トヨタ・ミライ プロトタイプ(FF)
未来のはじまり 2014.11.19 試乗記 トヨタから、燃料電池自動車(FCV)の「ミライ」がいよいよ登場。モビリティーの未来を担う次世代エコカーの、走りとパッケージングをチェックした。将来を担うエネルギー戦略のカギ
水素エネルギーの積極活用は、現政権の掲げる「日本再興戦略」において「戦略市場創造プラン」に組み込まれている。その名が示す通り、最終的には経済活動における国際優位性の確立が目標となっているわけだ。
なあんだ、環境より金か……。とお思いの方もいるかもしれない。
が、「3.11」以降、少なくともわれわれの意識において、エネルギーのパラダイムは完全に変わった。まず自国のエネルギーミックスをどのようにシフトするか。それによって生まれるものと失うものはなにか。もしくは、失うものを補って余りあるほどのものを生み出せるのか。
……と、考えれば考えるほど、エネルギーはきれい事ではいかないことがわかる。
その中で、理論は確立していながらほとんど手付かずの状態にあり、可能性を秘めたままになっているものの筆頭が水素なのだ。もちろん、実用化へのハードルは高い。この国の発電の現状を鑑みれば、国内での水の電気分解による生成は元も子もない話だし、製鉄所で発生する水素は燃料電池車の充塡(じゅうてん)分にして300万台規模ともいわれるが、運搬や貯留にまつわる技術はまだ手探りの状態だ。大気に開放すると一気に霧散するとはいえ、漏れやすい割に強い爆発力を持つ性質であることに間違いはなく、安定管理には多くの技術的課題も山積する。
が、原発事故の後始末という重すぎる命題を後世に残した日本にとって、それは十分に挑戦しがいのある技術といえるだろう。安全で確実な水素供給システムの確立は、経済活動を伴う環境貢献のソリューションとしても価値あるものだ。そんな中、登場する世界初の量産FCVの名が「MIRAI(ミライ)」とは、ちょっと出来過ぎた皮肉にもみえる。
パッケージングに見る苦心の跡
ミライの全長は4890mm、全幅は1815mm。これをトヨタのモデルレンジにあてはめれば、おおむね「クラウン」と「クラウンマジェスタ」の間くらいということになる。対して全高が1535mmと、セダンとしては異例に高いのは床下に燃料電池スタックを置く関係で室内床がかさ上げされる格好になるからだ。さらに大小2本の水素タンクを後席下とリアアクスル付近に置くことで若干いびつとなったプロポーションを、ブラックアウトしたグリーンハウスや複雑なプレスラインを駆使して、デザインの側でなんとか薄く伸びやかに見せようとしている。その良しあしは見る者の嗜好(しこう)に委ねられるが、一目瞭然でそれとわかる異質さという商品戦略上の重要なテーマはある程度達成していると思う。ちなみに前面投影面積の大きさに加えて、熱管理の難しいスタック冷却用の風穴が大きく採られていることもあり、そのCd値は(正確な数値は公表されていないが)0.28付近とのこと。空力性能的には難しいクルマだったという。
2780mmのホイールベースは「カムリ」辺りとおおむね同じだが、若干アップライトな着座姿勢もあって、実質的な後席空間はそれと同等以上のものが確保されているようにうかがえた。ただし、ルーフからリアウィンドウ側への傾斜が長いこともあり、後席の室内高は全高から想像するほどには稼げてはいない。ともあれ、標準的な大人4人がゆったりと座るには何の不自由もないレベルではある。ちなみに内装の全体的な質感はカムリ以上、クラウン未満といったところだろうか。スタックを下に敷く関係で座面を薄くせざるを得なかっただろうシートは、短時間の試乗では座り心地に安っぽい印象は抱かなかった。ちなみに、ドライビングに関するインターフェイスはトヨタのハイブリッド車のそれを踏襲しているから、大きく戸惑うことはないだろう。
長年のノウハウが生きている
インパネのセンターに配されたカラー液晶のメーターパネルは、多くの情報を整理しながら表示するのに適しているが、デザインをより攻めるならセンターコンソールの2DINに収まる液晶パネルも前方にインテグレートすることを検討してもよかったかもしれない。一方で、ナビ等の操作性は多くの人が手慣れたタッチパネルのそれであるからして、この辺りはレクサスとは違って、扱いやすさを優先したトヨタ流が貫かれたのだろう。
前輪側に積まれた154psを発生するモーターは、1.8tを超える車体を飄々(ひょうひょう)と、とまではいわずとも、過不足なく走らせるには十分なものだ。34.2kgm(335Nm)のトルクはもちろんゼロ発進時から生み出されるが、アクセルペダル開度とトルクデリバリーとの関係は努めて優しくなめされている。同様にブレーキも回生から油圧へのつながりに違和感はほとんど抱かせない。この辺りのチューニングはモーターの扱いに手慣れたトヨタらしいきめ細かさだ。
