ベントレー・フライングスパー スピード(4WD/8AT)【試乗記】
継承すべきお宝 2023.09.04 試乗記 高級車にも電動化の波が押し寄せる今、大排気量サルーンの存在意義とは? 果たして名機W12エンジンを搭載する「ベントレー・フライングスパー スピード」は、電気自動車(BEV)にはない息吹とシーンを選ばぬ走りのよさを味わわせてくれた。最も走りに振った一台
ベントレーが、W型12気筒エンジンの生産を終了すると発表したのは2023年2月。国や地域によって多少の差はあるけれど、2023年12月に受注を終了、2024年4月には完全に生産を終える予定だ。
これは同社の「ビヨンド100」戦略にのっとったもので、「2024年までにすべてのモデルにPHEVをラインナップ」→「2025年から毎年1モデルずつ、5年にわたってBEVを発表」→「2030年には完全BEV化」というロードマップを描いている。
同時に、2030年末にはエンド・トゥ・エンドのカーボンニュートラルを達成し、“サステイナブル・ラグジュアリー・モビリティー・ブランド”の地位を確立することが目標だという。
というわけで、目の前の「Dragon Red II」という、血の色を思わせる深みのある赤に塗られたベントレー・フライングスパー スピードを眺めながら、ベントレーのW12を回すのも今日が最後かもしれない、としみじみとする。いや、もしかしたらベントレーに限らず、12気筒エンジンそのものと今生の別れになるかもしれない。そう思うと、一刻も早く出発したいような、出発前のワクワクをもう少し味わいたいような、複雑な気分になるのだった。
スタートする前に、フライングスパー スピードの「スピード」について理解しておく必要がある。
ベントレーは現在、「デリバティブ戦略」を採っている。デリバティブとは簡単に言うとグレードのことで、それぞれの車種に4種類のグレードが用意されている。
究極のウェルビーイングを提供する「アズール」、印象的なスポーツモデルである「S」、最もパフォーマンスを重視する「スピード」、そしてすべてにおける最高峰を追求する「マリナー」の4つだ。つまりこれからドライブするのは、フライングスパーのなかでも最も走りに振った仕様ということになる。
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高貴なエンジンにBEVを思う
黒を基調に赤い差し色を効果的に使った、イマ風に言えばエモいインテリアにおさまり、「ありがたや、ありがたや」と心の中で手を合わせながらスターターボタンを押すと、W12はシュンと始動した。「ボン!」とか「ファン!」とか、ことさらにW12の存在を主張しないあたりが大人で、ホントに高貴な方だとお見受けする。
Dレンジに入れて、ゆっくりとブレーキペダルをリリースすると、約2.5tのヘビー級の車体がクリープでじんわりと前に出る。タイヤの最初のひと転がりのスムーズさと力強さに感心する。ただ、感心はしたけれど、うっとりしたり心が震えたりしなかったのは、予想外だった。
もっとW12の感動に打ち震えたかったのに、そうはならなかったのは、BEVのせいだろう。あいつらの発進加速はもっと滑らかで、静かで、車種によっては重厚感すら感じさせる。
おそらく、クオーツ式の腕時計が登場したときも、こんな感じだったのではないだろうか。「全然時間が狂わないし、ネジを巻く必要もないし、構造も簡単だし、機械式なんかやめて全部クオーツ!」ということになったと想像する。
BEVも同じで、サービスエリアの急速充電器に先行車がいたらどうしようという心配はあるものの、静かに、滑らかに、力強く加速させたいというエンジン開発者たちの夢を、ほぼ完璧にかなえてしまった。
洗練のなかに“生き物”を感じる
タウンスピードではパワートレインは完全に黒子に徹していて、黙々と仕事をしている。エンジンは低回転域から十分以上のトルクを発生するから、がんばってアクセル操作をする必要はない。ZF社製のデュアルクラッチトランスミッションも、意地悪く観察しなければ変速したことに気づかないほどシームレスにギアを変える。
で、思ったことはなにかといえば、内燃機関は進化すればするほどBEVに近づく、ということだった。ゆったりと走るためには排気量をデカくして、でも1気筒あたりの容量が大きくなりすぎると回転フィールがラフになるからシリンダーの数を増やして、12気筒になった。こうして滑らかになればなるほどBEVのモーターのフィーリングに近づくというのは皮肉な話だ。
ではW12の存在意義がどこにあるのかというと、ありきたりの表現だけれど、味わいだろう。
市街地では穏やかな原動機だったW12は、高速道路のETCゲートや合流などで一瞬の隙を見つけて踏み込むと、重低音とコーンという乾いた音が絶妙にブレンドされて、鼓膜を震わす。鼓膜が震えると、心が震える。W12が織りなす複雑なハーモニーはまるで音楽で、アクセルペダルでそれをコントロールするのは楽器を演奏するのに似ている。
回転を上げるとわずかに感じるようになる振動をイヤだと感じない理由は、職人が1基あたり6.5時間をかけて組み立てるエンジンの精密さによるところが大きいとお見受けする。ふぞろいではなく整った振動なのだ。洗練された振動、と書くと現代アートの作品名みたいだけれど、このW12の振動は心地よいのだ。エンジンの振動に共感するのは、がんばって走ると心臓がドキドキするのは動物にとって自然なことだ、という理由もありそうな気がする。
