ベントレー・フライングスパー スピード ファーストエディション(4WD/8AT)
すべてがジェントル 2025.05.07 試乗記 システム全体で782PSの最高出力と1000N・mの最大トルクを発生するプラグインハイブリッドシステムを採用した新型「ベントレー・フライングスパー」が上陸。電動化によって英国伝統の高級サルーンの走りはどう進化したのか。初試乗の印象を報告する。走りやすいから距離が延びる
翌日の早朝からの撮影に備えて、新しいベントレー・フライングスパーを預かる。車両本体価格だけで3300万円オーバー、「ファーストエディション」のオプションまで含めると片手で足りるかという高額車両だからセキュリティーには気を使うけれど、同価格帯のスーパースポーツを引き取るよりは、はるかにリラックスして運転することができる。
理由のひとつは、視界が開けていて死角もほとんどないこと。「いいクルマだなぁ」とのんきにステアリングホイールを握ることができる。駐車や狭い道でのすれ違いでは、ドアミラーを含めると2220mmに達する全幅を意識せざるを得ないけれど、段差でリップスポイラーを擦る心配もなければ、駐車するときに車輪止めにリアのディフューザーがかするおそれもない。
なにより、「どないだー!」とか「ルック・アット・ミー!」と強くアピールしない、控えめなたたずまいが、一夜限りのオーナーにはありがたい。
以前に、ベントレーの首脳陣からこんな話を聞いたことがある。「同じような価格帯のライバルと比べた場合、明らかに異なるのが走行距離です。ベントレーのオーナーは、オドメーターの数字が増える傾向にあります」
確かに、新型フライングスパーも余計なことに気を使わず、気楽に連れ出すことができるクルマだ。最大トルク1000N・mのモデルに「実用的」という表現を使うのは適切ではないかもしれない。けれども、実際に普段の生活圏でフライングスパーを走らせると、その乗りやすさを体感することができる。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
外界の雑事から隔絶された気分
取材・撮影に向かう朝、まだ半分眠っている住宅街をフライングスパーは無音で走りだした。先に日本へ導入されている新型「コンチネンタルGT」と同様に、フライングスパーもベントレーが「ウルトラパフォーマンスハイブリッド」と呼ぶプラグインハイブリッドシステムを搭載しており、EV走行が可能なのだ。バッテリーに余裕がある状態では積極的にEV走行を行うセッティングになっており、システムを起動するとデフォルトでEV走行が始まる。
しゃれたインテリアの車内は圧倒的な静けさに包まれ、浮遊感のある乗り心地と合わせて、外界の雑事から隔絶されているような気分になる。
駆動用の電動モーターは190PSの最高出力と450N・mの最大トルクを誇り、450N・mの最大トルクといえば4リッターのガソリンエンジン並みだから、EV走行の発進加速は力強い。EV走行は距離だと76kmまで、速度だと140km/hまでをカバーする。近場を移動するような使い方だと、4リッターのV8ツインターボエンジンは開店休業状態になる計算だ。
ここで、タッチスクリーンに「Eモード」を呼び出し、プラグインハイブリッドのシステムをどのように運用するかを4つのモードから選ぶ。前述したようにデフォルトだとEV走行を最大限に活用する「EVドライブ」モードで、これを「ハイブリッド」モードにするとトータルの走行可能距離を最大化する効率的なものになる。「ホールド」モードはエンジンとモーターをバランスよく使いながら充電を行い、「充電」モードにするとエンジンがフル稼働してバッテリーに電力を蓄える。撮影現場に到着したらEV走行でスタッフをうならせようと思い、ここでは充電モードを選ぶ。
余談ではあるけれど、タッチスクリーンにインターフェイスを集約するスタイルを見慣れた昨今、メカニカルなスイッチやダイヤルが多数残るインテリアが新鮮だ。パッと見、オールドワールドだと感じるけれど、実際にドライブすると空調やオーディオのボリュームなど、頻繁に操作するものは機械的なダイヤルが残っているほうが使いやすいことがわかる。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
さらにしっとりとした乗り心地
フライングスパーにはEモードのほかに、標準の「B」モード、「コンフォート」モード、「スポーツ」モード、そして各自で設定する「カスタム」という4つのドライブモードが存在する。
デフォルトではBモードにセットされるけれど、ここでコンフォートモードに切り替えると、極上だった乗り心地が極楽に変わった。冒頭で記した浮遊感のある乗り心地がさらに強調され、タイヤと地面の間に隙間があるような錯覚を覚える。
伸び側と縮み側の減衰力を個別に調整できるようになったツインバルブダンパーとエアサスペンションの組み合わせによって、先代でも文句のつけようがなかった乗り心地がさらにしっとりとして、快適になっている。
コンフォートモードでも、日本の高速道路の速度レンジなら、上下動が収まらずにふわふわするということはない。ただしスポーツモードを選ぶと、ステアリングホイールの手応えが増し、操舵したときの動きもソリッドになる。クルマ全体がぜい肉を削(そ)ぎ落として1割ぐらい引き締まったように感じられ、これはこれで心地よい。コンフォートとスポーツを切り替えて、その違いを楽しみながら距離を重ねる。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
刺激が足りない?
