祖さまである。
かくもモノに対する慈しみあふれるシモーネである。彼のもとで、“最後の206”も大切に扱われることだろう。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Peugeot)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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