第1回:ルノーこだわりの走りを試す ~シャシー スポール
泣きたくなるほど高性能 2014.02.10 カップとスポール どっちを選ぶ? ルノーのレーシングカー開発を担うルノースポールが手がける、小さなハイパフォーマンスカー「ルーテシアR.S.」。その最新型はどのように進化したのか? 選べる2タイプの走りをワインディングロードで検証した。走り自慢の乗り比べ
『webCG』編集部も意地の悪いことをする。前日の電話で「取材には、ご自分のクルマに乗ってきてください」と念押しされた。で、指示どおりに自分のクルマで箱根に来てみたら、このように新型“ルーテシアIV”の「ルノースポール」(以下R.S.)がいた。
これはまったくの内輪話だが、写真に写っている黒のルーテシアIII……つまり旧型(泣)のR.S.は、私の個人所有車である。買って3年半。ローンもまだ少し残っている(号泣)。そんな私に「新旧R.S.をならべてみたら面白いと思って」と、軽く言っちゃう編集者。
しかも、新型はシャシー スポールとシャシー カップのそろい踏み。どちらか一台なら、いろいろと重箱のスミをつついて「ほら、俺のIIIもまだまだ負けていないぜ!」と自分を納得させられたかもしれないのに、この仕打ち。これでは、逃げ場がないではないか……。
まあよい。これは仕事である。まして、こうしてシャシー スポールとシャシー カップを同時に連れ出して、とっかえひっかえ思う存分に乗れるチャンスというのもなかなかない。R.S.を愛する人間のひとりとして、これはこれで幸せなことである(強がり)。
ところで、2013年秋に上陸した新型ルーテシアR.S.だが、日本では今のところはシャシー カップが人気という。日本のマニアの間でも、R.S.はもはやフランスやルノーといった国籍&ブランドのワクを超えて「世界でもっとも熱い体育会系FF車」という評価を得つつある。だから、いまあえてR.S.を選ぶような御仁は、やはり、よりハードコアなシャシー カップを好むのだろう。ルノー・ジャポンも、今までは(新型ルーテシアR.S.のスゴさや熱さを訴求しやすい)シャシー カップを前面に押し出してきたフシもある。
テストドライバーも太鼓判
しかし、今回はあえてシャシー スポール(以下スポール)から乗ってみた。実は、私はとある取材で、昨年末にロラン・ウルゴン(敬称略)にインタビューした。ウルゴンはR.S.のメインテストパイロットにして、エースシェフである。新型ルーテシアR.S.の味つけも主に彼が担当した。そんな彼が「日本のファンにはぜひスポールを試してほしい」と語っていた。だから、今回もまずはスポールに足が向いた。
ウルゴンの弁はもちろん、「カップよりスポールのほうが根本的に良いクルマである」という意味ではない。そのときに明確な理由を話してくれたわけではないが、それ以前に何度かインタビューした内容や、このときの前後の文脈から推測するに、彼の発言の裏にはおそらく2つの大きな理由がある。
ひとつは、ウルゴンが昨年春に初めて、日本の公道を本格的にドライブする機会を得たことだ。その当時にも彼にインタビューしたが、彼の第一声は日本の高速道路では常識……でも欧州の道路にはほとんど存在しない金属製の継ぎ目、目地段差についてだった。「ウワサには聞いていたけど、あれは予想以上に過酷。この問題に本気で対処するなら、R.S.のアシは今のままではダメだ」と語っていた。
悪名高き日本の目地段差を初体験した彼は、私を含む日本のR.S.愛好家の多くが、硬いカップで目地段差を乗り越えても「こんなものだよ。ほかの欧州スポーツカーと比較すれば、R.S.は悪くないほうだ」と納得しているのが信じられない様子だった。
ストリートではスポール?
