第82回:ポール・ウォーカーが残したデトロイトへの鎮魂歌
『フルスロットル』
2014.09.05
読んでますカー、観てますカー
『ワイルド・スピード』の夏になるはずだった
この夏は、『ドラえもん』や『トランスフォーマー』じゃなくて、本当は『ワイルド・スピード』の7作目で盛り上がっていたはずだった。全米公開が7月11日に予定されていたのである。しかし、昨年11月に主演のポール・ウォーカーが亡くなり、公開は来年に延期となった。彼の弟を代役に立ててなんとか撮影を終えたようだが、新作を観られるのは来年になる。待ちきれないのか、YouTubeには『ワイルド・スピード7』のニセ予告編が多数アップされている。
ありがたいことに、ポールが主演した別の作品が公開されることになった。『フルスロットル』は、生前に撮り終えたものとしては最後の作品となる。彼が演じるダミアンは潜入捜査官で、『ワイルド・スピード』と同じだ。ちょっと陰のあるクールな表情が、この役に似つかわしいと思われているのかもしれない。
舞台は、2018年のデトロイトである。街は荒廃し、財政は破綻している。リアリティーのある近未来だ。最も危険な地域は高さ12メートルの壁で隔離され、ブリックマンションと呼ばれている。中は無法状態で、出入りは警察によって厳重に監視されている。このエリアを支配しているのは、トレメインという闇のボスだ。演じるのは、ラッパーのRZAである。彼はボスのくせになぜかいつも料理をしていて、でかい包丁で野菜を刻んでいる。それが、逆に不気味で怖い。
余談だが、RZAが監督も務めた昨年の公開作『アイアン・フィスト』は男の子の夢がすべて詰まった痛快作だった。美しい娼婦たちはみんな殺し屋で、男たちは鉄製の武器を身にまとって激しい抗争を繰り広げる。中国が舞台なのだが、彼自身が主演で村の鍛冶屋役だ。敵に両腕を切り落とされても、自分で作った義手を装着して無敵となる。ただの鋳物なのに、不思議なことに指が動く。
トレメインに歯向かっているのがリノだ。フランス人のダヴィッド・ベルが演じていて、彼にとってこの役は2度目となる。この作品は2006年のリュック・ベッソン作品『アルティメット』のリメイクで、そこでも彼は同じ役だった。
パルクールを使った神がかり的アクション
トレメインはリノを捕らえようと、刺客を差し向ける。麻薬ビジネスの邪魔をされ、怒りに燃えていたのだ。マシンガンで武装した一団が急襲するが、リノは驚異的な身体能力で撃破していく。ほとんど反撃はせず、ひたすら逃げ続ける。天窓をすり抜けてはしごを駆け上り、塀を飛び越して壁を走る。屋上に上ると跳躍して別のビルに飛び移り、追っ手を置いてけぼりにする。追いすがろうとする者もいるが、野生動物のような動きにはとてもついていけない。
これは、フランスで創始された運動メソッドのパルクールを使ったアクションだ。ベルはパルクールの共同創始者で、動きにキレがあるのは当然だ。彼の神がかった身体能力が、この作品の前提なのである。“ゼロGアクション”というキャッチコピーは、決して誇大ではない。
ダミアンは大物麻薬売人の手下となって潜入し、工場のありかを突き止める。秘密の入り口がコインランドリーで、『ナポレオン・ソロ』並みのレトロなB級感がうれしい。悪党が逃走する「クライスラー300C」に飛び乗り、ハンドルを奪って彼を警察に送り届けるカーアクションが、バカバカしくも爽快だ。
一仕事終えたダミアンだが、市長に呼び出されて新たなミッションを与えられる。トレメインが盗んだ中性子爆弾が10時間後に爆発するというのだ。ブリックマンションに潜入し、爆弾の時限装置を解除するように命じられた。相棒として指名されたのが、リノである。彼はトレメインを捕獲して検問所の警官に引き渡したが、裏でつながっていた彼らによって投獄されていた。
気の合わないダミアンとリノだったが、一時的に共闘してトレメインを倒すことにする。リノは拉致された元彼女ローラ(カタリーナ・ドゥニ)を取り戻すのが目的で、ダミアンは爆弾の奪還を目指す。武器は、おのれの身体である。
悪党はポールのマスタングに追いつけない
ポール・ウォーカーも鍛えてはいるものの、パルクールの技ではさすがに“本職”のダヴィッド・ベルにはかなわない。彼が実力を発揮するのは、もちろんカーチェイスシーンだ。彼はトレメインの愛車「フォード・マスタング」を奪って逃走する。悪党たちは後を追うが、なぜか古いクルマばかり。1970年代の「プリムス・フューリー」や1980年代の「ポンティアック・ファイヤーバード」「シェヴィ・ヴァン」など、どう考えたって追いつけそうにないクルマばかりである。
オリジナルの『アルティメット』では、マスタングの代わりに「スバル・インプレッサ」が使われていた。ベッソン監督お得意のバカッ速いプジョーではない。『ワイルド・スピード』の影響で、チューンされた日本のコンパクトスポーツが脚光を浴びていたから、あやかったのだろうか。
舞台がデトロイトだったことで、映画は何やらレクイエムのような香りを帯びている。
「政府は、ここを守らなかった。今も同じだ」
自動車の聖地をダメにしてしまった連中への断罪の言葉が語られる。怒りと悔恨が、同時に響いている。ダミアンは、栄光のデトロイトを取り戻すために戦ったのだ。
この作品では、ポールのドライブテクニックよりも肉体的な強さが輝きを見せていた。まだ40歳だったのである。マッチョではないが、これだけのアクションをこなす身体能力を持つ。アクション俳優というと筋肉モリモリの暑苦しい男が多いが、彼はどこか優しげで、クールな落ち着きを見せていた。これから年を重ねていけば、きっと別な魅力を開花させてくれたはずである。本当に、惜しい。
映画の最後には、ポールへのメッセージが流れる。
《In Loving Memory of PAUL WALKER》
残念だけれど、日本が大好きで「GT-R」マニアだった彼はもういない。でも、来年には『ワイルド・スピード』で最後の勇姿を見ることができるのだ。ラストランを楽しみに待ちたい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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