第97回:さよならポール、最高のラストドライブだった……
『ワイルド・スピード SKY MISSION』
2015.04.16
読んでますカー、観てますカー
悲劇を乗り越えて作られた作品
『ワイルド・スピード』第1作の公開は2001年だから、もう14年になる。今回の『ワイルド・スピード SKY MISSION』は7作目だ。このままいけば『男はつらいよ』のような超ロングシリーズになりそうだったのだが、それはかなわない夢になってしまった。2013年11月にポール・ウォーカーが自動車事故で亡くなったからだ。彼は主役のひとりであるブライアンを演じていた。
その頃はちょうど今作の撮影中だった。ドム役のヴィン・ディーゼルとともにシリーズを支えてきた役者がいなくなってしまったのだから、完成が危ぶまれたのは当然である。しかし、当初の予定から9カ月ほど遅れたものの、製作陣は見事に仕事をやってのけた。脚本を修正してポールの弟を代役に使って未撮影部分を補完し、CGを駆使して映像を作り上げたのだ。
同じような道をたどった映画に『死亡遊戯』がある。『燃えよドラゴン』で世界的大スターとなったブルース・リーが途中まで撮影を終えていた作品で、彼の死から5年後に公開されている。クライマックスの格闘シーンは撮り終えていたものの前半はまったく手付かず状態で、ユン・ピョウらが代役となって追加撮影を行った。顔のアップは過去作から流用し、稚拙な合成画面も使ってなんとかつじつまを合わせた。ただ、『燃えよドラゴン』の完成度にはほど遠い仕上がりで、ファンからは酷評されたのである。
『スカイミッション』には、そんな心配は無用である。どこが代役でどこがCGなのか、観ていてまったくわからなかった。違和感が一切なかったのはありがたかったが、それよりもうれしいのは作品の完成度である。シリーズナンバーワンの出来になったことは疑いようがない。
日本車ブームが生んだシリーズ
『ワイルド・スピード』シリーズのこれまでを振り返っておこう。今でこそビッグバジェットの大作になったが、最初はマイナーでローカルなカーアクション映画だった。ドムはロサンゼルスでカーショップを経営しており、夜な夜な行われるドラッグレースのチャンピオンである。彼に勝負を挑んできたのがブライアンで、命がけの戦いを繰り広げた後に彼らは意気投合する。しかし、ブライアンは警官で、トラック強盗の捜査のために容疑者のドムに接触したのだった。
後にブライアンの正体はバレてしまうが、彼はストリートレーサーたちに共感を抱くようになっており、最終的には仲間になる。舞台はロスからマイアミ、ドミニカ、ブラジルへと広がり、5作目の『MEGA MAX』からはドウェイン・ジョンソンのホブス捜査官が重要な役どころで加わる。6作目の『EURO MISSION』ではヨーロッパで国際犯罪組織と戦うまでにエスカレートするのだ。
第1作では、「ホンダ・シビック」「日産スカイラインGT-R」「三菱エクリプス」「トヨタ・スープラ」などの日本車がストリートレースに登場していた。ドムのカーショップでは主に日本車を扱っており、店頭には日本のチューニングパーツが並べられている。2000年前後にはアメリカの西海岸で日本のコンパクトカーを改造して速さを競うことが流行していた。映画は当時のストリートレース文化を正確に反映していたのだ。
日本車へのリスペクトは、第3作で奇想天外な形をとることになる。『TOKYO DRIFT』というタイトルが示すように、舞台は東京に移った。それまでのストーリーとは直接のつながりがなく、アメリカで居場所のなくなった高校生が日本に留学し、ドリフト文化を知って成長していくという筋立てである。
妻夫木聡、土屋圭市がカメオ出演するという珍作で、興行的には振るわなかった。シリーズ的には黒歴史的な扱いになりかけていたが、今回の作品ではこの東京でのエピソードもしっかりと物語に組み込まれている。『TOKYO DRIFT』は時系列では今作の直前にあたり、『EURO MISSION』ではラストで今回の悪役であるジェイソン・ステイサムが登場している。
お約束のビキニ美女も登場
