ルノー・ルーテシア ルノースポール トロフィー(FF/6AT)
作り手の魂が伝わってくる 2015.11.25 試乗記 ルノーのホットハッチ「ルーテシア ルノースポール」の中で、最もサーキット寄りの仕様となる「トロフィー」に試乗。ワインディングロードを走らせてみると、ルノースポールならではの“チューニングの妙味”が、さまざまなところに感じられた。高性能モデルの“さらに上”
現在のルノースポール(以下、R.S.)では、通常シリーズのさらに上に位置づけられる、最高峰の公道用限定モデルに「トロフィー」の名を冠することになっている。市販FF車最速をうたってきた「メガーヌR.S.」においても、独ニュルブルクリンクで最後に最速タイムを記録したのは「トロフィーR」という限定車である(現在はニュルを占有してのタイムアタックは禁止されている)。
ルーテシアR.S.のトロフィーも、仕立ての手法は兄貴分のメガーヌR.S.のそれと似ている。クルマの基本構成はベースのR.S.そのままに、エンジンをライトチューンして、さらにアシを引き締めている。
ルーテシアR.S.トロフィーの場合、エンジンのカタログ値は、最大過給圧アップ(1.9→2.0bar)によって最高出力で20ps、最大トルクで2.0kgmの上乗せとなっている。ただ、ターボチャージャーの大径化やロスを低減させた吸気系など、エンジンのハードウエアにも手が入っているという。ピーク性能の発生回転数もわずかに高くなっているが、最高出力で+50rpm、最大トルクで+250rpmだから、これはほぼ体感不能の誤差に近いものといってよい。
シャシーも題して“シャシートロフィー”なる専用チューンとなる。既存の“シャシーカップ”比で、ステアリングギア比をさらにクイック化したほか、スプリングレートをそのままに、車高をフロントで20mm、リアで10mmとわずかに前のめりにローダウン化して、ダンパー減衰力のみ約40%高められているという。ちなみに、日本の国交省届出値では、この程度の車高差は公差の範囲内ということで、日本仕様のカタログに記載される全高は変わっていない。
競技車ばりの変速フィーリング
外観にトロフィー専用の派手な演出は、それほどない。事前知識なしで即座に指摘できるのは、要所にあしらわれる“TROPHY”のロゴくらい。18インチホイールは従来のシャシーカップから基本デザインを変えず、リムやスポークがシルバーに光る切削加工が施されるだけだ(従来のシャシーカップは黒一色)。
ただ、単独でのたたずまいでも、以前のシャシーカップより低く構えて見えるのは、前のめりローダウン効果か、あるいはホイール切削による視覚効果か、しからずんばR.S.信者ゆえのヒイキ目か。試乗会場に普通のシャシーカップがなかったために確認はできなかったが。
パワートレインの変更点は前ページであげた以外に、もう2つある。
ひとつが6段ツインクラッチ式トランスミッションの変速スピードで、3種の走行モードのうち、スポーツモード(以下、スポーツ)とレースモード(以下、レース)で速められている。具体的にはスポーツで従来の0.17秒から0.15秒に、レースで0.15秒から0.12秒に……だから、スポーツが従来のレースに相当するレベルまで切り詰められて、レースではさらに速い。
従来のシャシーカップにおいても、その運動性能を引き出すような走りをすると、レースでも変速がもどかしく感じる場面がなくはなかった。その点、トロフィーでレースに設定すると、シャシーと変速機が見事にシンクロする。ただ、変速ショックも明らかに豪快かつ鋭利になって、助手席に人が乗っていると、レースに入れるのは遠慮したくなるほどだ。ビデオなどで見るラリーカーやツーリングカーの「ガキンッ! ガキンッ!」というあれに近いイメージといえばいいか。まあ、本物はそれどころの騒ぎではないのだろうが、少なくとも乗っている人間は、完全にコンペティション気分に浸ることができる。
締まったアシがよく動く
パワーやトルクの上乗せは、単独で乗っているかぎりは筆者ごときが即座に分かるほどの差はない。ただただトップエンドでの絞り出すような高周波サウンドに酔いしれて、あとは「とにかくBセグメント最速クラスだなあ」とシミジミするだけだ。
パワートレイン関連最後の変更点は、エンジン回転リミットが300rpm引き上げられて6800rpmになったことである。ただ、最高出力は6000rpm強で出て、それ以上の回転域は体感的にも頭打ち感が強い。
また、この“+300rpm”を実際に使えるのは、自動変速が完全にキャンセルされるレースのみ。ノーマルやスポーツではレバーをマニュアル側に倒しても、従来どおりピタリ6500rpmで自動的にシフトアップされてしまう。
