トヨタ・ミライ プロトタイプ(FF)
いよいよ出陣の時 2014.12.10 試乗記 世界初の量産型燃料電池車(FCV)「トヨタ・ミライ」とは、どんなクルマなのだろうか? クルマとしての仕上がりや将来性をチェックしながら、モビリティーの“未来”についても考えた。秀逸なネーミングにニヤリ
この業界に長くいると不思議なもので、取材の過程でいろいろと“口にしてはいけない情報”が舞い込んでくる。何のことか? このクルマの車名である。時期は限定しないが、初めてミライというネーミングを聞いた時、「それ、本当に使う?」と疑った。いや、引いてしまった。
あまりにもベタ。世の中で普通に使われている言葉だし、われわれのように原稿を書く商売の人間もまた、この単語をやたら使いたがる(笑)。だからというわけではないが、もし自分がオーナーになって「何に乗ってるの?」って聞かれたら「ミライ」って……ちょっと恥ずかしい。しかし、実車を目の前にして、中身を理解するほどに、そんな自分の感覚はちっぽけなものだと思った。以後、「ああ、俺って視野も狭いし、勉強不足」などと反省の日々を送っている。
そう「ミライ」という言葉は単なる車名にあらず。次の時代(その時、筆者はこの世にいないと思うが)のモビリティーはどうあるべきか? との問いに対する、ひとつの(あくまでもひとつの)回答を含んだ、広い意味を持つ言葉なのである。
そう考えると、この言葉を車名に採用したトヨタに対して「大英断だし、歴史に残るうまいネーミングを採用したなあ」と思わずニヤリとしてしまうのであった。
「全幅1815mm」に物申す
プロトタイプとはいえ、(少なくともデザインの上では)ほぼ完成形のミライをぐるりと見回してみる。
ディメンションは全長4890×全幅1815×全高1535mm、ホイールベースは2780mmと、同社のFF車ラインナップの中では日本でハイブリッド専用車となる「カムリ」に近い。デザインに関して言えば、「空気を吸い込んで水を排出する」というFCVが持つ基本的な技術を形として仕上げた点は大いに理解できるし、空気を大量に取り込む必要から生まれた大型のフロントグリルのほか、サブラジエターとオイルクーラーを直後に配置するサイドグリルと呼ばれる大胆な造形も、機能を考えれば納得できる。つまり「さすが未来的なデザイン」か「アクが強く恥ずかしくて乗れない」と思うかは、個人の好みの問題だろう。あの「プリウス」でさえ、初代が登場した時は賛否両論だった。個人的には、初代のデザインは21世紀のセダンデザインの規範になると信じており、2代目モデルで大きく方向転換せざるを得なかったのは残念だったのだが……。
閑話休題。取り上げたいのは、この寸法、1815mmの全幅だ。まず先に電気自動車(EV)のことを思い出してほしい。出先での急速充電器のインフラも増えてきているが、EVは、自宅や会社に帰ってきては充電するというのが基本の使用スタイル。つまり、マンションのような集合住宅では充電器の設置や管理の問題――具体的には、管理組合の4分の3以上の合意を得なければならない――など、設置へのハードルは極めて高くなっている。
一方このミライは、いまは専用の水素ステーションでなければエネルギー源を充填(じゅうてん)できない。とはいえ、約650kmという実用的な航続距離を有するためステーションに行く頻度も低くなるし、元々がEVなのだから入出庫時にも音が極めて小さく、「マンション居住者にとっては待望のエコカー」ということになる。
しかし都市部を中心としたマンションの立体駐車場は、全幅1800mm制限というケースがまだまだ多い。幸い筆者の住むマンションは全幅1900mmまで対応しているが専門業者に聞いたところ、「最近はだいぶ増えてきてはいるが、それでも1800mm仕様が圧倒的」とのこと。つまりせっかくの“究極のエコカー”もまたもやマンション住まいの人間にとっては現実の購入選択肢には入らないことになる(実際1800mmをうたっていてもバッファを設けている駐車施設はある)。
例えばBMWが日本市場を意識して(すべてではないが)全幅を1800mm以内に抑えたクルマを用意しているというのに、日本生まれであり、次世代モビリティーの切り札でもあるミライがこの寸法というのは正直に言えば残念。いつ出るともわからないサイズダウンした次期FCVに期待するしかないのか!? と思うと少々寂しくなるのは、筆者だけではないはずだ。
後席はVIP御用達!?