『SKY MISSION』でも、冒頭からステイサムが大暴れする。彼は『EURO MISSION』でドムやブライアンが戦って倒した国際犯罪組織のボスの兄デッカード・ショウだったのだ。彼は警察に潜入して極秘資料を盗み出し、ホブス捜査官に重症を負わせる。資料を手に入れたのは、ドムたちのチームを探しだし、復讐(ふくしゅう)を果たすためだ。
ドムの妹ミア(ジョーダナ・ブリュースター)と結婚したブライアンは、すっかり家庭的なパパになっていた。イクメンだから、もちろん愛車はミニバンである。いつまでもドラッグレースに明け暮れているわけにはいかないのだ。しかし、平穏な生活は破られる。デッカードから爆弾が送られてきて、妻と子供が危険にさらされてしまう。
ドムはというと、一度作品の中で死んだのに前作で生き返った恋人のレティ(ミシェル・ロドリゲス)とドラッグレースの大会に出掛けたりしている。彼女は記憶喪失に陥っていたので、思い出すためのきっかけを探していたのだ。砂漠の中で行われていたレースには、むくつけき男たちとナイスバディの女たちがひしめいている。クルマはビキニ姿の美女が泡だらけで洗うのがお約束だ。ストーリーとは関係なく、このシーンはどの作品でも必ず入れられているのがうれしい。
デッカードが潜んでいるのを発見したドムは、ストリートで戦いを挑む。距離を開けて正面から向き合い、お互いに全速力で突っ込むのだ。チキンレースだが、どちらも引くわけがないので正面衝突するしかない。デッカードは最新の「マセラティ・ギブリ」だからいいけれど、ドムが乗っているのは70年代の「プリムス」である。衝突安全なんて考慮していないクルマだから、あのスピードでぶつかったらどう考えても命はない。でも、ドムは平気である。そういう男なのだ。
デッカードの挑発に立ち向かうため、チームが再結集する。最初に与えられたミッションは、アゼルバイジャンの山中で厳重装備のコンボイから人質を救出することだ。一本道なので、奇襲するためには空から降りるしかない。輸送機からパラシュートでクルマごと降下し、突然敵の前に姿を現すのだ。
これがスカイミッションということなのだが、予告編でさんざん見せられていたので驚きはない。ネタばらしし過ぎでシラケてしまうと考えるのは早計である。クルマはこの後も空を飛ぶ。クルマだけじゃなくて、人も空を飛ぶ。空を飛ぶことが本業の戦闘ヘリや無人機も登場する。全編飛び道具だらけの映画なのだ。
アラブのスーパーカーは空を飛ぶ
舞台はアブダビに移り、スーパーカー祭りが始まる。「ブガッティ・ヴェイロン」が出てくるが、中東の金満都市ではこの程度のクルマは安物だ。この国の王子が持っているのは「ライカン・ハイパースポーツ」である。アラブ首長国連邦の自動車メーカーが作ったクルマで、最高速度は395km/hだ。このクルマももちろん空を飛ぶ。4億円もするのだから、空ぐらい飛んでくれないと困る。
決戦の地はロサンゼルス。男はストリートで勝負をつけるのが決まりだ。敵味方入り乱れての大混戦になるが、ドムの仲間たちは持ち前の運転スキルを駆使して悪者たちをこらしめる。ド派手なカーチェイスは、現実のクルマではとてもこなせそうにないアクロバティックなものだ。作品の中は、通常とは違う物理法則が支配している。
あまりに理不尽なことばかりが起きるので、この映画を観ている間に10回以上はスクリーンに向かって「おいおい……」とつぶやきたくなるだろう。しかし、それをバカバカしいと感じさせないのが『ワイルド・スピード』なのだ。ドムはどんな衝撃にも耐える肉体を持ち、ブライアンは必ずギリギリで危機を脱出する。14年かけてこれが当たり前だと思わせる世界観を築き上げてきた。
最後の戦いでは、ブライアンは「日産GT-R」に乗って現れる。シリーズを見続けていた者なら、この選択に心をつかまれてしまうだろう。ポールはプライベートでもGT-Rをこよなく愛していた。ドムが「ダッジ・チャージャー」、ブライアンがGT-Rでなければ話は始まらない。
撮影途中で主役のひとりがいなくなるという緊急事態を、スタッフとキャストは見事に克服し、むしろ福に転じた。ブライアンに平穏な暮らしを用意してくれた脚本家に、観客の一人として感謝をささげたい。ポール・ウォーカーは、幸福な俳優だった。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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