第2回:最強バージョンの実力に迫る ~シャシー カップ
これぞ絶品、名人芸 2014.02.12 カップとスポール どっちを選ぶ? ルノーが放つホットハッチ「ルーテシアR.S.」に試乗。「シャシー スポール」に続いては、一段とスポーティーに仕立てられた「シャシー カップ」の素顔に迫る。速さだけが目当てじゃない
(前回からのつづき)
シツコイようだが、私は普段、先代「ルーテシアR.S.」に乗っている。「構造からして専用のフロントサスを持つ先代モデルのほうが、エンスーなウンチクに富んでいる」とか「回頭性のビビッドさでは、今もって先代に軍配が上がる」、あるいは「同じ200ps級なら高回転型自然吸気のほうが気持ちいい」だの「デュアルクラッチ式ATがどんなにイージーで速くても、MTに萌える」などなど、あえて自分が乗る旧型(泣)にこだわる理由はいくつもある。
しかし、こうしてあらためて新旧ルーテシアR.S.に乗って、完膚なきまで敗北感にさいなまれるポイントがひとつだけある。それは乗り心地だ。
知っている人も多いかと思うが、私が乗る先代の日本仕様は、本国でいうソフトなほうの「シャシー スポール」(以下スポール)である。だが、新型ルーテシアR.S.と比較すると、新型のスポールはもちろん、硬いほうのシャシー カップ(以下カップ)でも、私の旧型スポールより乗り心地がいい。それも「ふと気づいてみれば……」といった微妙な差ではなく、圧倒的に新型のカップのほうが快適である。単純に目地段差などのいなしが豊かで潤いがあるだけでなく、とにかく上屋がフラットで動かない。
しかも直進性も雲泥の差。今回も新型のスポールとカップにたっぷり乗った後、自分の先代に乗ると、路面のちょっとしたワダチやうねり、目地段差で、いちいちフラついて、盛大に飛び跳ねるのだ。
前回もご登場いただいたロラン・ウルゴン(敬称略)にインタビューしたとき、新型ルーテシアR.S.の開発秘話について、彼はこんなことも語っていた。
「R.Sの開発でも当然ながら仕様書があります。そこには、いろんなポイントでの性能目標が書かれていますが、先代の仕様書には“乗り心地”の項目そのものがなかったんです。対する新型では、“乗り心地”の項目が付け加えられただけでなく、その優先順位が最上位のひとつになっていました」
先代ルーテシアR.S.でも、操縦性と乗り心地のバランス点は、今の目で見ても十分に高い次元にあると信じている。新型のほうが比べ物にならないくらいの高めにあるとしても……である。しかし、先代のそれは欧州のあらゆる路面での速さと楽しさを追求した結果の副産物でしかなかったということか。
対する新型は、当初から積極的に「乗り心地よく、そして速さも世界トップに」という二律背反を解決すべく開発されたわけだ。
新開発のアシがキモ
ハッキリと乗り心地に留意した新型ルーテシアR.S.は、私程度のアマチュアドライバーが箱根のようなワインディングロードに持ちこんでも、硬いカップのほうが扱いやすく、そして速い。ここがウルゴンが「ストリートでの乗り心地にも妥協しなかった」という、新型のもっとも大きな特長にして美点だと思う。
一般的な例で言うと、アナログな固定減衰サスペンションで、ハイグリップなクローズドサーキット走行を想定したセッティングをすると、ストリートでは基本的に硬すぎるケースがほとんどである。
箱根のような低ミューの山坂路でアマチュアがおっかなびっくり攻める程度では、サスペンションに本来想定されるレベルの力が入らず、ひいてはタイヤ性能を引き出せず、ギャップで跳ねるだけになってしまう。だからアマチュアドライバーが公道で乗るかぎりは、今回でいうとスポールのような少し柔らかめの(=サーキットではやや物足りない)チューニングのほうが結果的に速く走れるものである。
しかし、新型ルーテシアR.S.ではその絶妙な職人芸的なセッティングに加えて、新機軸の「ハイドロリック・コンプレッション・コントロール(HCC)」と名づけられた新開発のフロントダンパーが、なんともいい仕事をしている。
カップのHCCは、フルストローク付近ではサーキット走行に耐えるコシを確保しながらも、低ミュー路を低いペースで走っても、しなやかな荷重移動を実現し、18インチのダンロップの性能を引き出す。
今回も、そこいらのCセグメントハッチバック(の快適グレード)にまったく負けていないスポールの絶品といえる乗り心地にまずは感心した私だが、箱根でその気になって走りだすと、カップの圧倒的な速さに心が動かされてしまう。
R.S.ならではのハンドリング
ご想像のとおり、さすがに純粋なハンドリングマシンとして見ると、スポールよりカップのほうが速く、熱く、そしてビビッドである。
ただ、その奥底にある基本的なキャラクターはスポールもカップも変わりはない。まあ、この2台の違いはステアリングギア比、バネとスタビとダンパーの硬さ、ホイール径、そしてわずか3mm差の車高(もちろんカップのほうが低い)……だけである。結局は同じクルマなのだから当然だろう。
何度も言うようだが、ルーテシアにかぎらず“R.S.物件”における最大の魅力にして、他社のスポーツ志向FF車との決定的な違いは限界領域での優れたハンドリング性能にあり、そこにおいてスポールとカップに決定的な差異はないのだ。
