第273回:巨匠との思い出 ~自動車評論家 徳大寺有恒さんをしのんで(後編)
2014.12.26 エディターから一言“自動車ジャーナリズムの巨匠”徳大寺有恒さんが、2014年11月7日にこの世を去りました。その人柄をしのばせるとっておきのエピソードを、長年親交のあったふたりのライターが紹介します。
クルマは乗って楽しむもの
(前編からのつづき)
沼田 亨(以下「沼」):そうしてペン1本で稼ぎだした金の多くを、巨匠は再びクルマに投資した。これは本当にすごいと思う。
松本英雄(以下「松」):一時はクルマを買うために仕事をしていたようなものだったと語ってましたね。その理由を「単にクルマ好きの、クルマ馬鹿だったから」と言うけれど、まねできるもんじゃない。
沼:松本さんは当然、奥さまが保管している愛車の購入・維持管理記録を見たことがあるよね? 巨匠が人生においてもっとも多くのクルマを買った時期という、80~90年代を中心につづられた分厚い3冊のファイル。
松:もちろん見ましたよ。思わずうなっちゃいましたね。
沼:クルマの購入金額だけで、億単位に達していたよね。
松:ええ。その上に修理代もすごかった。
沼:普通はさ、それだけ稼いだら、少なくとも家の購入くらいは考えるじゃない? 投資や利殖とかには手を出さないとしても。でも巨匠はまったくそういう思考がなかったよね。
松:十数年前に猫を飼うために、ついのすみかとなってしまったフラットを買うまでは、ずっと借家住まい。「俺は根無し草だから、家はいらないと思ってた」が口癖でしたね。
沼:巨匠より多い金額をクルマに使った富豪はもちろんいるだろうけど、ガレージも持たない生活で億単位の金を使ったクルマ好きは、ちょっといないんじゃないかな。クルマの原稿だけで億単位の金を稼いだ人もいないだろうけど。
松:まさに唯一無二の存在ですよね。
沼:そう。日本一のクルマ馬鹿。ちなみに著書によれば所有したクルマは約90台。でも、さっきの930ポルシェみたいな例もあるから、実際はもっと多いんじゃないかと思うんだ(笑)。
松:取っ換え引っ換えしたクルマのなかには、好きなクルマのほかに、自動車評論家として乗っておかねばという職業上の理由から選んだクルマもあったでしょう? 初代「セルシオ」、R32の「GT-R」、「NSX」、初代「プリウス」とか。
沼:それは立派なんだけど、当然ながらリセールバリューなどまったく考えないから、GT-Rを赤に塗っちゃったり。
松:クルマを買うときにリセールバリューを考えて選ぶほどつまらない、もったいないことはない、が持論でしたからね。
沼:そうしてクルマ選びを続けた結果、「クルマは売っても買っても損をする」という名言が生まれたんだな。
松:そうですね。
沼:巨匠がクルマを買いまくっていた時期の遍歴を見て思ったのは、あまり古いクルマがないんだよね。古くても、60年代の「マセラティ・ミストラル」とか「アストン・マーティンDB6」、ヴィカレッジの「ジャガー・マーク2」(注)あたりじゃない? 大好きだったという50年代の「ランチア・アウレリアGT」とかには、いかなかったんだな。
松:50年代のクルマを現代の路上で日常的には乗れないと言ってたから。巨匠にとってクルマは、あくまで乗って楽しむもの。見て楽しむならミュージアムや他人のクルマ、もしくは本でいいと割り切っていた。そこの線引きは、実に明快でしたよ。
沼:なるほどね。しかし巨匠のクルマ、特に高級車に関する話は、身銭を切っていただけに説得力があったと、いまさらながら思うよ。
注)ヴィカレッジの「ジャガー・マーク2」
英国のヴィカレッジ社でレストアされ、現代の路上での使用に耐えるべく一部の機構がアップデートされたジャガー・マーク2。
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「俺ぐらい幸せな馬鹿はいないよ」
沼:クルマのほかに、巨匠はオシャレにも相当金を使ったんじゃない?
