第88回:インド映画はカーアクションもきっと、うまくいく
『チェイス!』
2014.12.04
読んでますカー、観てますカー
1年かけてムキムキの肉体に
ランチョーが帰ってきた! 昨年公開された『きっと、うまくいく』の主人公、のことである。明快な勧善懲悪を描きながら映画本来の楽しさを持っていて、もちろん歌や踊りは満載というすてきなインド映画だった。ランチョーは成績優秀だが教授陣に反旗を翻す痛快な学生で、演じたのはアーミル・カーン。インドを代表する超人気俳優である。
シャー・ルク・カーンとサルマン・カーンとともに、“キング・カーンズ”と呼ばれる国民的カリスマなのだそうだ。『TIME』誌が選ぶ“世界に最も影響力のある100人”に入ったというから、インドでは俳優という枠を超えた存在なのだろう。『きっと、うまくいく』では撮影時に44歳だったが、大学生を演じてまったく不自然ではなかった。今回も、役作りには念が入っている。
昼はサーカスのスター、夜は銀行からお宝を盗む大泥棒というのが、この作品での役回りだ。注目すべきは、鍛えあげられた肉体である。『きっと、うまくいく』ではどちらかというと線の細い真面目な学生だったが、別人かと思うほどムキムキである。出演する条件として、準備期間に1年欲しいと言ったそうだ。その期間を肉体改造に費やしたわけで、ロバート・デ・ニーロのようなカメレオン俳優なのである。
もうすぐ50歳になるが、相当激しいトレーニングを積んだのだろう。腹筋が割れているのはもちろん、肩から首にかけての筋肉の盛り上がりもスゴい。やたらに上半身ハダカになるシーンが出てくるが、こんなマッチョな体を作り上げたのだから見せたくもなるだろう。
トランスフォームするオートバイ
彼が演じるのは、シカゴで「大インドサーカス」を率いるサーヒルだ。マジックと曲芸を取り入れたミュージカルショーで、大人気となっている。インド映画につきものの歌と踊りは、舞台の上でふんだんに繰り広げられるのだ。愛を語り合う場面で唐突に群舞が始まるマサラムービー特有の展開ではなくて、ごく自然にダンスが組み込まれている。
監督も主要な俳優もみなインド人だが、インド国内のシーンは一切ない。すべてシカゴで撮影が行われた。ダンスもアメリカ的な演出がなされていて、タップやヒップホップなどの要素も取り入れられている。とはいっても、どことなくインド風味が顔をのぞかせるのは、体に染み付いたリズムのなせる業だろう。
サーヒルが狙うのは、シカゴウエスタン銀行だけだ。彼の父親は25年前にこの銀行から融資を断られたせいで自殺に追い込まれており、その恨みを晴らすことが彼の生きる目的となった。ドラマ『半沢直樹』のような展開だが、サーヒルは自らも銀行員になって内側から復讐(ふくしゅう)するなんて手のこんだことはしない。たくさん金を盗んで銀行を倒産させるというシンプルな戦略である。
盗みの方法も単純明快である。金庫を破って銀行のビルからドル札をばらまき、自分の分をリュックに入れてオートバイで逃走するのだ。彼の愛車は「BMW K1300R」だ。マットブラックに塗られたマシンは高度にチューンされているようで、目覚ましい加速と俊敏なコーナリングで追跡するパトカーを翻弄(ほんろう)する。何十台ものクルマが一斉に追いかけてくるので窮地に陥る場面もあるが、心配はいらない。トランスフォーム機能を持っているのだ。
あまりにも独創的な四輪車が登場
警察がパトカーを並べてバリケードを作ると、ボタンひとつでハンドルを自動的に格納し、狭い隙間をすり抜ける。追い詰められて川の中に落ちてしまったら、ボートに変形して水上を疾走する。マンガ的すぎるなどと、無粋なことを言ってはいけない。ボンドカーだって同じようなものだったではないか。
犯行後は金庫の中にヒンディー語で「銀行家はくたばれ!」と落書きを残していくから、犯人がインド系であることは誰でもわかる。かくしてシカゴ警察はインドナンバーワンの敏腕刑事を呼び寄せ、捜査への協力を要請するのだ。
原題は『Dhoom:3』で、『Dhoom』シリーズの第3作なのだそうだ。ストーリーがつながっているわけではなく、オートバイのアクションが取り入れられていることが共通点になっているようだ。このシリーズのヒットによって、インドで大排気量のオートバイが人気になったという。
ここまで、オートバイは出てくるものの、肝心の自動車が登場していない。カーチェイスシーンには当然たくさんのクルマが映っているが、あまり重要な役割を持たされているものがないのだ。悪役の銀行家が乗ってくるのが「キャデラック・フリートウッド」だったり、刑事が張り込みに使うのが「MGミジェット」だったりするが、特に活躍はしない。パトカーが派手にクラッシュするシーンもあるけれど、何の変哲もない「フォード・クラウン ヴィクトリア」である。
クルマ映画の連載なのに、二輪車ばかりでは困った……。いや、実は大事なところでちゃんと四輪車が登場する。どんなクルマなのかは、ここでお伝えすることはできない。それがわかると、この映画の一番重要な秘密がバレてしまうのだ。あまりにも独創的であり、市販はされていないモデルであるとだけお知らせしておこう。荒唐無稽ではあるが、そのことがむしろ勢いを示しているように感じられてしまうのが今のインド映画である。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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