アストン・マーティン・ヴァンキッシュ ヴォランテ(FR/6AT)
猛々しくも折り目正しく 2014.07.04 試乗記 アストン・マーティンの旗艦モデル「ヴァンキッシュ」に、オープンボディーの「ヴォランテ」が加わった。先進と伝統が同居する英国流フラッグシップスポーツの“グランドツーリング力”を探るべく、ハイウェイそしてワインディングロードで試乗した。手書きの地図で
実に失礼ながら普段は道を覚えない人だったから、その時のことはなおさらよく覚えている。当時『CAR GRAPHIC』の編集長だった小林彰太郎さんのデスクに呼ばれて行くと、何やら地図を描きながら「アストンには行ったことがあるかい?」と言う。無論ペーペーの若手編集部員にそんな経験があるはずもないが、小林さんは私の返事など気にも留めずに「M1に乗って北上して、ミルトン・キインズで降りたら道なりに街に入ると、その右側に工場、突き当たりのラウンダバウトを右に行くと“スワン・リバイブド・ホテル”という宿があるからそこに泊まりなさい」と、まるで自宅への道順を説明するかのように、スラスラとペンを走らせ地図と住所を書いてくださった。“Newport Pagnell, Bucks.”と記されたメモは今もどこかにあるはずだ。バックスとはバッキンガムシャーの省略形であることすらその時は知らなかったのだけれど。
訪ねたニューポート・パグネルの旧本社工場は生きている博物館のようだった。本の中で読んだ通りに、アルミパネルを木型に当ててひとつずつボディーパーツをたたき出しているかと思えば、エンジン工房ではバルブを一本一本天秤(てんびん)でバランス取りをしていたものだ。田園風景の中を発売されたばかりの「ヴィラージュ」で走り回り、薄青いリンシードの花が咲く畑を背景に写真を撮って戻った時には、伝統のV8が朝とはまるで違ったフィーリングで回ることにも驚いた。フォードの資本が導入されてアストン・マーティンの歴史が変わる直前、今から25年あまり前のことである。
そのニューポート・パグネル工場で、2007年までいわばハンドメイドされていたのがアストン・マーティンの旗艦スポーツカーの「ヴァンキッシュ」である。このヴァンキッシュを最後にアストン・マーティンの黄金期を支えた旧工場はその役目を終え、それ以降の生産はゲイドンの新工場に移管され、ニューポート・パグネルはクラシックアストンのレストアやメンテナンスなどを扱う「アストン・マーティン・ワークス」に生まれ変わっている。
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カーボンボディーの新世代「ヴァンキッシュ」
新しいヴァンキッシュは「DBS」に代わるフラッグシップモデルとして2012年に復活したもので、アストン・マーティンが繰り返してきたように以前と同じネーミングを使用するためにちょっと紛らわしいが、新型は第4世代に進化したアルミスペースフレームのいわゆる“VHプラットフォーム”と、フルカーボンファイバー・ボディーパネルを特徴とする新世代ヴァンキッシュであり、そのオープンモデルとしてこれまた伝統の「ヴォランテ」の名前を冠して昨年登場したのが「ヴァンキッシュ ヴォランテ」である。
前後重量配分を最適化するために例によってバルクヘッドにめり込むように搭載された6リッターV12エンジンはさらにパワーアップした最強力版で、573ps(427kW)/6750rpmのピークパワーと63.2kgm(620Nm)/5500rpmの最大トルクを生み出す。トランスミッションはタッチトロニックIIと称する6段ATで、例によってリアデフと一体化されたトランスアクスル方式を採用、これもほぼ50:50の重量バランスに寄与している。
トルコン式ATゆえに、今もシートとサイドシルの間に設けられたフライオフ式のパーキングブレーキを解除してセンターコンソールのボタンでDレンジを選べば、穏やかに滑らかに走りだす。基本的に同じユニットを積む「V12ヴァンテージS」(セミAT)よりは変速もずっと滑らかで、たとえスポーツモードを選んでもダイレクト感よりスムーズさを重視していることがうかがえる。小さく伊達(だて)な電動ソフトトップと伸びやかなスタイルは、どこからどう見てもラグジュアリーなオープンカーであることを主張しているが、同時に各所に“硬派”の匂いを感じさせるのがアストン・マーティンらしいところ。例えばフロントのエアスプリッタ―やトランクリッド裏側、電動で開閉するトノーカバーの裏面などにはカーボンボディーであることを強調するためか、カーボンファイバーの織り目がそのままあらわになっており、ただの伊達車ではない雰囲気を発散している。
新しいけれどどこか懐かしい