同行した編集部S君は、このシャシートロフィーから降りるなり「シャシーカップより乗り心地がいいんじゃないですかぁ!?」と興奮気味にまくしたてたが、さすがにそれはないと思う。今回は箱根のターンパイクとそれとつながる椿ライン付近にかぎられて、断定的な物言いははばかられるものの、低速でのズコズコという突きあげはシャシーカップよりは強めだ。
ただ、低速でも突っ張る感触は皆無で、速度やGを問わずに、とにかくアシがよく動く印象はシャシーカップにも通じている。新たなトロフィー専用タイヤの「ミシュラン・パイロットスーパースポーツ」も、アタリは硬いながらも、いかにも滑らかに転がる。きれいに整備された路面では、なるほどシャシーカップより乗り心地よく感じるケースもあるかもしれない。
チューニングのバランスが絶妙
シャシートロフィーの山坂道でのふるまいは、従来のシャシーカップ以上にレーシーで硬質だ。細かな上下動は増えたが、低グリップな一般のワインディングでアマチュアレベルのペースで走っても跳ねない。凹凸で走行ラインが乱されることもない。この寸止め加減は、さすが生きた道で鍛えるR.S.らしい。
全体には明らかに引き締まって鋭くなっていても、ロールを拒否する頑固さはなく、加減速による荷重移動もしなやか、かつ滑らか。クイック化されたステアリングもシャシートロフィーのリズムとドンピシャ。神経質さは小指の先ほども感じさせず、クルマとの一体感だけが増強されている印象である。
こうした絶妙さは、前記のように寸止めセッティングのダンパーや、きちんと調律されたサスペンションの動作が滑らかなことに加えて、足元のミシュラン・パイロットスーパースポーツによるところが大きいと思われる。
シャシーカップが履く「SPORT MAXX RT」も、ダンロップではハイエンドタイヤの位置づけだから、大きくいえば今回のミシュランとほぼ同格。しかし、少なくとも今回の試乗ルートでは、明らかにミシュランのグリップが高いようだ。そのグリップにダンパーはまったく負けておらず、同時に高剛性なミシュランを減衰力の高いダンパーがしっかりと押しつけて……という感じ。
シャシートロフィーはハイグリップ化したタイヤのデメリットをまるで感じさせず、メリットだけを抽出することに成功している。しかも、グリップだけに頼った操縦性ではなく、荷重移動を使ってのヨーコントロールも自在。乗れば乗るほどシャシーカップとの差異を見いだしにくくなるのは、結局はダンパー減衰力とタイヤだけのちがいだから当然でもある。ただ、そのときのペースは、トロフィーのほうが明白に速いのだ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
筋金入りのマニア向け
タイトな山坂道をつるべ落とし的な速さで駆け抜ける場合には、パワートレインはレースにセットすべきだ。そうなるとトロフィー専用の“+300rpm”もいよいよ意味をもってくる。絶対性能面ではさして意味のない300rpmだが、次々とあらわれるコーナーを目前に「あえて変速をガマンする」という選択の幅を増やしてくれる。これは素直にありがたい。
ただ、レースにすると同時にESC(横滑り防止装置)もすべて解除となる。自慢の「R.S.デフ」もESC機能を応用したブレーキ機能なので、レースでは必然的に作動しなくなる。今回のエンジン性能の上乗せは、アマチュアには体感しづらいレベルだが、1速まで落とすタイトコーナーなどで、さすがに前輪をかきむしってしまうケースがちょっと増えたのも事実。こうなると、どのモードでもR.S.デフだけは作動する制御にするか、メガーヌR.S.同様の本格LSDがほしくなる。
……なんて細かいツッコミを入れたくなるのも、10mm単位の車高調整、吟味を重ねたタイヤ選び、そのタイヤにピタリ合わせるサスチューンと、このトロフィーもまたR.S.の職人技を随所に実感させるクルマだからだ。
フランス本国でのルーテシアR.S.(現地名「クリオR.S.」)は現在、従来どおりのシャシースポールとシャシーカップの上に、このトロフィーが君臨する3種のラインナップである。トロフィーは厳密には期間限定車だが、いつまでの限定かはハッキリしない。この種の商品の性格上、需要のあるうち……もしくは次の展開があるまでは、結果的に継続生産される可能性もある。
ルノー・ジャポンはそうした実情をかんがみて、トロフィー上陸にあわせて従来のシャシーカップを廃止。トロフィーとシャシースポールを、日本における新カタログモデルとした。市街地まで含めた柔軟性を考えると、従来のシャシーカップにも存在価値がなくはない。しかし、そもそもシャシーカップを選んできた筋金入りのマニアは、少しでも高性能なモデルを好むもので、日本ではとくにその傾向が強い。ルノー・ジャポンの判断は間違っていないと思う。
