ジープ・チェロキー リミテッド(4WD/9AT)
完全な脱皮 2014.06.25 試乗記 母体のクライスラーがフィアットと合体する中で、大胆に生まれ変わった「ジープ・チェロキー」。新型の仕上がりを、最も高級なグレード「リミテッド」でチェックした。マニアにとっても話題作
われわれ日本人から見ると、「ジープ・チェロキー」は1980年代半ばに輸入されてヒットした2代目から絶えることなく存在している。で、この新型は通算5代目。日本には初代が正式輸入されなかったので、4代目にあたる。ご存じの方も多いだろうが、日本における先々代と先代チェロキーは、地元アメリカでは「リバティ」であり、チェロキーの歴史はしばらく途絶えていた。今回の新型は北米でもチェロキーを名乗る。
まあ、北米でいったんチェロキー名が引っ込められたのも、なのに日本(というか、北米以外の大半の市場がそうだったけど)ではチェロキーと呼び続けられたのも、ただの販売戦略や商標の都合……といえば、そのとおりだ。しかし、マニア的見地からすると、北米における車名の変遷はなんとも象徴的だ。
日本でヒットした2代目チェロキーが発売された1984年当時、ジープの親会社はまだ「AMC(アメリカン・モーター・カンパニー)」だった。ちなみに70年代の初代もAMC時代の作品だ。チェロキーが円高を背景にしたインパクトのある低価格やアメ車初の右ハンドル導入、さらに一時はホンダ販売網でも売って……などといった大胆戦略で、日本でヒットするのは、1987年にAMCがクライスラーに吸収合併されて以降のハナシである。
つまり、アメリカのジープマニアにとっては、チェロキーはそもそも「AMCジープ」のクルマであって、「クライスラージープ」としてゼロから開発されたチェロキーは、今回が初めて。アメリカ人にとっては「第3世代、13年ぶりの復活チェロキー!」がコレなのだ。
このエクステリアデザインや横置きFFベースのレイアウトは日本でも物議をかもしているが、北米における新型チェロキーの衝撃はその比ではない。新型チェロキーにフィアット クライスラーが込めた決意は、日本人が想像するより、たぶん、はるかに大きい。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
アルファとジープが同居
チェロキーは初代から乗用車的なコンセプトや舗装路での乗り心地に配慮した設計で、オフローダーと呼びづらい“元祖SUV”である。2代目からは、当時まだめずらしかったフレーム内蔵型のモノコック車体構造もいち早く採用するなど、そもそもが先進的なクロスオーバーだった。
ただ、ここ10年ほどでセダンやステーションワゴンにヒゲを生やした程度の、さらに軽薄なクロスオーバーが乱立すると、チェロキーはある意味で“ジープ”というブランドが逆に足かせになっていた面も否定できない。新型チェロキーは、今やフィアットやアルファ・ロメオと一体化したクライスラーが、そういうしがらみから、あえて解脱して開発したジープといっていい。
新型チェロキーが、その設計基盤やパッケージ思想からして従来型とは別物なのは、クルマに乗り込んだ瞬間にわかる。……というか、運転席に座ってこそ、その真意がわかる。
新型チェロキーのドラポジはまったく乗用車的だ。フロアは低く、操作系やスイッチ配列、視界にオフローダー的な感覚は皆無である。それどころか、「まるでアルファ・ロメオ」なデザインのダッシュボードと、高めのベルトラインに囲まれた運転環境は、あまたある競合車のなかでも、平均以上にスポーツカー的ですらある。ピタリとコンパクトにまとまるドラポジも、ジープやアメリカ車より、いかにも最新の欧州車のそれっぽい。
ただ、今回の取材車である「リミテッド」は現時点で最も高性能なチェロキーだが、オンロードに特化したタイプではない。市街地や高速での上下動は小さくなく、大きく蹴り上げられると、あえて2~3回呼吸しながら徐々に収めるゆったり系テイスト。マッド&スノータイヤのグリップもほどほど、ステアリングはジープらしく穏やか。完全なモノコックFFベースになっても、こういう仕立てにするのが、ジープのジープたるゆえんか。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
高速コーナーで生き生き
前回の特設オフロードコースにおける試乗リポートにもあるように、新型チェロキーの悪路走破性も本格オフローダーに負けないレベルにある。ただ、この種の“乗用車ベースSUV”の場合、その走破性のキモとなるのは、タイヤが1~2本浮いたところで、残ったタイヤに絶妙にトルク配分してくれる電子制御4WDである。
舗装路のみの試乗となった今回は、チェロキーは徹頭徹尾、安定したアンダーステアに終始した。山道では、いい意味でSUVらしい“どっこいしょ感”が残される。Cセグメント級プラットフォームにV6エンジンだから、さすがにノーズは重め。前記のようにステアリングもマイルドなしつけだから、カーブをグリングリン曲がるタイプではまったくない。
走行モードを“SPORT”にすると、4WDも積極的に後輪にトルクを吸い出す制御に……と説明書きにはあるものの、ヨーロッパの武闘派系SUVほどアグレッシブなトルク配分はしていないようで、オンロードでの4WDはあくまで前輪を無粋に暴れさせないための黒子役に徹する。
