第391回:痛快! オペルの自虐CM
2015.03.27 マッキナ あらモーダ!欧州オペル最新事情
クルマ好きが海外でレンタカーを借りるとき、最も緊張する数秒といえば、カウンターの向こうの従業員が引き出しの中に手を突っ込んでキーをまさぐっているときだろう。どんなクルマに当たるのか、あの心境は何年たっても変わらない。
それはさておき、今日はオペルにまつわるお話である。
2015年3月に開催されたジュネーブショーで、オペルは新型車「カール」を公開した。カールは、従来スズキのハンガリー工場からOEM供給を受けていた「アギーラ(アジラ)」の後継車(初代は「ワゴンR+」、2代目は「スプラッシュ」がベース)である。参考までに「Karl」とは、創業者アダム・オペルの息子の名前だ。
また、英国ボクスホールブランドから発売される姉妹車には、かつて存在した「ヴィヴァ」の名前が復活することになった。
近年ゼネラルモーターズ(GM)は、オペル/ボクスホールと韓国GM製シボレーという、2本立てのブランド戦略をとってきた。GMとしては、「オペル/ボクスホールの下に韓国GM」というスタンスだったようだ。だが、誰が見てもオーバーラップするモデルが多く、やや説得力に欠けていた。
2013年末、ようやくGMは韓国製シボレーの欧州販売に関して段階的終了を決定。これを機会にオペル/ボクスホールに注力することになった。そうした状況のなかで公開されたカールは、オペルのエントリーモデルとして「フィアット・パンダ」など人気車種がひしめくAセグメントに投入される。
ふたつのオペルCM
街のオペルディーラーに目を移すと、目下イチ押し車種といえば、2014年のパリショーでデビューした「オペル・コルサ」である。その新型コルサのCMがちょっと面白い。
2015年1月から欧州で放映されているもので、ドイツ人モデルのクラウディア・シファーを起用した「OH!」と題したシリーズだ。
ひとつめは「スタジオ編」である。女優がヘアメイクをしてもらっている最中、クラウディアから電話が入る。どうやらクラウディアは新しいクルマを買ったらしい。そして女優は受話器の向こうでクラウディアが話していると思われる内容を、脇にいる男性ヘアアーティストにも聞こえるよう繰り返す。「ステアリングヒーター、パークアシスト、リアビューカメラ……」。直後に女優は、クラウディアが買ったクルマの名前を知る。
もうひとつは「レンタカー編」だ。空港のレンタカーカウンターにやってきたひとりの紳士。女性従業員が「タッチ式ナビ、パークアシスト、ステアリングヒーター……」とレンタカーの装備を説明する。紳士は満足げだ。
実は両CMとも、そこから意外な展開となる。
「スタジオ編」の女優はクルマのブランド名を聞くなり、あぜんとする。そして送話口から口を遠ざけ、男性ヘアアーティストに、くちパクで「O、P、E、L」と告げる。彼も即座に困惑の表情を浮かべる。
「レンタカー編」の紳士は、女性従業員からオペルのキーを差し出された瞬間、こちらも困惑する。いや、それを通り越して明らかに「嫌な顔」だ。
欧州人ならわかる、あの感じ
このCMのニュアンス、欧州に住む人なら、うなずく人が少なくない。先にことわっておくが、オペルは売れている。2014年ボクスホールと合わせて約88万5000台を売り上げ、ブランド別欧州販売トップ10で、フォルクスワーゲン(VW)やフォードに次ぐ3位にランクしている。
かつて、GMのキャデラックの有名なキャッチコピーに「The Standard of the World」というのがあった。いつでもどこの工場でも常に一定品質の製品を製造し、顧客に提供するのは20世紀アメリカで育まれた高度な技術であり、それは簡単なことではない。GM系のオペルは、かつてのスローガンを大西洋の反対側で忠実に守ってきたからこそ、常に一定の顧客を獲得してきたといえよう。
しかし……オペルなのだ。
オペルは長年、価値ある品質をリーズナブルな価格で提供することを得意としてきた。しかしそのために、同じサイズのVWもしくはプレミアムブランドを買うよりお得という、いわば消極的選択のイメージをもつユーザーもいて、エンスージアスティックなイメージが薄い。結果として、前述のCMのスタジオ編における女優のように、クルマにクルマ以上の価値やオーラを見いだそうとする人の選択肢からは外れやすい。それどころか時として、アニメ『ドラえもん』におけるジャイアンの口ぐせ「のび太のくせに」に似た、根拠を省略した決めつけがオペルにつきまとうのだ。
またオペルは、歴史的なグローバル企業の製品ゆえ、他の欧州ブランドより無国籍な雰囲気が漂う。したがってレンタカー編の紳士のように、外国でエキゾチックなクルマとのランデブーを楽しもうともくろんでいたところに異国情緒が薄いオペルが当たってしまうと、人々は物足りない気がしてしまうのだ。食の国イタリアの旅先で知り合った老夫婦の家に招かれて行ったら、ホットドッグが出てきたようなものである。
そういう筆者自身も、旅先のレンタカー屋さんに、「今日は、ほ、ほんとにオペル(もしくはボクスホール)しかないんですか?」と、真顔で詰め寄ったことが幾度かある。
欧州の自動車ユーザーの誰もが、とは言わないが、一度や二度味わったことがある経験を、オペルのCMは忠実に再現しているのである。
見る者が試されている
このCMには、さらに深い意義がある。
自動車広告・宣伝の歴史は、自社のクルマをより立派に見せ、ライバル車と比較することに専心してきた。日本でも1960-70年代に「プラス100ccの余裕」「隣のクルマが小さく見えまーす」といった比較広告が戦わされたのは、多くの人が知るところである。また、アメリカでは今日でもモーターショーのプレスブリーフィングにおいて名指しでライバル車が引き合いに出される。
対してオペルのCMは自らのブランドイメージを逆手にとった、画期的な自虐CMだ。そうすることで、既成概念にとらわれる人がいかに不幸であるかを訴えている。
ふたつのCMの結末を言うと、「スタジオ編」はクラウディア・シファーが高らかに笑いながらコルサを運転するシーンで終わる。「レンタカー編」は、紳士の後ろに待っていたシファーが「私は借りるわ」と声をかける場面に続き、紳士も喜々としてコルサのステアリングを握る風景で幕となる。
このオペルのCMは、自動車広告界に新たな「The Standard of the World」を持ち込んだ。同時にボクたちは、これからもクルマに20世紀的優越感や舶来感覚を持ち越すのか否か、試されている気がしてならない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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