第397回:上海ショー2015(後編)
中国一の「未来車」はホンダにあった!?
2015.05.08
マッキナ あらモーダ!
戸惑いと、心地よさと
モーターショーのために訪れた上海の街は、相変わらず活気に満ちていた。むせかえるような食用油の香り、高層ビルの間に終始けたたましく響きわたるクルマのホーン。道を歩いていると無音のうちに近づき「ぼやぼや歩いてるんじゃねーよ」といわんばかりに脇をかすめてゆくボロボロの電動スクーター。この地に降り立つたび、そうした物事に戸惑いを感じざるを得ない。そんな中、中国におけるファミリーマート「全家」の入店チャイムが、日本と同じであることに妙に癒やされたりする。
しかし不思議なことに、ひと晩たつと上海の街が心地よくなる。地下鉄の車内で周囲に構わずiPhone(その多くはゴールド仕様だ)片手に大声で楽しそうに話す人、いい香りを放ちながら煎餅(ジェンビン。中国版クレープ)を食べ始める人、用もないのに広場に座っているおじさんたち。そうした光景が、ボクが住むイタリアと、ディテールこそ違うが妙に似通っているからだ。
街でもショーでも、目立つ世代
もうひとつ、上海で感じるのは若者の多さである。
日曜の夕方、市内の巨大ショッピングモール「龍之夢購物中心」で食事をしようと上階にある食堂街に足を向けた。外の椅子で順番を待っている人々の大半は、若い家族連れか、カップルである。おひとりさまのボクの居場所がなかなか見つからない。昨今、東京の飲食施設で、一人客を意識した座席配置を導入する店が多いのとは対照的である。
上海地下鉄に乗っていたら、若い母親とともにボクの近くに座っていた幼児がおしっこを漏らした。カースコープ街角編で紹介したように、スクーターに夫人と子供を乗せて走るお父さんも少なくない。みんな、子育てに懸命だ。
モーターショー会場も、若者の姿が目立つ。接客にあたる説明員しかり、陰で働くスタッフしかりである。 有名ブランドだけでなく、小さな出展者も同じだ。
例えば、電気自動車用周辺機器のエキスパートである広東猛獅科技(ダイナボルト)のブースでは、子会社が製作した1秒で折りたためるという電動サイクルを、若い女性スタッフが熱く説明してくれた。重さは19.2kgと満杯のスーツケース並みだが、クルマの荷室に収納するほか、地下鉄などの公共交通機関に持ち込んで、通勤時に使うことを想定しているという。
お昼、屋台が連なる3階の大ホールに行くと、フォードのアルバイトスタッフたちが盒飯(弁当)を食べていた。脇で食べていると、さながら学食のようである。その活況たるや「ボクたちのモーターショー」といった感である。
プレスブリーフィングでも、周囲をふと見渡せば、集まっているジャーナリストが若い。欧州のモーターショーで、自動車に特化したジャーナリストといえば、もはや多くが年配なのとは対照的である。
2014年の世界人口白書によると、中国における10歳から24歳までの人口は2億7800万人で、人口の2割を占める。日本の同世代(1790万人)のなんと15倍以上ということになる。これは多いわけだ。
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未来を見据えて
そのような会場でのことである。ホンダブースの一角に人だかりができているのを見つけた。人混みをかき分けていくと、白い「オデッセイ」が置かれていた。ただのオデッセイではない。サイドスライドドアからセカンドシートがせり出す、「サイドリフトアップシート車」といわれる福祉車両である。日本からやって来ていた担当者の説明は、以下のようなものだった。
「家族を大切にする中国人ユーザーは、一家で移動することが少なくない。そうした場合、高齢者も含まれる。そのため、すでに中国でも福祉車両の開発を進めている国内系メーカーが存在する」
ただしリサーチしてみると、日本で一般的なテールゲートから車いすごと乗せる仕様は、中国の高齢者から敬遠されがちなことがわかった。「荷物扱いされるようで、嫌だ」というのがその理由だ。また「助手席は怖い」というシニア世代も少なくなかった。そこでホンダは今回、この後部座席にアクセス容易な車両を出展した、というわけだった。
担当者氏は、来るべき中国の高齢化を見据えて、これからも市場投入を模索してゆきたいとくくった。
再び人口統計を引き合いに出せば、2012年の国連の発表によると、10年後の2025年には、中国での65歳以上の人は1億9561万人となり、総人口の13.5%を占める。さらに20年後の2035年には2億8194万人に達し、19.5%まで上昇。約5人に1人が高齢者になる計算だ。簡単にいえば、今日の日本の総人口の2.2倍以上が高齢者という、歴史上かつてない高齢者国となる。
今回のホンダの展示は、地味ながらも将来の中国を見据えたものといえよう。
いや、それとも中国の高齢者は、今回GMが展示した「シボレーFNR」のような自立走行車に、今日でも多くのドライバーがぶら下げているような縁起飾り「繍球」をくくりつけて、高速道路を走り回るのか。いずれにしても地球史上見たことのない自動車生活が、この国で始まる気がしてならない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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