第77回:フランス車が速すぎるのは……彼のせい!?
『ラストミッション』
2014.06.19
読んでますカー、観てますカー
ケヴィン・コスナーもオヤジになる
ケヴィン・コスナーといえば、いい男の代表だ。『アンタッチャブル』では不退転の決意でマフィアを追い詰める正義の警官を、『ボディガード』では命を狙われる女性歌手を守りぬく元シークレットサービスの男を演じ、世の女性たちをとりこにした。ニヤついた派手なモテ男ではなく、彼はいつだってストイックで自己犠牲をいとわない。男から見ても、魅力的なキャラクターだ。
最近はさらにアブラが抜け、いい感じのオヤジに変わりつつあった。『カンパニー・メン』での大工の棟梁(とうりょう)、『マン・オブ・スティール』での農夫、どちらも年輪を重ねて人生の終章を迎えた男だ。陰影を刻んだ表情が印象に残る。もうアクションものは卒業したとでもいうように、穏やかで物静かな役が連続していた。そこに今回の作品『ラストミッション』である。彼が演じるのはCIAの敏腕エージェントで、核兵器を扱う死の商人を始末するよう指令を受けている。世界を救うため、身の危険を顧みずに戦うのだ。今年で59歳、まだまだ老けこむ年ではない。
とはいえ、若い時と同じように軽々とアクションをこなすのでは、リアリティーがない。イーサン・レナー(コスナー)は、いつもせきをしているし敵を追跡すれば息切れする。ついには、格闘中にめまいに襲われて倒れてしまう。医者に行くと、余命3カ月だと宣告された。末期ガンに冒されていたのだ。
病気よりもっと厄介なのが、16歳の娘ゾーイだ。ミッション遂行中に電話をかけてきて、今日は誕生日だから『ハッピーバースデイトゥーユー』を歌えなどとムチャぶりしてくる。最後の時を一緒に過ごそうと久しぶりに会ってみても、再会を喜ぶでもなくよそよそしいそぶりだ。年頃の娘にとっては、うざいオヤジに違いない。演じるのは、『トゥルー・グリット』で父の復讐(ふくしゅう)に向かう少女マティ・ロス役で評判をとったヘイリー・スタインフェルドである。あのけなげな女の子も、パリで高校生活をエンジョイしていればどうしたってそこそこマテリアルなガールになってしまう。
「RCZ」に乗った謎の女
それでもイーサンは夕食を作ってやるなどと言って機嫌を取ろうとするのだが、そこにヴィヴィと名乗る謎の女(アンバー・ハード)が現れる。やたらに口紅の赤いこの女は彼を「プジョーRCZ」に乗せ、乱暴な運転をしながら殺しを依頼する。引き受ければ延命のクスリを渡すというのだ。家族との時間を少しでも延ばすために、彼は仕事に復帰することに決めた。「Kill or die?」なんて言われたら、そうするしかない。
コスナーはずっとカジュアルな服装で、首には常にスカーフを巻いている。たぶん、これはファッションの意味だけではない。男も女も年は首に表れるから、“くたびれた感”を出さないためには必須のアイテムなのだ。長嶋茂雄や高倉健が決して首筋を見せないのも同じ理由だろう。往年の雄姿を知る者にとっては、ビジュアル化された衰えは残酷である。後半はきりりとネクタイを締めた姿になるので、この問題は解消する。スーツというのは、体形やら年齢やらいろいろなものを隠してくれる便利なファッションなのだ。
昔イケイケだった俳優が年齢と折り合いをつけるのは簡単なことではない。60代後半に入ったアーノルド・シュワルツェネッガーとシルベスター・スタローンはじじいアクションでもう一花咲かせようとしているが、格闘シーンには自虐ギャグが入ったりする。コスナーと同い年のブルース・ウィリスはまだ『ダイ・ハード』シリーズを続けていて、なぜか若い頃より強くなった。
過去の栄光を引きずりすぎると、むしろちょっと哀れな雰囲気が漂ってしまうこともある。ロバート・デ・ニーロやマイケル・ダグラスなど4人の老人が主演した『ラスト・ベガス』などは、かつてのスターを持ち上げることに腐心した結果、ご都合主義なストーリーと記号的な演技のせいでいささか鼻白むものになってしまった。
12気筒と互角に戦う4気筒
ケヴィン・コスナーはカーチェイスシーンで自分が運転すると言い張ったが、結局おとなしくスタントマンにまかせたらしい。ケガでもされると困るので、まわりが必死に説得したのだろう。映画なんだからスクリーンの上で運転しているように見えればいいのであって、妙な意地を張る必要はない。それでも、CGは使わずにパリの街で実際に撮影を行った。
イーサンは「プジョー308」に乗り、敵の「アウディA8」を追いかける。迫力満点の市街地バトルなのだが、ちょっと不思議な点がある。308がやたらに速いのだ。コーナリングはともかく、パワー勝負の直線でもA8にまったく引けをとらない。このA8は先代モデルだが、6リッターのW12エンジンを搭載するハイパワー版だ。ターボモデルでも、1.6リッターの4気筒ではさすがに追いつくのは難しそうだ。エンドクレジットを見たら、謎が解けた。原案と共同脚本を、リュック・ベッソンが担当しているのだ。
『グラン・ブルー』の監督として一躍有名になったベッソンだが、その後はプロデューサーとしての活動のほうが目立っている。アクション映画を多く手がけており、中でも『TAXi』シリーズは大ヒットした。あの映画ではタクシードライバーが「プジョー406」に乗っていて、これが驚くほど速かった。なにしろ、ボタンひとつでフロントとリアから羽が生えて変形してしまうのだ。
この改造406で悪者の乗る「メルセデス・ベンツEクラス」を蹴散らしていく。ほかにもプジョーやルノーが登場していて、フランス車はみんなやたらに速い。ベッソン的世界では、フランス車の性能は常にドイツ車をはるかに上回る。そういえばこの映画の悪役は最初「三菱パジェロ」で現れたが、『TAXi2』の敵が「三菱ランサーエボリューション」だったことと関係しているのかもしれない。
監督はマックGである。『チャーリーズ・エンジェル』や『Black & White/ブラック&ホワイト』を撮った人だ。ド派手な映像と荒唐無稽なストーリー運びに重きを置く作風だったが、この作品ではちょっとした叙情感をのぞかせる場面もあった。彼も45歳、大人になったのである。人は、年相応の振る舞いをするものなのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。