第225回:日本人よ、いつまでこだわる? “メイドイン本国”の輸入車
2011.12.23 マッキナ あらモーダ!第225回:日本人よ、いつまでこだわる? “メイドイン本国”の輸入車
イタリア製に戻った「パンダ」
2011年9月のフランクフルトショーでデビューした新型「フィアット・パンダ」の受注が2011年12月21日からイタリアで開始された。
3代目にあたる今回のパンダは、ポーランド工場で作られていた先代モデルと違い、ふたたびイタリア国内の工場で作られる。具体的に言うと南部ナポリ郊外のポミリアーノ・ダルコ工場だ。
歴史をたどればポミリアーノ・ダルコは、1972年に当時公営だったアルファ・ロメオが南部工業振興のために設立した工場で、アルファ・ロメオの小型車「アルファスッド」を皮切りに、「アルファ33」や日産との提携車「アルナ」などを生産してきた。
「アルファ147」の生産終了後、フィアットは工場の閉鎖を考えていたが、イタリア政界・労働界からの反対は根強く、存続の可能性を模索せざるを得なくなった。
ところが存続のための新しい労働協約を提示すると、一部労働組合が激しく反発。交渉は難航を極め、やはり工場閉鎖か? というところまで事態は悪化した。最終的には協約に賛成する労働組合と交渉がまとまり、晴れて新型パンダの生産工場として生き残ることになった、というのが経緯である。
フィアットのマルキオンネCEOは、持ち前のしたたかさを見せた。パンダ生産をイタリアに戻す一方で、ポミリアーノ・ダルコ同様過去に国策として建てられながら生産性の低さゆえお荷物だったシチリア工場に決着をつけた。中国・奇瑞汽車製モデルをベースにしたクルマを組み立て生産しているイタリア企業「drモーター・カンパニー」に売却してしまったのだ。そして従来シチリアで造っていた「ランチア・イプシロン」が新型に切り替わるのを機にポーランド工場へと移してしまった。
生産工場は気にしない
しかし、そうしたことを話題にするのは新聞の経済欄や労働界だけである。当のイタリア人や周辺諸国のユーザーはといえば、パンダがイタリア生産に戻ろうと、イプシロンがポーランド工場製になろうと、生産工場を気にしている人はまれだ。
ポーランド製だった2代目パンダが欧州で2010年に23万台、姉妹車の「500」も16万台と堅調なセールスを記録しているのは、その証拠といえよう。
端的にいうと欧州では、ドイツブランドおよびドイツ系傘下にある高級車とイタリア製高級スポーツカーを除き、生産国を気にしている一般ユーザーはほとんどいない。
逆にいえば、“おフランス”なムードが好きでシトロエン、プジョー、ルノーに乗っているユーザーに会うことなどめったにないのである。したがって、早くから世界各地の拠点で造られてグローバルカーの香りが強いGMオペルやフォード系に乗る人たちの“国籍無関心度”は推して知るべしである。
ドイツ製高級車のファンにしても、「旧東ドイツや米国の工場で造られたモデルは嫌だ」などと指摘するユーザーは極めてまれだ。
変わるか? 本国生産品至上主義
ヨーロッパの話はこのくらいにして、日本に話を移そう。ボクはほぼ1年に1度東京に行くのだが、近年注目しているのは、さまざまな分野における新興国ブランドの浸透である。たとえば韓国や中国ブランドの白物家電は、量販店で年々存在感を増している。
さらに2010年あたりからは韓国ブランドの携帯電話のラインナップが増えた。2011年には日本の携帯通信会社名を前面に出してはいるものの、韓国ブランドのスマートフォンが大々的にプロモーションされていた。高速道路で追い抜く観光バスを見ると、ヒュンダイだった。もちろんいずれも、各ジャンルのメイン商品かといえば、まだまだである。だが数年前には、その道にうるさい関係者が「ブランドが確立している日本じゃ、そんなことあり得ないでしょ」と言っていたことが次々と起きているのは事実だ。
一方それらとは対照的にグローバル化が進んでいないのは、日本における輸入車だろう。たとえ欧州メーカーが中国に生産拠点を持っていても、日本のインポーターが輸入するのは依然欧州製である。
もちろん携帯とクルマでは値段がまるで違う。ましてや日本における輸入車はブランドイメージによるところが多いから当然といえば当然だ。
しかし、前述のように欧州のユーザーが生産国にこだわらなくなっている昨今ゆえ、ボクは「日本の輸入車ユーザーも、このままでいいのか?」という気がしてならない。
ボクは欧州の各自動車メーカーが、新興国にある現地工場のクオリティーを本国製と同水準に維持すべく専門スタッフをふんだんに投入しているのを知っている。
ちなみに品質管理によっていかに製品の出来が左右されるかは、中国製の衣類を見ればわかる。イタリアの雑貨店で販売されているものと、高い品質コントロールをクリアし東京のセレクトショップで販売されているものの縫製の違いは一目瞭然だ。
要は、クオリティーコントロールが徹底していれば、クルマだってどこで造ろうと問題ないはずなのである。
もしボクが日本に住んでいて、欧州ブランドのアジア工場製車が安く手に入るなら、喜んで選択肢に入れるだろう。それは前述の品質管理要員へのリスペクトでもある。
かくも本国製にこだわる日本の輸入車マーケットを憂うボクであるが、将来シチュエーションが変化するかもしれないという希望も持っている。それは今年世を去ったスティーブ・ジョブスが創造したアップルの製品の成功を見ればわかる。
iPhoneやMacbookの組み立て国が中国であることでアップルを敬遠するユーザーは少ない。製品企画、デザイン、性能、そして品質とアフターサービスが良ければ、製造国がどこでも売れる証拠だ。
そうしたプロダクトとともに育った、本国生産品至上主義をもたないニュージェネレーションが、日本における輸入車の概念を変えてくれるかもしれない。それが達成されたとき初めて、日本人はモノに対するグローバルでコンテンポラリーなセンスをもったといえるのではないだろうか。
ラーメンで気がつく自己矛盾
……と日本の現状を指摘してうれいたボクだが、実は矛盾するような事象がある。欧州における日本ブランド車ユーザーだ。
ボクがうっかり「それ、フランス工場製ですよ」とか「チェコ工場製ですね」とか言おうものなら、彼らはとてもイヤ〜な顔をする。車両が日本工場製ではないことを購入前にディーラーから聞かされているにもかかわらず、である。
なかにはボクに「できれば日本製が欲しかったよ」とあからさまに捨て台詞を吐くユーザーもいる。
日本人として喜ぶべきなのかもしれないが、日本品質を海外工場で維持しようと努力している自動車会社の人を思うと、やはりなんとも複雑な気持ちになる。
そんなことを書いていたら「2011年は今週が最後の記事ですよ」と編集担当の渡辺さんから連絡が入った。
もう年の瀬か。暮れの買い出しにアジア食品店へ走った。その店内でボクは、日本ブランドの即席ラーメンを買うとき、海外工場製ではなく日本工場製をついつい物色していた。
「アジア製欧州ブランド車があったら選択肢に入れる」とか書きながら、この始末だ。歩く矛盾のような己を恥じた。
ということで、新しい年もどうぞよろしくご愛読ください。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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