室内に乗り込んでみると、これまた良い意味で斬新さはひかえめ。確かにデザインは凝っている。文字通り“未来感”を出そうとしているが、あまり押し付けがましくもないし、プリウスや「プリウスα」などで築き上げてきたUI(ユーザー・インターフェイス)などもある程度継承されている。これなら誰でも違和感なく乗れるはずだ。
床下にFCスタックなどを搭載する関係もあり、着座時のヒップポイントはやや高め。乗降性もいい。視界も広いがダッシュボードの位置もそれなりに高いので、全体の視認性に関しては及第点といったところだろうか。
シート自体は運転席/助手席とも電動調整機構を持つが、からだ全体をフワッと面でサポートする感覚はなかなか気持ちがいい。そして注目はやはり後席だろう。セパレートタイプの2座式。つまりミライの乗車定員は4人である。担当者に話を聞くと「FCVならではの新しい快適性を提供するためにも2座とした」とのこと。普通、これだけの価格のクルマなら乗車定員は5人だろ! と言いたいところだが、そこは小市民である筆者の、夢のない発言かもしれない。実際後席に座って試乗に出ると、静粛性の高さや前席同様フワッとした包まれ感など、「レクサスがもたらす超絶ともいえる快適性の別解釈ではないか」と思える新鮮味があった。
ただ、ちょっと邪(よこしま)なことも考えてしまう。後でわかったことだが、これだけの最先端技術が詰まったクルマ、いくらトヨタとはいえ、一気に大量生産できるはずはない。最初は官公庁や自治体、そして企業向けに販売されるのだ。その時後ろに乗った官庁のお偉いさんが「うーむ、まさにミライのクルマだねえ」なんて満足してくれれば、水素ステーションのインフラ拡大にも優位に働く……!? まあ大人の世界はよくわからないのでこの辺でやめておくが、所有することがもしできたならば乗るたびに新鮮な感覚が味わえるエクステリア&インテリアであることは間違いないだろう。
「新幹線のグリーン車」を駆る
多くのEV(FCVもEVの一種)の走りについて共通しているのは、電池などを床下に配置することで全体の重心が低く、コーナリング時の安定性が高い、といわれる点だ。もちろんミライもその例にもれず、ひとことで言って“いい走り”を味わわせてくれる。
ただそれは、誤解を恐れずに言えば、このカテゴリーに限ってのことである。そもそも同じ価格帯のBMWやメルセデス・ベンツとは比較にはならないし、どちらかといえば同じEV系の「BMW i3」や「日産リーフ」、高級車という点では「テスラ・タイプS」などが同じ土俵の相手だろう。全体的に“軽さ”が感じられ抜群のフットワークをみせるi3とは異なり、ミライの走りは予想以上に角が取れていて、しっとりしている。
正直に言うと、スルスルと加速するフィーリングは好印象としても、絶対的な動力性能としてはやや不足を感じることもあった。その原因は、1850kgという車両重量にある。重さに関しては、FCV専用パーツによる部分が大きいのだが、ここ一番の加速が欲しくてアクセルを踏み込んだ際、加速感の期待と実際に若干の乖離(かいり)がある。まあスポーツカーではあるまいし、十分満足できるレベルではあるが、今後はユーザーの声を吸い上げて、エコ性能と走りのフィーリングをてんびんにかけつつ、さらに進化していくことを期待する。
FCV特有のポンプ音などは確かに聞こえるが、これは時間がたてば慣れるレベル。“水素音”が新しい、とか言われているが、たいしたネタじゃない。車内に入るこの種の音に関しては、開発側が綿密にチューニングしているのが感じ取れるし、問題はない。
総じて感じられたのは、今までとはひと味異なる快適性と操縦安定性の融合だ。まるで「新幹線のグリーン車のような快適空間を自分で操れる」ような、新感覚なのである。前述したようにハードウエアとしては細部に文句はあるものの、この特質は受け入れられる。
ひとつケチを付けさせてもらえば……こんな最先端のクルマなのに、足踏み式のパーキングブレーキを使っているのはなぜ? と問いたい。まさか電力消費が大きいから諦めました、とは言わないだろうが、先進安全装備(後日発表された、Toyota Safety Senseに比べるとやや物足りない) との連携も考えると、この部分だけは電気制御式に改めてほしいのである。
情報公開が普及のカギ
そしていよいよ世に送り出されたミライだが、その船出は決して前途洋々というものではない。散々言われていることをいまさら述べる気もないが、やはりインフラ問題はさけて通れない。これは政府と企業との官民一体によりある程度までは改善されてくるだろうが、前述したようにそもそもミライの生産能力は少なく、一般ユーザーが今年度中はおろか2015年に手に入れることができるか? と聞かれるとかなり難しい。まずは流れとして、官公庁、自治体、企業に渡ることになる。
またFCVは確かに究極のエコカーなのかもしれないが、あくまでもそれは“現在”におけるエネルギー問題や環境問題への回答、そのひとつにすぎない。どうも日本人は新しいものに飛びつきたがる(人のことは言えないが)風潮があるように思うし、メディアもまた「これからはFCVで決まり!」みたいなことを吹聴する傾向がある。
ただ、少なくとも現状では化石燃料はまだ枯渇はしないし(そのための準備は必要だが)、昨今、日本においてはディーゼル車が人気。FCV登場までの“中継ぎ”と言われたときもあったハイブリッド車は、いまだに先発完投型として君臨している。つまり、「これで決まり!」などというものはない。FCVもディーゼルも、その比率を変えつつ共存していくことが重要であり、それが現実というものだろう。
それに、意外と知られていないのが水素充填の問題だ。セルフスタンド感覚で、3分程度で作業を終えられる点は、長い時間を要するEVとは対照的な利点に挙げられる。しかし、その充填には国家資格が必要なのだ。現状では「24時間営業」などは期待できないわけで、いざ充填しようとしても思い通りにならないなど、知っておかなければいけないルールもある。
普及促進のためには、インフラ設置だけでなく、そのプロセスを国民に向けて広く告知することが重要である。それが、結果として海外との競争力向上にもつながるはずだ。
厳しいことを書いてしまったが、それでも、2014年11月18日に開催されたミライの記者発表会でビデオ出演した豊田章男社長が「クルマの未来が変わろうとしています」と言っていた点は、間違いないだろう。そしてその未来を自らの手で現在に手繰り寄せたトヨタの技術力、さらにグローバル企業としての姿勢、意気込みには拍手を送りたい。
(文=高山正寛/写真=田村 弥、トヨタ自動車、webCG)
テスト車のデータ
トヨタ・ミライ プロトタイプ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4890×1815×1535mm
ホイールベース:2780mm
車重:1850kg
駆動方式:FF
モーター:交流同期モーター
最高出力:154ps(113kW)
最大トルク:34.2kgm(335Nm)
タイヤ:(前)215/55R17 94W/(後)215/55R17 94W(ブリヂストン・エコピアEP133)
価格:723万6000円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:--
テスト形態:サーキットインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