アクセルペダルを踏み込んでから、ほんの少し間があってから加速するあたりにも味がある。燃料を噴射して、爆発させて、ピストンを動かして、上下運動を回転運動に変えて、というプロセスを経る必要があるから、BEVのように電流が流れた瞬間に電光石火のレスポンスを発揮するわけにはいかない。
でもアクセルペダルを踏んでから加速をするまでの、一瞬のタメが心地よいと感じる。それは昭和のクルマ好きがエンジンに慣れているだけかもしれないけれど、エンジンはモーターより少しだけ生き物に近い感じがする。がんがん回すと熱くなるのは程度の差こそあれモーターも同じですが、血の代わりにオイルが流れ、体液の代わりに冷却水があって、鼓動がある。
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驚くほどの切れ味
エンジンに目を奪われがちではあるけれど、4輪駆動のトルク配分を含めたシャシー性能にも感銘を受けた。特に、ボディーサイズが気にならない場所では、という条件付きではあるものの、ワインディングロードでのターンインの身軽さには舌を巻いた。
「コンフォートモード」と「ベントレーモード」では、最大で480N・mのトルクをフロントに配分し、安定性を確保する。いっぽう、「スポーツモード」に切り替えると、フロントへのトルクの上限を280N・mに設定し、より曲がりやすいセッティングになる。さらに、4輪へ効果的にブレーキをかけてアンダーステアを減らすシステムや後輪操舵が効果的に作動して、巨体がクイッと向きを変える。
市街地では穏やかな乗り心地、高速道路ではドシッと安定した走り、そしてワインディングロードではシャープなターンインと、それぞれのシチュエーションにぴったり合わせるあたりに、この値札の意味がある。
1998年にフォルクスワーゲン グループ傘下となり、2003年に登場した「コンチネンタルGT」で、この6リッターW12気筒エンジンはお披露目された。Wの配置は一般的なV型に比べて全長を24%短くできるとのことで、パッケージングに有利なことから重用され、20年間で約10万5000基が生産されたという。
冒頭に記したように、この12気筒エンジンとも間もなくお別れ。国宝級とまでは言わないけれど、このエンジンを積むモデルは内燃機関車の最高峰として、オーナーになった方々の手で後世まで大切に動態保存されるはずだ。
(文=サトータケシ/写真=佐藤靖彦/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
ベントレー・フライングスパー スピード
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5325×1990×1490mm
ホイールベース:3195mm
車重:2530kg
駆動方式:4WD
エンジン:6リッターW12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:635PS(467kW)/6000rpm
最大トルク:900N・m(91.8kgf・m)/1500-4500rpm
タイヤ:(前)275/35ZR22 104Y/(後)315/30ZR22 107Y(ピレリPゼロ)
燃費:15.0リッター/100km(約6.7km/リッター、WLTPモード)
価格:3286万8000円/テスト車=3807万0800円
オプション装備:ツーリングスペシフィケーション(122万9100円)/フライングスパー ブラックラインスペシフィケーション(68万7500円)/ムードライティングスペシフィケーション(36万8690円)/オプションペイント<ソリッド&メタリック>(106万5400円)/22インチ スピードホイール<ブラックペイント>(18万2400円)/パノラミックガラスチルト&スライドサンルーフ<ツインブラインド&バニティーミラー付き>(48万3830円)/シングルフィニッシュ<ハイグロスカーボン>(57万4860円)/コントラストステッチ(37万3660円)/コントラストギアレバー&ステアリングスポーク by マリナー(15万0670円)/ディープパイルオーバーマット<フロント&リア>(8万7090円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:448km
走行状態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(7)/山岳路(0)
テスト距離:169.7km
使用燃料:29.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.9km/リッター(満タン法)/5.6km/リッター(車載燃費計計測値)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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