ただ、アルファの血の半分もらった新型チェロキーの神髄(の片りん)がうかがえるシーンもある。高速道路の山間部。ミニバンや背高系クロスオーバーだとちょっと不安になるくらいのチャレンジングな高速コーナーだ。こういう場面でアクセルを積極的に踏んでいく走りをすると、細かいダンピングセットや小手先の4WD制御より、基本フィジカルが重要になる。そこでの新型チェロキーはそのスタイルからは想像できないほど、路面にジワッと低く吸いついて、ステアリングは正確、余計な挙動もなくピタリと走る。
「この瞬間がアルファだね」と、思わずヒザをたたきたくなった。新型チェロキーはまるで水を得た魚のように走った。
新型チェロキーに今後どういうバリエーションが追加されるかは分からないが、オンロードに特化したサスチューンとタイヤを履かせて、4WD制御にもうちょっとだけスパイスを利かせれば、スプリンターぞろいのこのセグメントでも、新型チェロキーはいいセンいくんじゃないか……と期待させるだけのものはある。
この設計で本格悪路をモノともしないところもジープの美点だが、この設計はやはりオンロードでこそ最大限にいきる気がする。
縁の下の9段オートマ
新型チェロキーといえば、最新鋭の9段オートマチックトランスミッションも技術的なハイライトである。V6は基本的なトルクにたっぷり余裕があり、ポンポンとギアを上げておけば、走りにも燃費にも悪くない結果を出すだろう。
しかしチェロキーの9ATは、けなげにカキカキと動き続ける。スロットル開度や加減速Gで「使うべき回転域」をけっこう厳格に定めており、たとえば右足をペダルに軽く載せたくらいの穏やかな走りでは、1500~2000rpmの間をキープする。それは加速側だけでなく、軽いスロットルオフやブレーキングで1500rpmを下回りそうになると、ATが先回りするようにダウンシフトする。
100km/hでは、トップの9速が約1200rpm、8速が約1500rpm……ということは、最高で100km/hという日本の法定速度下では、現実的に常用されるのは7速までで、100km/h強の非常に低負荷の巡航パターンで、ときおり8速に入るのがやっと。それでもわずかにでも減速Gがかかれば、即座に7速に落ちるし、9速にいたっては、某コースで試してみたかぎり「130km/h以上の低負荷巡航で入ることもある」といった程度。
シフトレバーにはマニュアルモード風のスロットも備わるのだが、このモードも厳密なマニュアルモードではなく、あくまで最高ギアを制限する制御。なので、ドライバーが任意に8速や9速を選ぶことはできない。つまり、日本の公道を普通に走っているかぎりは、9速を一度も使わずに終わるケースが大半だろう。
日本で乗るかぎり「ギアは9つもいらないよ」が正直な気分である。しかし、9つに細かく刻んでいるからこそ、前記のようにクオーツ時計のごとくひたむきで緻密な変速が可能になり、この重量、この排気量、しかも燃料はレギュラーで、9km/リッター近い燃費が出せているという面もあるだろう。それからギアはひとつでも多いほうが、基本的にマニアには好ましいし。
かなうことなら、イタリア支部の技術陣も動員して、新型チェロキーで“SRT”をつくって、「GLA45 AMG」や「RS Q3」あたりと真っ向勝負をしてほしいところである。今風のクロスオーバーに完全脱皮した新型チェロキーには、そういう方向性がいちばん似合う。
(文=佐野弘宗/写真=高橋信宏)
テスト車のデータ
ジープ・チェロキー リミテッド
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4630×1860×1700mm
ホイールベース:2700mm
車重:1900kg
駆動方式:4WD
エンジン:3.2リッターV6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:9段AT
最高出力:272ps(200kW)/6500rpm
最大トルク:32.1kgm(315Nm)/4300rpm
タイヤ:(前)225/55R18 98V/(後)225/55R18 98V(ブリヂストン・デューラー H/P SPORT)
燃費:8.9km/リッター(JC08モード)
価格:461万1600円/テスト車=482万7600円
オプション装備:ラグジュアリーパッケージ<プレミアムナッパレザーシート+ベンチレーテッドフロントシート+メモリー機能+コマンドビュー デュアルペインパノラミックサンルーフ>(21万6000円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:4426km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(5)/山岳路(2)
テスト距離:370.8km
使用燃料:53.8リッター
参考燃費:6.9km/リッター(満タン法)/7.9km/リッター(車載燃費計計測値)
![]() |

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。