もうひとつの理由は、日本仕様のスポールのタイヤである。日本のスポールは、17インチの「グッドイヤー・イーグルF1アシメトリック2」を履く。カップのタイヤ(ダンロップSP SPORT MAXX RT)とはサイズも銘柄も別物だ。もちろん、スポールとカップのサスペンションはそれぞれの専用タイヤに合わせて、入念かつ繊細にチューニングされている。
ところがR.S.の主たる市場のいくつか……具体的にはフランスとドイツなどでは、スポールもカップと同じ18インチのダンロップが標準設定となっている。それは、まったくのマーケティング上の要請によるもので、市場投入直前に決まったことだそうだ。
前記のように、スポールは17インチのグッドイヤーで開発された。しかし、いくつかの国の営業部門から「18インチのほうが売りやすい。18インチでいきたい」という要望を受けて、R.S.はあらためてスポールに18インチを履かせて確認。最終的に「まあ許容範囲」という結論を得て、一部の市場ではスポールも18インチで売られている。結局のところ、スポールのサスチューンは当初の17インチ想定のまま変更はされていないという。
しかし、そうした経緯を語るウルゴンの言葉の端々に「スポール本来の姿は17インチ」という思いがにじんでいたのが興味深い。そんな本国R.S.のアドバイスもあって、ルノー・ジャポンは日本仕様のスポールを17インチに決めた。そこには純粋な乗り味だけでなく、リプレイス用18インチタイヤがまだまだ高価であるというユーザー目線の理由もある。
日本の道路の過酷さに驚いたウルゴンは、そして日本のスポールが本来の17インチで売られる……といったことも合わせて「日本でストリートカーとして乗るならスポール」とあえて伝えたかったのだろう。
紳士的な実力者
スポールは本当に快適なスポーツハッチだ。なるほど目地段差で多少は上下に揺すられるが、アタリはあくまで丸く、進路はバシッと安定しきっている。ウルゴンはこれでもまだ不満のようだが、日本人の私にとっては、十二分に快適で優秀。いや、クラスや性格を問わず、これより目地段差の“いなし”が下手くそな欧州車なんぞ数えきれないほどある。
それにしても、私のIIIに比べれば、乗り心地は夢のように快適である(泣)。その印象の一端には1.6リッターターボ+6段ツインクラッチ「EDC」というパワートレインの効能もある。
ルーテシアR.S.のパワートレインはシフトレバー手前の“R.S.ドライブ”ボタンで3つのモードに切り替えられる。最強の“レースモード”にすると、変速はショック上等の電光石火となり、エンジンは高回転で爆音をとどろかせて、スロットルオフでは「ズパンパンパンッ!」である。
しかし、それをノーマルモードに固定しているかぎり、ルーテシアR.Sはすこぶる紳士的にふるまう。100km/hトップギアでエンジン回転は2500rpm以下。その状態のキャビンは、遠くから軽いハミングが聞こえるだけだ。
ゲトラグ製のツインクラッチは他社のそれと比較すると滑らかな変速が特徴だが、ルーテシアR.S.(のノーマルモード)も例外ではない。ターボエンジンとツインクラッチ式自動変速の組み合わせでは、いかに最新技術を駆使しても、時折予想外のムズガリや変速ショックが出てしまうものだが、このクルマではそんな粗相はしない。
車重に対してエンジントルクが根本的に“余裕しゃくしゃく”なので、変速頻度も少なく、スロットル踏み込み量も小さいからだ。ドライバーが自制心を忘れず紳士でいるかぎり、市街地や高速道でのスポールの身のこなしは、普通のルーテシアよりむしろ快適で大人っぽい。
それにしても、この矢のような直進性はなんだ! 私はこれまでルーテシアIIIの直進性が悪いとはつゆほども思わなかったが、ちょっとしたワダチや横風で、細かいステアリング修正を繰り返していたことを、新型ルーテシアR.S.で思い知らされたのである。
ウルゴンさん……さすが、あなたはいい仕事をしましたね(号泣)。
(文=佐野弘宗/写真=小林俊樹)
テスト車のデータ
ルノー・ルーテシア ルノースポール シャシー スポール
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4105×1750×1435mm
ホイールベース:2600mm
車重:1280kg
駆動方式:FF
エンジン:1.6リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:200ps(147kW)/6000rpm
最大トルク:24.5kgm(240Nm)/1750rpm
タイヤ:(前)205/45R17 88Y/(後)205/45R17 88Y(グッドイヤー・イーグルF1)
燃費:--km/リッター
価格:299万円/テスト車=299万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:6755km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:534.0km
使用燃料:48.2リッター
参考燃費:11.1km/リッター(満タン法)/11.0km/リッター(車載燃費計計測値)
→ルノー・ルーテシアR.S. オフィシャルサイト

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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