ベントレー・フライングスパーV8(4WD/8AT)
ほかにはない世界 2014.10.08 試乗記 ベントレーの4ドアサルーン「フライングスパー」に、より排気量の小さなV8エンジン搭載モデルが登場。その走りや、いかに? 燃費のデータもあわせて報告する。比べてみれば、お買い得?
フライングスパーの“spur”とは、乗馬靴のカカトに付く“拍車”のことである。馬の腹に当てて、馬を走らせるために使う。
1950年代からあったやんごとなきこのモデル名が復活したのは2006年。99年にロールス・ロイスと別れ、フォルクスワーゲングループ傘下になった新生ベントレー初のオリジナル4ドアセダンがフライングスパーである。ベントレーサルーンのフラッグシップは「ミュルザンヌ」だが、2010年に現行型に変わったミュルザンヌはロールス・ロイス基本設計のエンジンを搭載している。
2ドアクーペ「コンチネンタルGT」の車台を元に、ホイールベースを32cmストレッチして、全長5.3mの4ドアボディーを載せたのがフライングスパーだ。試乗した“V8”は2014年モデルからW12の下に加わった1890万円のお買い得モデル(笑)である。
4リッターV8ツインターボ+ZF製8段AT+フルタイム4WDのランニングコンポーネントは、「コンチネンタルGT V8」と同じ。だが、ドアが4枚あるのに、コンチネンタルGTより150万円安く、「フライングスパーW12」よりは450万円お安い。2000万円以下で買える唯一のベントレーである。
試乗車は一見、黒だが、よく見ると、濃い紫。“ダムソン”というボディーカラーはダムソンプラムという果実に由来する。ちなみにこのボディーペイントは、91万6300円のオプション。顔が映るほどに磨き込まれたマドローナのウッドパネルは23万9000円。21インチホイールは、キルティングのエンボスが入った内装レザーや、特別仕上げのATセレクターや給油キャップなどを合わせたセットオプションで、フツーにクルマが買える242万8900円である。
柔らかいのにキレがある
フライングスパーがコンチネンタルGTのセダンだとすると、“一乗”瞭然の違いは乗り心地だ。同じエアサスペンションでも、フライングスパーは初期設定が柔らかい。足の硬さはタッチスクリーンでコンフォートからスポーツまで4段階に変えられるが、スポーツでもカドばった硬さはない。乗り心地は終始、シルキースムーズだ。
スポーツだとステアリングが重くなってしまうので、ほとんどずっと一番柔らかいコンフォートで走った。実際、それが一番このクルマらしい。
一方、ハンドリング性能も侮れない。車重は2560kg(カタログ値)。長財布のような車検証入れを開いて試乗車の前後軸重をチェックすると「前1380kg/後1140kg」とある。ボンネットに「ゴルフGTI」が1台乗っているようなものだが、ワインディングロードで拍車を当てると、身のこなしに鈍重さはない。パドルシフトしながら峠道やサーキットをハイペースで走ることが決してミスマッチに思われないのは、さすがベントレーボーイズのサルーンである。
行きつけの山道には、カーブに向かう長い下りストレートに凶暴な減速用ハンプが作られている。たいていのクルマは容易にフルバンプしてしまうそんな極悪路をフライングスパーはなにごともなかったかのように走り抜けた。長大なホイールベースとフトコロの深いエアサスペンションのおかげだろう。ドイツ資本になって、ベントレーで最も進化したのはシャシー性能である。
データを見ても驚くばかり
直噴4リッターV8ツインターボは507ps。フルパワーを与えれば、0-100km/hを5秒そこそこで加速するが、ふだんはもっぱら真綿でくるんだような印象のエンジンである。
100km/h時のエンジン回転数は、8速トップでわずか1300rpm。ギアを落としてゆくと、3速で4000rpmを超えたところで初めて機械が回っている音がする。
V8モデルの追加はベントレーのCO2削減対策の一環には違いないはずだが、たしかに燃費性能も侮れない。390kmを走って、6.9km/リッターを記録する。ざっとリッター7km。重さ2.5トンのスーパーラグジュアリーセダンとしてはワルくない。なにしろふだんエンジンが回っていることを意識させないのだから、低負荷時にV8をV4運転させる気筒休止システムの動作を実感することはない。
二重ガラスで囲まれた革と木の広い部屋は、ひとことで言えば、アナザーワールドである。こういう“別世界”な雰囲気は、「メルセデス・ベンツSクラス」や「BMW 7シリーズ」のようなビジネス超特急セダンでは味わえない。ベントレーの香りとでも言おうか。自分に価値があり、自分の値段が高いと知ると、人はこういう空間に身を置いて移動したくなるのだろうか。ファブリーズの香りくらいしかわからない人間には想像を絶する。
そんなアナザーワールドを提供しながら、このベントレーサルーンはメルセデスの「S600ロング」より360万円も安い。フライングスパーV8がお買い得であることは間違いなさそうだ。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=田村 弥)
テスト車のデータ
ベントレー・フライングスパーV8
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5315×1985×1490mm
ホイールベース:3065mm
車重:2560kg
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:507ps(373kW)/6000rpm
最大トルク:67.3kgm(660Nm)/1750rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21 103Y/(後)275/35ZR21 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:10.9リッター/100km(約9.2km/リッター。EUドライブサイクル 複合モード)
価格:1890万円/テスト車=2519万2500円
オプション装備:オプションペイント(74万4500円)/シングルファインライン(17万1800円)/3本スポークツートンカラーステアリングホイール(5万9200円)/ソーラー式ガラスサンルーフ(14万2300円)/ステアリングのギアパドルシフト(5万4200円)/ラムウールラグ フロント&リア(10万8500円)/ツインフロントアームレスト(4万4500円)/セカンダリーハイドカラーにマッチしたトランクカーペット(7万3300円)/コントラストステッチ(25万7800円)/トランクカーペットへのコントラストバインディング(1万3200円)/オーバーマットへのコントラストバインディング(2万9400円)/ステアリングホイールへの追加のコントラストステッチ(2万7200円)/バッテリーチャージャー(1万6600円)/電動式リアサイドブラインド(22万1300円)/後席用クライメイトブースター(11万700円)/Naim for Bentleyプレミアムオーディオシステム(101万4600円)/ブライトブートフィニッシャー(4万1600円)/スペースセイバーホイール(9万400円)/Mulliner Specification<21インチ6本ツインスポーク・アロイホイール・ペイント仕上げ、エンボスレザーのヘッドライニング、ローレット加工のギアレバー、ドリルドスポーツフットペダル、ジュエルフューエルキャップとオイルフィラーキャップ、4+1シート>(242万8900円)/Convenience Specification<アダプティブクルーズコントロール、リアビューカメラ、バレットキー、プライバシーハンドセット>(64万2500円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:3081km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:390.0km
使用燃料:56.3リッター
参考燃費:6.9km/リッター(満タン法)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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