第81回:F1の歴史からあの泣ける名画まで
夏休みに観たいクルマ映画DVD
2014.08.28
読んでますカー、観てますカー
ファンジオ、クラーク、ヒルの走りがよみがえる
2014年2月に公開された『ラッシュ/プライドと友情』は、ニキ・ラウダとジェームス・ハントの戦いと心の交流を描いた傑作レース映画だった。すでにDVD化されているので、見逃した人はぜひレンタルして観てほしい。あの映画の冒頭で、「毎年25人中2人が死ぬ」という言葉があった。F1が極めて危険なモータースポーツだった頃の話である。
『伝説のレーサーたち―命をかけた戦い―』は、F1の歴史をたどりながら安全性を向上させていった経緯を見せる。最初に映し出されるのは、1996年のオーストラリアGPでマーティン・ブランドルが激しいクラッシュを演じるシーンだ。ほとんどモノコックしか残らないような状態だったが、ブランドルは無傷でマシンから出てくる。「数年前なら命を落としていただろう」と彼は語る。1994年のサンマリノGPでアイルトン・セナが事故死して以来、F1は飛躍的に安全性を高めたのだ。
一転して、映画はシートベルトさえなかった1950年代の映像にさかのぼる。誰もがたたえる英雄は、ファン・マヌエル・ファンジオだ。彼は幾度となく危険な場面に遭遇しているが、運よくレース人生を全うすることができた。クラッシュしたら間違いなく命を落としそうなマシンでぎりぎりの勝負を仕掛ける映像は、スピードこそ今のレースほどではないが迫力満点である。
ダンディーなグラハム・ヒルのかたわらで笑顔を見せているのは、幼いころのデイモン・ヒルだ。彼はコメンテーターとしても顔を出し、ちょっとお年を召した最近の姿を披露してくれる。いい感じのおじいさんになったジャッキー・スチュワートは、最速の男ジム・クラークを語る。ラウダとハントの一件もじっくり描かれる。『ラッシュ』とこの映画、そして名作『グラン・プリ』の3本を観れば、F1好きなら大満足のはずだ。
リムジンに乗って数々の人生を演じる男
『ホーリー・モーターズ』というタイトルだからといって、自動車修理工場の話ではない。監督は『汚れた血』『ポンヌフの恋人』のレオス・カラックスなのだ。長編映画としては、13年ぶりの作品となる。
最初に、監督本人が登場する。隠し扉を開けて進んでいくと、顔のない観客たちが映画を観ている。そこで上映されているのは、オスカーという男の物語だ。彼は豪邸から「リンカーン・タウンカー」のリムジンでどこかへ出掛けていく。これが10メートルもありそうな超ストレッチもので、後席はだだっ広い。そこに化粧品や衣装が満載されていて、彼は自らメークを始めて老婆に変身していく。
物乞いを演じたと思えば、アコーディオン奏者になったり、殺し屋になったりする。モーションキャプチャーでラブシーンを撮影し、昔の恋人と再会する場面もある。オスカーは、リムジンでさまざまな場所をめぐり、指定された役柄を演じているのだ。2007年にオムニバス映画『TOKYO!』で渋谷の街を破壊していたメルドという怪人らしき男にもなる。その映画で主演していたドニ・ラヴァンが、今回のオスカー役だ。
11もの人生を演じ終えたオスカーは、リムジンで家路につく。しかし、着いた家でも、彼は本人ではない。そして、オスカーを移動させる大役を果たしたリムジンも、休息のためにわが家に帰る。そこには、何台ものリムジンが帰ってきて、彼らは会話を交わすのだ。
この要約では何がなんだかわからないだろうが、そういう映画なのだ。意味不明でも、美しい映像に身をまかせていれば、不思議な恍惚(こうこつ)感に浸ることができる。
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弱いロック様も悪くない