一般道はもちろんのこと、高速道路でも普通にクルーズしている限りは、最高出力600PSのV8ツインターボエンジンの存在感は薄い。ハイブリッドモードだと折に触れてエンジンが始動して後押しをしてくれるけれど、気づいたらエンジンがかかっていた、というくらいシームレスなのだ。また、一定の回転数だと滑らかで、回転フィールや音で存在をアピールするようなことはない。
ワインディングロードでスポーツモードにしてアクセルペダルを踏み込むと周囲の景色がコマ送りになるような加速を披露するけれど、ヤバいと感じるような不穏な加速感ではない。4本の足が豊かにストロークすることで路面をしっかりとつかみ、4駆システムが4輪それぞれに適切にトルクを配分することでオン・ザ・レールのコーナリング感覚を伝える。パワートレインだけでなく、そうしたすべてが一体となって、とてつもなく速いけれど、ジェントルなドライブフィールを伝える。
こう書くと、刺激が足りないんじゃないか、ワクワクしないんじゃないか、と思われるかもしれない。けれどもドライブしていて感じるのは、豊かな時間を過ごしているという実感だ。酸いも甘いもかみ分けて、「どないだー!」とアピールする必要もないジェントルマンが自分だけの楽しみを得るためにドライブするのがこのクルマだ。
2024年、ベントレーは105年の歴史で4番目に高い利益を確保したという。原動力となったのは、マリナーのオーダーメイドシステムで、ベントレーを発注する方の70%がこのシステムを利用するという。自分だけの一台を仕立てて、誰に見せびらかすわけでもなく、自分だけの時間を過ごす。そんな楽しみ方をするクルマなのだ。
(文=サトータケシ/写真=佐藤靖彦/編集=櫻井健一/車両協力=ベントレーモーターズジャパン)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
ベントレー・フライングスパー スピード ファーストエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5316×1988×1474mm
ホイールベース:3194mm
車重:2646kg
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:8段AT
エンジン最高出力:600PS(441kW)/6000rpm
エンジン最大トルク:800N・m(81.6kgf・m)/2000-4500rpm
モーター最高出力:190PS(140kW)
モーター最大トルク:450N・m(45.9kgf・m)
システム最高出力:782PS(575kW)
システム最大トルク:1000N・m(102.0kgf・m)
タイヤ:(前)275/35ZR22 104Y XL/(後)315/30ZR22 107Y XL(ピレリPゼロELECT)
ハイブリッド燃料消費率:--km/リッター
充電電力使用時走行距離:76km(WLTPモード)
交流電力量消費率:--Wh/km
価格:3379万2000円/テスト車=4385万7820円
オプション装備:コントラストギアレバー&ステアリングスポークbyマリナー(16万0730円)/ファーストエディションスペシフィケーション(575万3980円)/イルミネーテッド フライングBラジエーターマスコット<ブライトポリッシュドステンレススチール>(66万2300円)/ヒーテッドシングルトーン3スポークインデンテッドハイドトリム ステアリングホイール(3万8900円)/エクステンデッドレンジ<ソリッド&メタリック>(117万1980円)/コントラストステッチ(38万1130円)/22インチスピードホイール<ダークティント>(27万0880円)/マリナー カラースペシフィケーション(45万1450円)/ブライトクロームダイヤモンドナーリング(43万3900円)/レザースペシフィケーション(39万6520円)/セルフレベリングホイールバッジbyマリナー(9万6600円)/スタンダードブレーキ<ブラックペインテッドキャリパー>(24万7450円)
テスト車の年式:2025年型
テスト開始時の走行距離:1231km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:252.6km
使用燃料:24.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:10.5km/リッター(満タン法)/11.5km/リッター(車載燃費計計測値)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
