第377回:TOKIOの“東ドイツ化”を憂い、天然ヤングタイマー女子に萌える
2014.12.12 マッキナ あらモーダ!「安息の地」はケバブ店
先月の半ばから、ラジオ出演や収録も兼ねて、東京に滞在していた。前回2014年4月の、空母にタッチ&ゴーする艦載機のごとく北京ショー前に立ち寄ったときの東京は、消費増税前の駆け込み需要の余韻に沸いていた。メーカーやインポーターに顔を出すと「いやー、消費増税前の駆け込み需要で」と、みなさん顔が紅潮していた。新聞社も「広告が好調でして」と妙に盛り上がっていた。
それからすると、この年末は、かなり落ち着きを取り戻していた。さらにいえば、食べ物屋さんや一般商店でも、若者店員の受け答えや表情が、かつて以上に希薄なのが気になる。ボクの能天気な「イタリア的なノリ」が、妙に気恥ずかしくなって困る。
そうしたなか唯一安息を感じた店は、何を隠そう、六本木交差点そばにあるトルコ人経営のケバブ屋さんだった。
店員は「高円寺店もよろしくッ!」と流ちょうな日本語で愛嬌(あいきょう)を振りまく。店内には店員なのか単なる友達なのか、判別不能な人たちがウロウロしているところも、どこかイタリア風で心が休まる。
「きっと彼らは、ボクがイタリアに住み始めたよりもあとに来日して、こんな一等地に店を構えているんだろうな」と思うと、18年も海外に住んでいて、店や工場はおろか、持ち家さえない自分を振り返って、なんとも複雑な気持ちになった。
カー用品店で見た風景
おっと、前置きはこのくらいにして、クルマの話をしよう。
滞在中、東京郊外にある女房の実家に赴いた際、近所にあるチェーン系カー用品店をのぞいてみた。驚いたのは、車種限定で販売されているグッズが多いことだ。その横綱は「トヨタ・プリウス専用」「トヨタ・アクア専用」「ホンダ・フィット専用」と銘打ったものである。まさに路上の風景を反映しているではないか。
イタリアでもディスカウント店のシートカバーコーナーでは、歴代や現行の「フィアット・パンダ用」「フィアット・プント用」「ルノー・トゥインゴ用」といった定番はあるにはある。だが、昨今日本のカーグッズは、より車種特化傾向があるとみた。
今年ヨーロッパはベルリンの壁崩壊25年を祝ったが、かつて旧東ドイツにおいて一般国民が買える国産車といえば「トラバント」か、もしくは少し高級な「ヴァルトブルク」しか選択肢がなかった。それからすれば今の日本は、比べものにならないくらい多彩なクルマがそろっている。ハイブリッド車ひとつとっても、たくさんの車種が存在する。にもかかわらず、多くの人々は、わずか数タイプのクルマに選択肢を絞ってしまっている。
ハードウエアの優秀性が評価されている証左か、秀逸なマーケティングの成果か、はたまた日本国民がクルマ選択能力を失いつつあるのか。未来に答えはわかるだろう。
ヨーロッパにはない現象
もちろん、ちょっといい光景も目にした。日曜日、世田谷に足を向けたときである。街路を歩いていると、メルセデス・ベンツの「W201」がやってきた。当時を知る方には釈迦(しゃか)に説法だが、日本では「190E」として1985年に発売され「5ナンバーで乗れるメルセデス」として大好評を博したモデルである。当時ボクは高校生の分際で、ヤナセが都内のホテルで催した発表会に同級生と出掛けたのを懐かしく思い出した。
後日、今度は同じ世田谷の二子玉川でのことだ。高島屋前で信号待ちをしていると、BMWの「3シリーズ」が横断歩道の前で止まった。現行モデルではない。1980年代の「E30型」である。そう、これもトレンディー(死語ですね)なクルマとして一世を風靡(ふうび)したモデルだ。
今のクルマと比べると、外から室内がよく見える。のぞいてみるとステアリングを握っていたのは、イケイケボディコンお姉さんの成れの果て……ではなく、上品な若いお嬢さんだった。その良好なコンディションからして、父親が大切に乗っていたクルマのお下がりであると読んだ。
ヨーロッパではW201もE30も、もはや目にすることが極めて少なくなった。そうしたクルマのユーザーは最低でも10万kmは使い、20万kmに達することも珍しくない。そのあと、2、3人のオーナーの手に渡ると、卓越した耐久性をもってしても、もはや廃車にするか、新興国に輸出されるしかないのだ。
それからすると、日本のクルマは走行距離が少ない。そのためきちんと整備してさえいれば、かなり路上で生き延びるのであろう。そのうえクルマがきれいだ。欧州ではなかなかみられない、わが国ならではの現象といえる。
ボクが目撃したE30女子に話を戻せば、年の頃からして「六本木のカローラ」と呼ばれていた華やかな新車時代を知らないに違いない。そのうえ、昨今欧州にみられるヤングタイマー(デビューから20年前後のクルマ)オーナーのような気負いもない。
アニメ「ガールズ&パンツァー」のファンが戦車道女子にそそられるように、天然ヤングタイマー女子に萌(も)えたボクであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。