松:使ったでしょう。いいものを身につけていたもの。もともと好きだし、男性ファッション誌でスタイリストのようなことをやってたこともあるから、ブランドから服飾の歴史や素材まで、すごく詳しかった。
沼:「ぶ男だったからファッションセンスが磨かれた」って言ってたよね。なんとか自分をかっこよく見せたいと。
松:そのおかげでモノを見る目は肥えてた。
沼:巨匠はよく「努力をしたことがない。運だけでここまで来た」と言ってたけど、そんなことはないよね。
松:興味があることについての知識やセンスを吸収することに関しては、すごく貪欲だったと思う。
沼:自ら告白しているように、若い頃の巨匠はコンプレックスの塊だったわけじゃない? ぶ男で、田舎者で、貧乏で……と。だからそこから脱したいという気持ち、上昇志向と言ってもいいと思うんだけど、そのエネルギーはすごく強かっただろうから。
松:そりゃ半端じゃなかったでしょう。
沼:ところで巨匠のファッションというと忘れられないのが、20年ぐらい前の真夏に都内のホテルで見かけた、生成りの麻のスリーピースにパナマ帽という、まるで映画『ベニスに死す』(※注1)から抜け出てきたような姿。縦横比がちょっと狂ってたけど(笑)。
松:『徳大寺有恒といくエンスー ヒストリックカー ツアー』の表紙にも描かれている、ヘミングウェイに心酔していた巨匠の夏の定番スタイルですよ。
沼:着こなしが板についていて、さすがと思ったね。周囲の人が振り返るほどだった。
松:長年かかって身に付けたスタイル、キャラクターですからね。そういえば理由はどうあれ、外国でもすぐに顔を覚えてもらえるから得だともいってました。
沼:外国といえば、アメリカでパット・モリタ(※注2)に間違えられたことがあると言ってたね。たしかに雰囲気はちょっと似てる。(笑)
松:そうそう。日本人では嵐山光三郎さんに似てるって言われてた。あと巨匠自身は嫌がってたけど、晩年の勝 新太郎。ビートたけしのテレビ番組に出たときに「おとなしい勝新」とか言われて。
沼:今じゃ知る人も少ないだろうけど、勝新ってデビュー当時は白塗りの美男俳優だったからね。巨匠はもちろんそれを知ってるから、「俺みたいなぶ男と勝新をいっしょにするなんて、とんでもない!」と言ってた。
松:巨匠は傲慢(ごうまん)でわがままなキャラだという評判もあって、たしかにそうした一面もあったけれど、ある部分ではすごく謙虚だったから。
沼:そうなんだよ。特に自分の仕事に対する評価に対して。何度も言うようだけど、あれだけの実績を残しているのに「運がよかった」とか、そんな言葉ばかり並べて。まあ、モータリゼーションが発展していく時代との巡り合わせがよかったのは事実だけどね。
松:「たまたま書いた本が一発当たっただけで、これまで好きなクルマに関することだけをやってこられた。まるで宝くじに当たったようなもんで、俺ぐらい幸せな馬鹿はいないよ」と真顔で言われたことがありますよ。
沼:自称「日本一幸せなクルマ馬鹿」か。カッコイイなあ。
松:そう考えると、クルマ馬鹿として現役のまま亡くなったことも、幸せだったのかもしれませんね。
沼:そう思う。ということで話は尽きないけれど、続きはまたの機会ということで。われわれが敬愛してやまない巨匠、徳大寺有恒に合掌。
松:合掌。
注1)ベニスに死す
静養のためベニスを訪れた初老のドイツ人作曲家が、そこで出会った美少年に心を奪われる話を描いた、ルキノ・ヴィスコンティ監督作品。
注2)パット・モリタ
映画『ベスト・キッド』シリーズの空手の師匠役で知られる日系2世の米国人俳優。
(語り=松本英雄&沼田 亨/まとめ=沼田 亨)
→徳大寺有恒&松本英雄がおくる『webCG』の試乗インプレッション・アーカイブはこちらから
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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