MINIクーパーS(FF/6MT)
BMW流ミニ 2014.06.30 試乗記 より大きく、力強く、かつ効率的に生まれ変わった「MINI」。持ち前のゴーカートフィーリングは健在だが、この新型では“何か”が、旧型とは根本的に違っていた。その何かとは……。高性能仕様「クーパーS」で箱根を目指した。3代目は3ナンバー
明らかな成長ぶりを目にしてうれしく思ういっぽうで、分別を身に着けたことをほんの少し寂しくも感じる。7年ぶりにモデルチェンジした「MINIクーパーS」は、あらゆる点から見て洗練され、より成熟したことは疑いないが、だがその反面、負けず嫌いでちょっとヤンチャな自己主張のようなものが影をひそめたことについて、残念に思う向きも少なくないだろう。新しくなって性能が向上すれば皆が皆大喜び、というわけではないのが、ペットのような愛情の対象ともなる自動車の難しいところ、独特な個性を創り出してきたMINIではなおさらだ。
大人になったんだねえ、と感じさせられるのはまずそのドライビングポジションだ。私にとっては、ステアリングホイールに対して妙に低くしっくり来なかった着座位置が違和感のないものになった点が喜ばしい。新型は普通にアップライトな姿勢を取ってもステアリングホイールやペダルとの位置関係は問題なし。足元の窮屈さも感じない。従来型ではちょっと足の置き場に困ると感じていたのだが。これなら3ペダルのMTモデルを積極的に選びたくなる。ちなみに3代目の「クーパー/クーパーS」にもそれぞれ6ATと6MTの両方の仕様が用意されている。
まったく新しいプラットフォームを得た新型クーパーSのディメンションは、全長3860×全幅1725×全高1430mm、ホイールベースは2495mmである。全長は先代に比べて95mm伸び、全幅は40mm広がった結果、「ミニ」と言いながらも日本ではついに3ナンバー車に成長したことになる。数字としてはほんのわずかな、しかも日本だけのクラス分けではあるが、イメージとしてはひとつステップを上がったことになる。またホイールベースも30mm伸びたおかげで、リアシートはMINIとして初めて大人が座っても何とか過ごせるスペースを手に入れた。もちろん広いとは言えないが、もう無理やり膝の置き場を工夫する必要はない。さらにラゲッジスペースも従来型から50リッター増加して211リッターに広がった。全幅が1.7mを超えたことでもうウチの駐車場には無理、という人なら別だが、端的に言って日常的に普通に使えるBセグメントモデルに生まれ変わったと言えるだろう。
切れ味が鈍った?
こんな実用性アップを目の当たりにしても、なお浮かない顔をする人の気持ちも分からなくもない。何しろMINIは、機能性よりも斬新なデザイン優先、使い勝手よりもユニークでこだわりのディテール重視という立場を明確にしてきた車である。それを良しとして、もっと言えばその独特の“エグみ”や匂いに惹(ひ)かれてファンになった人も多いはず。そんな愛好家から見れば、これまでの信条を捨てて良くも悪くも普通になったと見える点が多いかもしれない。
例えばパワーウィンドウスイッチ。センターパネル下にずらり並んだトグルスイッチのひとつとして設置されていたが、今回からは一般的な車と同じくドアトリムに移された。この方が自然だし使い勝手はいいけれど、そのぐらいのささいな我慢ならいくらでもするのに、というMINIファンも少なくないだろう。さらには特徴的な巨大なセンタースピードメーターがカーナビなどの各種情報を映し出すスクリーンになり、回転計と速度計はドライバー正面に別に設けられた。ビルトイン式ナビを求める人は多かったのだろうけれど、門外漢にはショッキングなほど大きく丸く「何の意味があるの?」とさえ訝(いぶか)られたメーターが一般的なものになったことで、MINIのサブカルチャー的な香りが消えたことは否めない。
とはいえ、どんな物でも世の中に広がって行く際には、より扱いやすいもの、分かりやすいものに変化していくのは宿命とも言える。BMW-MINIもこれで3世代目、2001年のデビューからこれまでに増殖したラインナップを含めるとすでに270万台以上が世界中を走っている。もはや大胆に試行錯誤できるニッチモデルよりもはるかに大きな存在となっている。独特の“MINI臭”を薄め、一般の人にも受け入れられやすくなるのは必然と言えるだろう。この延長線上にあるのがBMWブランド初のFWD(前輪駆動)モデル、「2シリーズ アクティブツアラー」と考えると、非常に理解しやすい。そのためにもより使いやすい、汎用(はんよう)性の高いプラットフォームを作り上げる必要があったのである。ここから先はアバンギャルドなキャラクターを失わずにより一般化するために、どうバランスを取るかという、「ポルシェ911」と似たような課題に取り組むことになる。
BMW流に成熟したハンドリング