この映画にはだまされた。主演はロック様ことドウェイン・ジョンソンである。エンターテインメント系プロレスWWEのスターにして最強の肉体派俳優だ。『ワイルド・スピード MEGA MAX』でのヴィン・ディーゼルとのガチンコファイトは、固い肉と肉がぶつかり合う眼福ものだった。そしてタイトルが『オーバードライヴ』なのだ。予告編でも「俺は家族を傷つけるものは許さない!」「止まらない暴走」とキャッチコピーを連発してあおり立てる。まあウソではないのだが、全然そういう映画ではなかった。
原題が『Snitch(密告者)』で共演がスーザン・サランドンなので、ちょっと変だとは思っていた。バカ映画の匂いがしないのだ。アクションとバイオレンスを期待していたら大間違いで、これは実話に基づく重い課題を扱った映画だった。アメリカでは麻薬犯罪を取り締まるため、密告者が減刑される制度がある。それを悪用し、無実の者に罪を着せて自分が刑を逃れることが可能なのだ。ロック様は、友人に陥れられた息子を救う男ジョンを演じている。
彼は運送会社を経営していて、資金繰りに四苦八苦する普通のおやじだ。それでも息子を窮状から救い出すために、麻薬の売人とコンタクトを取ろうとする。夜の街に愛車「ラム1500」で乗り込んで様子を探るが、チンピラたちに取り囲まれてボコボコにされてしまう。ロック様なのだからどこかで反撃するのかと思ったら、殴られたままだ。フィニッシュホールドのロック・ボトムもピープルズ・エルボーも出さずじまいである。
一応、カーチェイスもちゃんと用意されている。売人とヤクの運搬で契約した彼は、商売道具の大型トラックでブツを運ぶのだ。素性がバレてしまって悪人たちから銃撃を受けるが、そこは長年鍛えた腕前で幅寄せし、追っ手を蹴散らしていく。
アクションが少なめでつまらなかったのかというと、そうではない。とてもいい映画だった。暴力性を封印し、弱さを持つ悩める男が息子への愛をむき出しにして必死に戦う。実に泣ける場面が多いのだ。ドウェイン・ジョンソンは、決して筋肉だけの男ではない。
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クルマでクラスの違いを表す
息子への愛といえば、日本には昨年カンヌで審査員賞を受賞した『そして父になる』があった。実話ではないけれど、病院での赤ちゃんの取り違えという、過去には実際によくあった事件を題材にしている。6歳になった息子が自分たちの子ではないことが判明したことで、物語が動いていく。
野々宮良多(福山雅治)は大手建設会社に勤めるエリート社員で、妻のみどり(尾野真千子)との間に慶多という息子がいる。少し覇気のない性格に良多は日頃不満を持っていたが、事実を知ってそれは血のつながりがなかったからだと考えるようになる。実の親は、群馬県で小さな電気屋を営んでいる斎木雄大(リリー・フランキー)・ゆかり(真木よう子)夫妻だったのだ。まったく正反対と言ってもいいほど、環境が違う。斎木夫婦は気はいいが、良多は粗野な態度や言動に我慢がならない。
両家の社会的なクラスの違いを象徴するのが、乗っているクルマである。野々宮家は「レクサスLS460」で群馬県に赴くが、店先に停まっているのは営業兼用の軽トラなのだ。世界で通用する高級セダンと、日本で独自の進化を遂げてきた小さな実用車である。値段で言えば、10倍もの開きがある。ただ、それがクルマとしての価値をそのまま表すわけではない。軽トラは、日本が誇るべき文化だという人も多い。
野々宮家と斎木家と、どちらの子供でいるのが幸せか。レクサスと軽トラを比べるのと同じくらい難しい問いだ。是枝裕和監督は、画面に映る小道具の選定にも細かく気を使う人である。クルマの選定も、はっきりとした意図で行われたはずだ。そういう配慮が行き届いた映画が、作品としても良い仕上がりになるのは当然のことである。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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