R.S.はしっかりとブレーキングして前輪に荷重を載せながらターンインすると、適度にリアタイヤが張り出しながら、4輪すべてでコーナリング姿勢をつくる。ここでスポールとカップで異なるのは、その入力と速度レベルの差でしかない。スポールのほうがより低いスピードで姿勢を作れるので、公道でより大きな安全マージンを取ったまま“らしい”走りを味わえる……だけである。
これがフォルクスワーゲンの「GTI」あたりだと、リアは徹頭徹尾安定しきっており「公道でリアタイヤがどうこうなるなど、無謀な走りだ」という、彼らなりの安全思想が無言のうちに伝わってくる。
誤解しないでいただきたいのだが、「だからR.S.はレベルが低い、限界が低い」という意味ではない。むしろその逆である。リアグリップ最優先型のFFは、ひとたびその限界を超えてしまうと、それはもはや想定外の出来事。運転は途端に難しくリスキーなものになるわけで、結局のところ、速度を落としてなだめるしか手はない。
それとは対照的に、R.S.はここから先が真骨頂である。ウルゴンはじめR.S.の開発チームが目指すところを理解して、少しでも慣れれば、わずかなステアリングの動き、右足による微妙な荷重移動で、いつでもリアタイヤの軌跡をピタリと操れるようになる。その部分のコントロール性はまさに絶品、名人芸というほかない。
常に楽しい“最強モード”
3つある走行モードのうち、もっともハードな「レースモード」はその名のとおり、表向きは“サーキット走行専用”と説明されるが、実際のところはストリートのワインディングでも、もっとも楽しく扱いやすいのがこのモードである。
レースモードは強めのシフトショックを覚悟のうえで変速スピードが高められて(0.15秒)、スロットルマップも“元気”になり、ESPもカットされる。また、それ以外のモードではシフトレバーをマニュアル側に倒しても、リミットに達すれば自動的にシフトアップしてくれるが、レースモードではエンジン本体のリミッターに当たったままで、ドライバーが操作しないかぎりは変速しない。
R.S.に乗っていると「パワートレインもハンドリングの一部である」という真理がよくわかる。それを念頭に操ると、パワートレインのレスポンスが操縦性と直結する。レースモードは単純に動力性能の話ではなく、よりビビッドに曲がるためのハンドリング装置でもある。
私は今のところ、自分のルーテシアIIIのR.S.を手放すつもりはない。ちょっと気取った表現をすれば、個人的にはもともとFF版の「ポルシェ911RS」と思って(!)買ったので、新型が出たくらいでは気持ちは揺るがない。まあ、それは悔しさ半分だけど、半分は本心だ。
ただ、ルーテシアIIIをキープしたまま増車するなら……なんて妄想すると、スポールとカップで、大いに迷ってしまう。IIIの隣に新型のスポールが並べられたら、本人の気分は911RSとメルセデスあたりの高級セダンである。夢のようなコンビだな。ちなみに新車価格はIIIもスポールと同じ299万円だった。合計600万円でこのぜいたくさである。うーん、トレビア~ン。
しかし、カップに乗ってしまうと、やっぱり気持ちは揺らぐのだ。マニアは常に“一番スゴイやつ”が定石である。しかも新型のカップのほうが、快適性も実用性も私の先代スポールより上なのである。というわけで、やっぱり結論は出なかった。まあ、結論が出たところで現実には買えないんだけど(泣)。ただの妄想ですけど(号泣)。
最後に。私に今も敗北感を抱かせる点が、前記の乗り心地以外にもうひとつある。それは箱根を走ってみると、カップにしろスポールにしろ、私のIIIでは新型にまるで追いつけなかったことである。まあ、新型に初めて試乗したときから覚悟はできていたが、その差は想像以上だった。わかってはいたものの、こうして過酷な現実を知らされると、やっぱりツラい……。
(文=佐野弘宗/写真=小林俊樹)
テスト車のデータ
ルノー・ルーテシア ルノースポール シャシー カップ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4105×1750×1435mm
ホイールベース:2600mm
車重:1280kg
駆動方式:FF
エンジン:1.6リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:200ps(147kW)/6000rpm
最大トルク:24.5kgm(240Nm)/1750rpm
タイヤ:(前)205/40R18 86Y/(後)205/40R18 86Y(ダンロップSPORT MAXX)
燃費:--km/リッター
価格:309万円/テスト車=337万875円
オプション装備:専用チタンマフラー(22万4175円)/パックデザインコレクション(5万6700円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:5469km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:238.3km
使用燃料:19.0リッター
参考燃費:12.5km/リッター(満タン法)/12.0km/リッター(車載燃費計計測値)
→ルノー・ルーテシアR.S. オフィシャルサイト
![]() |

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。