BMW M235i クーペ(FR/6MT)
走れる、使える、楽しめる 2014.05.05 試乗記 車名も新たに、BMWのラインナップに加えられた「2シリーズ クーペ」。その走りは、どれほどのものなのか? 高性能バージョン「M235i」で確かめた。BMWらしいニューモデル
「1シリーズ」の2ドアクーペが「2シリーズ」である。「3シリーズ」のクーペも今度から“4”を名乗るようになった。別のクルマに仕立てれば、それだけビジネスチャンスも増える、ということなのだろうが、これができるのも単純な数字車名のいいところだ。
番号1コ違うだけだから、そんなに違わないけど、でも別で、という。「スカイライン」のクーペをシリーズから独立させて別の名前を与えようとしたら、もっと変えないと世間が納得しないだろう。そう考えると、いかにも戦略的な、BMWらしいニューモデルの作りかたである。
日本に導入されるのは「220i」と「M235i」。1シリーズでいえば上位2モデルのみの品ぞろえというところに、2の位置づけがよく表れている。
3リッター直列6気筒ターボを積むM235iの「M」をおさらいすると、M社の新ブランド“Mパフォーマンス・オートモービルズ”のことである。BMWの高性能モデルと、「M3」に代表される“M”製品の中間に位置するのが、このシリーズのコンセプトとされる。Mほどレーシングライクではない、毎日使えるMということか。
2シリーズのMには小さなビッグニュースがある。「M135i」にはないMTモデルがラインナップされたことだ。車重はATより20kg軽く、値段も14万円安い。試乗したのはもちろんこれである。
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トランスミッションは“要”
BMWジャパンの地下駐車場で試乗車を借り受け、数十メートル進んで上りのスロープへと左折する。1年半前に初めて乗ったM135iには、たったそこまでの距離でノックアウトされた。機械も、洗練を極めると色気を発する。エンジンから足まわりまで、クルマ全体から放たれるシルキースムーズさに“ひと乗りぼれ”してしまったのだ。
しかし、まったく同じようにスタートしたM235iにあれほどの感動はなかった。東京駅八重洲口の広い通りに出て、深めのアクセルを踏むと、パワフルさもあのときのM135iほどには感じなかった。車重は20kg重くなったが、326psの最高出力は6ps微増している。なぜ? と思ったが、これはおそらく、というか間違いなく変速機のせいだろう。右足に即応してエンジンの一番おいしいところを使わせる能力は、最近の高効率な自動変速機にはかなわない。新しいBMWに乗ると、もうあたりまえのように思っているが、ZF製の8段ATは、「速さ」の一点だけを捉えても、おそろしく高性能なのである。0-100km/h=4.8秒というスーパースポーツ並みのスピード感をインスタントに味わいたければ、ATのほうがいい。
といったように、以前乗ったM135iと比べると、第一印象で多少、肩すかしを食らった感じはあったが、距離を重ねるうちに評価は好転した。結論を言うと、M235iのマニュアルは運転好きなら一番楽しめるBMWだと思う。
魅惑のスリルに高ぶる
M235iに乗っていて、デフォルトで楽しいのは、このボディーサイズである。全幅は1755mmあるが、コックピットにいると5ナンバーのサイズ感だ。そんなコンパクトボディーにかるく300馬力オーバーの3リッター直6ターボが載っていて、しかも後輪駆動。それをMTで自由にできるワインディングロードが楽しくないわけはない。
シャシーは「Mアダプティブサスペンション」を標準装備。ホイールやタイヤのスペックもM135iと変わらないが、リアオーバーハングの長いこちらは、よりテールハッピーな印象を与える。245/35R18の「BSポテンザ」も決してオーバータイヤではなく、スタビリティーコントロールの支配下でもけっこうスリリングに遊ばせてくれる。平滑でドライな路面でもコーナーの脱出時に後輪がウリウリっとアウトに張り出す実感は、パワフルなFRならではだ。
デッドスムーズなストレートシックスを7300rpmのリミッターに当たるまで回せるのはMTならではである。レッドゾーンは7000rpmからだから、エンジンに対してそんなことをしてはいけないが、いけないことをする自由があるのもMTの魅力である。
ただ、6段MTのシフトフィールは相も変わらぬBMWタッチだ。取りあえず操作力は軽く、シフトレバーも短いが、カチッとキマる爽やかなゲート感がない。編集部Sさんが「トリのナンコツの食感に似てます」と、うまいことを言った。シンクロの容量が不足して変速時にギア鳴りするような不満はまったくないが、完璧主義のBMWならもう少しなんとかすればいいのにといつも思う。
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実用性も合格点
人や荷物を載せる性能も、このクーペボディーはなかなかの善戦をしている。トランクはそう大きくないが、後席背もたれを倒して客室を貫通させれば、長尺物や、かさモノも積める。スポーツ自転車だって寝かせれば入る。背もたれをリリースするレバーをトランク内に備えるのは、BMWが3シリーズクーペで始めた美風だと記憶している。クーペでも“積むこと”をまじめに考えているのである。
リアシートの居住性もまずまずだ。クッション中央部に硬いトレーが埋まるため、車検上の定員は4名だが、一応、フル4シーターとして使える。ただし、コンパクトな2ドアだから乗り降りはさすがに窮屈で、そのときは4ドアも欲しくなる。でも、BMW2.5シリーズのウワサはまだ聞かない。
実際問題、このクルマに食指を動かすのはどういう人だろうか。広告にも登場する「2002」を知っている世代のクルマ好きにアピールするとしたら、クラッチペダルが重くないことも報告しておきたい。
外観でそうイバリがきくとは思えないコンパクトクーペの、しかもMT車に600万円を投じる人は多くないだろうが、そういうクルマを取り寄せてくれたインポーターには大拍手を送りたい。何年か先にネット上で売りに出たら、クリック競争で争われるような人気モデルになること、請け合いである。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=峰 昌宏/撮影協力=河口湖ステラシアター)
テスト車のデータ
BMW M235i クーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4470×1775×1410mm
ホイールベース:2690mm
車重:1550kg
駆動方式:FR
エンジン:3リッター直6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:326ps(240kW)/5800rpm
最大トルク:45.9kgm(450Nm)/1300-4500rpm
タイヤ:(前)225/40R18 88Y/(後)245/35R18 88Y(ブリヂストン・ポテンザS001)
燃費:12.0km/リッター(JC08モード)
価格:601万円/テスト車=699万2000円
オプション装備:パーキングアシストパッケージ(10万3000円)/電動ガラスサンルーフ(14万4000円)/スルーローディングシステム(3万8000円)/パークディスタンスコントロール(10万8000円)/アダプティブヘッドライト(8万4000円)/2ゾーンオートマチックコンディショナー(8万3000円)/可倒式リアヘッドレスト(8000円)/パーキングアシスト(5万円)/BMWコネクテッドドライブプレミアム(6万1000円)/メタリックペイント<エストリルブルー>(7万7000円)/ダコタレザーシート+フロントシートヒーティング(22万6000円)
※価格はいずれも8%の消費税を含む。
テスト車の年式:2014年型
テスト車の走行距離:2202km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:328.6km
使用燃料:41.2リッター
参考燃費:8.0km/リッター(満タン法)/7.9km/リッター(車載燃費計計測値)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。