MINI独特の癖が薄れ、より一般的になったのはハンドリングや乗り心地などについても同様だ。新型も“ゴーカートフィーリング”を強調しているが、新しいアーキテクチャー(とBMWは称する)によって、従来型とは根本的に異なる性格を与えられている。2代目ではだいぶ角が丸められたが、それでもこれまでのMINIクーパーSは低い車高と、ストロークを抑えたサスペンションのおかげで、ロールせずにギュインと曲がる鋭さが特徴であり、繊細なステアリングレスポンスよりも、とにかくシャープであると感じさせるためのピーキーなハンドリングを備えていた。その鋭さはやや演出過剰というか、立ち上がりのゲインを強調したもので、微妙なコントロール性やリニアな手応えには難点があった。
ところが今度の新型は、ストローク感がしっかりとあり、路面の不整に対しても神経質なそぶりを見せなくなった。もちろん十分にシャープではあるが、ハンドリングは明らかにリニアで自然であり、ブレーキングやスロットルコントロールで荷重移動させ、姿勢変化を利用することもできる。最近では死語になりつつある“タックイン”も明確で、経験豊富なドライバーにとっては、より好ましい性格に変化したと言えるだろう。電子制御のセーフティーデバイスが完備したおかげでもあろうが、このコントローラブルな性格はBMWの流儀である。
192ps(141kW)/5000rpmと28.6kgm(280Nm)/1250-4600rpmを生み出す2リッター4気筒ターボは、ちょっとぜいたくなほどの力強いパワーと、健康的でスムーズな吹け上がりを併せ持っている。156psの3気筒ターボを積むクーパーでも十分なのだから当たり前だが、0-100km/h加速6.8秒を誇るクーパーSはさらに俊敏で、また普通に流している時はせっかくのマニュアルシフトレバーに手を伸ばす必要性を感じないほどトルクが豊かで柔軟性にも富んでいる。軽くポロリと動くレバーを使って飛ばすことも、シフトをさぼってずぼら運転を決め込むこともできる。
新しいモデルがより洗練されているのは当然だ。そこで従来の個性が失われて残念だというような異論が出るのは、それだけMINIの存在感と魅力が大きいということでもある。依然としてMINIはその尖(とが)った“エッジ”を保っているごくごくまれな例だ。個性だ、味だといいながら、それがまったくどこに存在するのか分からない車などいくらでもある。今現在のバランス感覚は見事である、といいながら、ここまでのパワーと充実装備はトゥーマッチと考える私はよりシンプルな「ONE」が気になって仕方がない。
(文=高平高輝/写真=小河原認)
テスト車のデータ
MINIクーパーS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3860×1725×1430mm
ホイールベース:2495mm
車重:1240kg
駆動方式:FF
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:192ps(141kW)/5000rpm
最大トルク:28.6kgm(280Nm)/1250-4600rpm ※オーバーブースト時:30.6kgm(300Nm)/2000-4600rpm
タイヤ:(前)205/45R17 88W/(後)205/45R17 88W(ハンコック・ベンタスS1エボ2)
燃費:15.8km/リッター(JC08モード)
価格:318万円/テスト車=425万4000円
オプション装備:アロイ・ホイール テンタクル・スポーク(9万4000円)/ダイナミック・ダンパー・コントロール(7万7000円)/マルチファンクション・ステアリング(4万5000円)/ランフラット・タイヤ(3万円)/リア・ビュー・カメラ(3万9000円)/コンフォート・アクセス(4万5000円)/ブラック・ボンネット・ストライプ(1万7000円)/インテリア・サーフェス ファイヤーワーク(1万5000円)/MINIドライビング・モード(4万4000円)/MINIエキサイトメント・パッケージ(2万3000円)/ETC車載器システム内蔵自動防眩(ぼうげん)ルーム・ミラー+自動防眩ルーム・エクステリア・ミラー(8万3000円)/LEDヘッドライト(アダプティブ・ヘッドライト)(2万4000円)/ドライビング・アシスト(11万4000円)/シート・ヒーター(4万5000円)/クローム・ライン・インテリア(2万4000円)/カラー・ライン グローイング・レッド(1万5000円)/ヘッド・アップ・ディスプレイ(5万8000円)/レザー・クロス・パンチ(22万3000円)/メタリック・ペイント サンダー・グレー(5万9000円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:6599km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:348.4km
使用燃料:27.0リッター
参考燃費:12.9km/リッター(満タン法)/13.5km/リッター(車載燃費計計測値)