ヴァンキッシュ ヴォランテはアストン・マーティンのフラッグシップであり(日本での車両価格は3500万円に迫る)、また一番の最新モデルでありながら、依然としてその優雅なボディーのあちらこちらに伝統的な英国流GTのクラシックさを感じさせる部分がある。前述のフライオフ式手動パーキングブレーキもその一例だ。もうほとんど姿を消した形式であり、ATのセレクターには一般的なレバーの代わりにボタン(とパドル)を採用するぐらい新し物好きでもあるくせに、この手動式ブレーキにはずっとこだわっている。ダイヤルとスマートフォンのようなタッチパネルを組み合わせたセンターパネルなどはいかにも現代風だが、このサイドブレーキのアルミグリップを握る度に、この車の出自がどこかということを思い出させてくれる。メーター類も決して見やすいとは言えない小さなグラフィックを持つクロノグラフのようなアナログメーター(しかも回転計は例によって反時計回り)にこだわっているが、そんなところにどこか懐かしさを感じて落ち着くのだ。
今のところアストン・マーティン最強のV12ユニットもまた、クラシックというかオーセンティックなフィーリングを持っている。叫ぶように吹け上がるイタリア勢とは異なり、もちろんターボ付きのように怒涛(どとう)のフラットトルクで押し流すタイプでもない。水流が集まって太く力強い奔流となるように、回転の上下につれて素直にトルクを積み増して滑らかに淀(よど)みなくパワーが盛り上がる感じ。しかもメカニカルな鼓動が感じられる。自然吸気のV12ユニットは珍しくなったが、硬質なフィーリングと滑らかさを併せ持つ、伝統的なマルチシリンダーの魅力を備えている。無論必要とあらば腕っぷしも強いのがアストン・マーティンの神髄。滑らかであるばかりではなく、MTモードで回せば7000rpmまできっちり吹け上がり、0-100km/h:4.3秒、最高速295km/hという駿足(しゅんそく)を垣間見せる。
GTとしての真価
乗り心地は基本的にスムーズでフラットであり、海岸沿いのプロムナードを流すのにはうってつけと言いたいところだが、実は中途半端なスピードだと時折、路面の不整を拾ってブルッと来ることもある。ただし、ボディーが緩いとかルーズという感じではなく、ダンパーのモードにかかわらず速度が高い方がよりビシッとフラットな乗り心地となる。同じく最初はラグジュアリーなボートのように思えたハンドリングも飛ばすにつれてどんどんスポーティーになる。レスポンスがシャープすぎないというだけで、ステアリングは正確で確かな手応えを持っているから、ちょっと走れば1.9m余りもある幅広いボディーをコーナーのイン側ぎりぎりまで寄せて走る気にもなる。その辺が単に豪華で伊達なオープンカーとは一線を画しているところ、流れるような中高速コーナーこそ、この車の檜(ひのき)舞台である。
日本仕様は2+2の4人乗りではあるが、バックレストが直立しレッグルームもほとんど存在しないリアシートは、現実にはカバン置き場かペット用である。そのいっぽう、ルーフの開閉状態に影響されないラゲッジスペースは案外実用的なサイズを備えているから、2人でのグランドツーリングには何ら問題ない。問題ないどころか、アストン・マーティンはそうやってこそ光り輝くグランドツアラーである。速く、遠くまで快適にという本筋には100年たってもブレはないのである。
(文=高平高輝/写真=小河原認)
テスト車のデータ
アストン・マーティン・ヴァンキッシュ ヴォランテ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4728×1912×1294mm
ホイールベース:2740mm
車重:1844kg
駆動方式:FR
エンジン:6リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:6段AT
最高出力:573ps(421kW)/6750rpm
最大トルク:63.2kgm(620Nm)/5500rpm
タイヤ:(前)255/35ZR20 97Y/(後)305/30ZR20 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:14.4リッター/100km(約6.9km/リッター)(欧州複合モード)
価格:3472万7400円/テスト車=3503万3040円
オプション装備:リバースカメラ(18万4680円)/セキュリティーアラームアップグレード(5万1840円)/スモーカーズパック(6万9120円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:7647km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:286.7km
使用燃料:41.0リッター
参考燃費:7.0km/リッター(満タン法)/6.3km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
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