-
ホンダN-ONE e:G(FWD)【試乗記】 2025.12.17 「ホンダN-ONE e:」の一充電走行距離(WLTCモード)は295kmとされている。額面どおりに走れないのは当然ながら、電気自動車にとっては過酷な時期である真冬のロングドライブではどれくらいが目安になるのだろうか。「e:G」グレードの仕上がりとともにリポートする。
-
スバル・クロストレック ツーリング ウィルダネスエディション(4WD/CVT)【試乗記】 2025.12.16 これは、“本気仕様”の日本導入を前にした、観測気球なのか? スバルが数量限定・期間限定で販売した「クロストレック ウィルダネスエディション」に試乗。その強烈なアピアランスと、存外にスマートな走りをリポートする。
-
日産ルークス ハイウェイスターGターボ プロパイロットエディション/ルークスX【試乗記】 2025.12.15 フルモデルチェンジで4代目に進化した日産の軽自動車「ルークス」に試乗。「かどまる四角」をモチーフとしたエクステリアデザインや、リビングルームのような心地よさをうたうインテリアの仕上がり、そして姉妹車「三菱デリカミニ」との違いを確かめた。
-
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)【試乗記】 2025.12.13 「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。
-
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】 2025.12.12 「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。
-
NEW
フォルクスワーゲンTロックTDI 4MOTION Rライン ブラックスタイル(4WD/7AT)【試乗記】
2025.12.20試乗記冬の九州・宮崎で、アップデートされた最新世代のディーゼルターボエンジン「2.0 TDI」を積む「フォルクスワーゲンTロック」に試乗。混雑する市街地やアップダウンの激しい海沿いのワインディングロード、そして高速道路まで、南国の地を巡った走りの印象と燃費を報告する。 -
NEW
失敗できない新型「CX-5」 勝手な心配を全部聞き尽くす!(後編)
2025.12.20小沢コージの勢いまかせ!! リターンズ小沢コージによる新型「マツダCX-5」の開発主査へのインタビュー(後編)。賛否両論のタッチ操作主体のインストゥルメントパネルや気になる価格、「CX-60」との微妙な関係について鋭く切り込みました。 -
NEW
フェラーリ・アマルフィ(FR/8AT)【海外試乗記】
2025.12.19試乗記フェラーリが「グランドツアラーを進化させたスポーツカー」とアピールする、新型FRモデル「アマルフィ」。見た目は先代にあたる「ローマ」とよく似ているが、肝心の中身はどうか? ポルトガルでの初乗りの印象を報告する。 -
NEW
谷口信輝の新車試乗――ポルシェ911カレラT編
2025.12.19webCG Movies「ピュアなドライビングプレジャーが味わえる」とうたわれる「ポルシェ911カレラT」。ワインディングロードで試乗したレーシングドライバー谷口信輝さんは、その走りに何を感じたのか? 動画でリポートします。 -
ディーゼルは本当になくすんですか? 「CX-60」とかぶりませんか? 新型「CX-5」にまつわる疑問を全部聞く!(前編)
2025.12.19小沢コージの勢いまかせ!! リターンズ「CX-60」に後を任せてフェードアウトが既定路線だったのかは分からないが、ともかく「マツダCX-5」の新型が登場した。ディーゼルなしで大丈夫? CX-60とかぶらない? などの疑問を、小沢コージが開発スタッフにズケズケとぶつけてきました。 -
EUが2035年のエンジン車禁止を撤回 聞こえてくる「これまでの苦労はいったい何?」
2025.12.19デイリーコラム欧州連合(EU)欧州委員会が、2035年からのEU域内におけるエンジン車の原則販売禁止計画を撤回。EUの完全BEVシフト崩壊の背景には、何があったのか。欧州自動車メーカーの動きや市場の反応を交えて、イタリアから大矢アキオが報告する。
















