走り始めてしまえばEV……とはいえ、車内にはインバーターノイズとはちょっと違う、若干濁りのある高音がかすかに響く。ミライは燃料電池の課題の一つであるメンブレン(電池スタックに用いられる電解質膜)の湿度保持のため、発電の際に発せられる水をセルの内部で循環させる方式を採用している。これによって加湿器を持たないシンプルな構造を実現している。その作動音も混じってのかすかなノイズが、出力密度(FCスタックの最高出力を、スタックの体積で割った値)3.1kW/リッターという強力な発電の証しとは、にわかに信じがたい。
ちなみにミライはこの能力をCHAdeMOコネクターから給電器を介して車外へとアウトプットさせる機能も備えており、停電時には非常電源として稼働させることも可能となる。一般家庭であれば1週間分もの電力を賄えるとあらば、災害用のバックアップとしての能力もハイブリッド車の比ではない。公共機関での購買でも強力なセリングポイントとなるだろう。
FFセダンとして自然な走りを実現
リース対応の半試作という色合いの強かった従来のFCVが、パッケージの関係から上下にゆとりのあるSUVの車台を用いていたのに対して、ミライはスタックの出力密度を2倍強まで高めたことでユニット体積を大幅にコンパクト化、水素タンクも70MPaという高圧に対応することで省スペース化を計った。これにより実現した乗用車的なパッケージでは、当然重心高もサスペンションの構成も、オンロードカーとしてより適正なものとなっている。
約60:40という前後重量配分も作用してか、ミライの動的な印象はFF車として相当素直で安心感の高いものとなっていた。低転がり抵抗タイヤを装着しながらもアンダーステアは軽微で、コーナリングマナーは望外にナチュラルだ。「SAI」系のプラットフォームをたたき台に一から起こされた骨格は、特に水素タンクを抱え込むリア側に苦肉の策ともいえるサスペンションの取り回しと補強が加えられているが、後軸側の動きにも不安要素は見受けられない。
ただしVSCの介入は相当早めに設定されており、その介入感もかなり無粋ではある。この手のクルマでそこまで走りこむ使われ方はほぼ考えられないとはいえ、せっかく動的質感が上質にまとめられていることを鑑みれば、もう少しリニアなチューニングを望んでも的外れではないだろう。
内製にこだわったがゆえに
エンジニアに話を聞けば聞くほど、その開発過程は手探りで難航を極めたことが伝わってくる。それはそうだ。冷静に考えれば水素を用いた自家発電で650kmもの距離を走る自家用車が手の届きそうな価格に収められることになるとは、少し前までは考えられないことだった。しかもトヨタはミライの主要コンポーネンツをいずれも内製でまかなっている。現在、水素燃料電池の生産性確保とコストダウンにおける最大の障害は水素タンクになりつつあるが、ミライに搭載されるカーボン巻きのそれは豊田自動織機の手を借りず、編み込みからすべてトヨタ本体の工場内で作られているというから驚きだ。メガサプライヤーに相対するほどの技術の網羅とその生産性確保。アナリスト辺りには旧態然で内向的と映るかもしれないトヨタグループだからこそ、ミライはこの時点、この価格での発売にこぎ着けることができたのだろう。
そんな話が以前にもあったなぁ……と思い出したのは、初代「プリウス」だ。暗中模索の状態から徐々にカタチへとたどり着く開発過程を、やはりベテランのエンジニアたちは、あの時に似ていると思っていたという。図らずも、初代プリウスは1997年、京都でCOP3(第3回気候変動枠組条約締約国会議)が開かれたその年にデビューを飾った。いわく「21世紀に間に合いました」と。ミライが背負う水素の未来は、願わくはバラ色であってほしい。
(文=渡辺敏史/写真=トヨタ自動車)
テスト車のデータ
トヨタ・ミライ プロトタイプ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4890×1815×1535mm
ホイールベース:2780mm
車重:1850kg
駆動方式:FF
モーター:交流同期モーター
最高出力:154ps(113kW)
最大トルク:34.2kgm(335Nm)
タイヤ:(前)215/55R17 94W/(後)215/55R17 94W(ブリヂストン・エコピアEP133)
価格:723万6000円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:--
テスト形態:サーキットインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。