第234回:ジュネーブモーターショー開幕直前緊急企画 自動車版「忘れな草をあなたに」
2012.03.02 マッキナ あらモーダ!第234回:ジュネーブモーターショー開幕直前緊急企画自動車版「忘れな草をあなたに」
大メーカーよりも……
2012年ジュネーブモーターショーが3月8日から一般公開される。それに先立つ報道関係者公開日では、今回も各メーカーが気合を入れたブリーフィングを行うとみられる。しかし、どのメーカーも不利な数字は口に出さない。「欧州の○国と△国の販売は前年比50%増」といったスポット的成功を強調したり、さもなくば中国やインドをはじめとする新興国での躍進を表に出したりするのだ。
それを聞くたび、「ああ、亡き親の言っていた大本営発表とはこんなものだったのだろうな」と思う。
いっぽう毎回ジュネーブショーでボクが妙にそそられるのは、大メーカーや著名カロッツェリア以外の小工房による展示である。そうした小さい工房がジュネーブでクルマを発表するのには三つの理由がある。一つはイタリアのカロッツェリアが全盛期に、地理的に近く、かつトリノより国際的なジュネーブを発表の場としていたこと。二つ目に、これも地理的に欧州の中心ゆえ、各国関係者の目に触れやすいこと。三つ目は高価格車の場合、世界の富裕層が「世界に数少ないクルマ」を求めて訪れるので、これまた目にとどめてもらいやすいことだ。
そこで今回はボクのアルバムから、ここ10年のジュネーブショーで記憶に残っている、有名メーカー/カロッツェリア以外の展示車をピックアップしてみた。できれば「いつまでも〜 いつまでも〜 おぼえておいてほしいから〜♪」で始まる歌謡曲「忘れな草をあなたに」をBGMにお楽しみいただきたい。
まぶたに残る、あのクルマ
まずは、2002年から2006年(2005年を除く)に出展していたインドの「DCデザイン」である。
DCとは、アートセンター・カレッジ・オブ・デザインに学びGMデザインセンターでの勤務経験もある社主ドリップ・チャーブリアのイニシャルである。彼の会社は2006年を最後にジュネーブに自社スタンドを出していないが、代わりに北京、ドバイ、そして地元インドのデリーといった新興国のショーに発表の軸足を移している。展示されたショーカーは、極めて高値で愛好家に買い取られてゆくという。そうした意味で、ジュネーブ卒業組のなかで出世頭と言ってもいいだろう。
次は、2006年にイタリア企業が出展した「ジンコ」である。欧州各国において原付き免許で乗れる、いわゆるマイクロカーでありながら「ランボルギーニ・カウンタック」もびっくりの跳ね上げ式ドアを備えていた。
理由についてスタッフは、スタイリッシュであることとともに、「マイクロカーのユーザーに多い、車いすを使用する人の乗降性を考えた」と説明してくれたのを覚えている。
製作したジオッティライン社は、実はボクが住むシエナから約30kmのところにあるキャンピングカーメーカーである。発表年にボクが訪問したときは工場の一角で、なんとランボルギーニのOB社員も交え着々と初期のジンコ数台を製作していた。だが、2010年にあらためて聞いたところ「現在は計画休止中」という答えが返ってきたことを記しておこう。
続く2007年のジュネーブには、見るからにエキゾチックな1台が会場に現れた。4人乗りクーペ「ルッソ・バルティーク インプレッション」だ。ルッソ・バルティークはもともと20世紀初頭に誕生したロシアの歴史的自動車メーカーであった。ロシア皇帝専用車を納入するという栄誉に浴したものの、1923年には消滅している。その復活を企てたドイツとロシアの企業が造った豪華クーペが、このインプレッションであった。中身はAMGメルセデスだ。
あとは写真解説をご覧いただくことにするが、今も時折夢に出てきてボクがうなされているのは、2003年のジュネーブに展示されたa:level「ヴォルガV12クーペ」である。旧ソビエトのミッドサイズセダン「GAZ 21ヴォルガ」(1956-1970)のスタイルをモチーフに、モスクワ郊外のa:levelという工房が手がけたものだ。ベースは「BMW 850 CSi」とそのV12エンジンである。
とかくレトロというと、「トヨタ・オリジン」のように憩い系に走るか、1970年代アメリカ車の復活版のようにカッコよさを強調したものかどちらかだ。しかし、この復活版ヴォルガV12クーペは、ダサさと怖さを漂わせる、不思議なオーラを発することに成功していた。
その日まで、がんばれ小工房
ところで歴史を概観すると、ホンダなど数少ない例外を除き、今日まで存続している主要量産車メーカーは、第二次大戦前に創立していたか、もしくはその前身が存在したものである。
もちろんスーパースポーツカーなどのメーカーには、戦後誕生して生き残った企業もある。しかしそのほとんどはフェラーリやランボルギーニのように、出資する企業を頼ってブランドを存続できたものだ。
それら以外で理想の自動車造りに挑んだ者の末路を振り返ると、まさに死屍(しし)累々の感がある。ビッグスリーに挑んで散ったタッカーや、世界一流のエンジニアやデザイナーをよりすぐったものの失敗したデロリアンがその良い例だろう。極度に高度化・総合化した自動車産業は、もはや簡単に参入できる余地はないのである。
いっぽう、「これから電気自動車(EV)の時代になると、部品点数が減るぶん、自動車メーカーへの新規参入が容易になる」という仮説がある。開発アウトソーシングと部品サプライヤーさえそろえば、クルマができてしまうというわけだ。
それに対しては、「各国の保安基準に適合させるための研究開発やコストを考えると、そう簡単ではない」という反論もある。しかし将来バッテリーをはじめとするEV用パーツの単価が低下すれば、そのぶん保安基準適合のための研究費を掛けてもペイする、という状況はありうるだろう。そうすれば、ここ約20年でカーナビゲーションがたどったのと同じく、大メーカーでなくてもクルマを造る時代が到来する可能性がある。
その暁には、カーシェアリング用も含め、もっと各国の国情やユーザーの使途に合わせたクルマが生まれるかもしれない。すると、現在自動車メーカーが毎年世界で費やしている莫大(ばくだい)な宣伝広告費も要らなくなる。
「主要メーカーのものは良いものだ」というユーザーの自動車ブランド意識も変わってくるかもしれない。“不沈空母”と思われた家電メーカーが軒並み苦戦するなか、新興モバイル機器メーカーが急成長しているのを見ていると、まんざら非現実的な夢ではないだろう。
話が長くなってしまったが、それらの環境が整ったとき、小規模工房から新時代の自動車産業モデルが誕生する予感がするのである。もちろん、今回紹介したクルマの工房に将来性が期待できる、などと安直なことは言わない。ボクが彼らに期待するのは、そうした新時代が到来するまで、若者たちに「もしかしたら自動車産業って、まだ参入できるかもしれない」と思わせる夢の灯をともしつづけていてほしい、ということだ。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=大矢アキオ)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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