(文=佐野弘宗/写真=高橋信宏)
テスト車のデータ
ルノー・ルーテシア ルノースポール トロフィー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4105×1750×1435mm
ホイールベース:2600mm
車重:1290kg
駆動方式:FF
エンジン:1.6リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:220ps(162kW)/6050rpm
最大トルク:26.5kgm(260Nm)/2000rpm
タイヤ:(前)205/40ZR18 86Y/(後)205/40ZR18 86Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:--km/リッター
価格:329万5000円/テスト車=337万960円
オプション装備:フロアマット(3万240円)/ETC車載器(1万4400円)/エマージェンシーキット(3万1320円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:1549km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
-
ランボルギーニ・ウルスSE(4WD/8AT)【試乗記】 2025.9.3 ランボルギーニのスーパーSUV「ウルス」が「ウルスSE」へと進化。お化粧直しされたボディーの内部には、新設計のプラグインハイブリッドパワートレインが積まれているのだ。システム最高出力800PSの一端を味わってみた。
-
ダイハツ・ムーヴX(FF/CVT)【試乗記】 2025.9.2 ダイハツ伝統の軽ハイトワゴン「ムーヴ」が、およそ10年ぶりにフルモデルチェンジ。スライドドアの採用が話題となっている新型だが、魅力はそれだけではなかった。約2年の空白期間を経て、全く新しいコンセプトのもとに登場した7代目の仕上がりを報告する。
-
BMW M5ツーリング(4WD/8AT)【試乗記】 2025.9.1 プラグインハイブリッド車に生まれ変わってスーパーカーもかくやのパワーを手にした新型「BMW M5」には、ステーションワゴン版の「M5ツーリング」もラインナップされている。やはりアウトバーンを擁する国はひと味違う。日本の公道で能力の一端を味わってみた。
-
ホンダ・シビック タイプRレーシングブラックパッケージ(FF/6MT)【試乗記】 2025.8.30 いまだ根強い人気を誇る「ホンダ・シビック タイプR」に追加された、「レーシングブラックパッケージ」。待望の黒内装の登場に、かつてタイプRを買いかけたという筆者は何を思うのか? ホンダが誇る、今や希少な“ピュアスポーツ”への複雑な思いを吐露する。
-
BMW 120d Mスポーツ(FF/7AT)【試乗記】 2025.8.29 「BMW 1シリーズ」のラインナップに追加設定された48Vマイルドハイブリッドシステム搭載の「120d Mスポーツ」に試乗。電動化技術をプラスしたディーゼルエンジンと最新のBMWデザインによって、1シリーズはいかなる進化を遂げたのか。
-
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
NEW
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。 -
NEW
第926回:フィアット初の電動三輪多目的車 その客を大切にせよ
2025.9.4マッキナ あらモーダ!ステランティスが新しい電動三輪車「フィアット・トリス」を発表。イタリアでデザインされ、モロッコで生産される新しいモビリティーが狙う、マーケットと顧客とは? イタリア在住の大矢アキオが、地中海の向こう側にある成長市場の重要性を語る。 -
NEW
ロータス・エメヤR(後編)
2025.9.4あの多田哲哉の自動車放談長年にわたりトヨタで車両開発に取り組んできた多田哲哉さんをして「あまりにも衝撃的な一台」といわしめる「ロータス・エメヤR」。その存在意義について、ベテランエンジニアが熱く語る。 -
第83回:ステランティスの3兄弟を総括する(その1) ―「ジュニア」に託されたアルファ・ロメオ再興の夢―
2025.9.3カーデザイン曼荼羅ステランティスが起死回生を期して発表した、コンパクトSUV 3兄弟。なかでもクルマ好きの注目を集めているのが「アルファ・ロメオ・ジュニア」だ。そのデザインは、名門アルファの再興という重責に応えられるものなのか? 有識者と考えてみた。