第104回:不可能度増量! トムが空を飛び、水に潜る
『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』
2015.08.07
読んでますカー、観てますカー
軍用機「A400」を使ったアクション
前作『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』では、ドバイのブルジュ・ハリファでのアクションが話題となった。世界一の高層ホテルで、地上828メートルでの撮影を敢行している。シリーズ第5作となる『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』には、それを上回るシーンを入れる必要があった。“インポッシブル”にもレベルの違いがあるのだ。
採用されたのは、飛行機の外側にしがみつくというアイデアだ。ポスターや予告編で紹介されているシーンである。本物の軍用機「A400」を使い、時速400kmで8回繰り返して撮影したというから恐れ入る。トム・クルーズはこの7月に53歳になった。彼が『ミッション:インポッシブル』シリーズをリスタートさせたのは1996年だから、もう20年になる。主人公のイーサン・ハントは、まったく衰えを見せない。若いころとルックスの変化が少ないことでは、トムは福山雅治とタメを張る。
このシーンはクライマックスではなく、冒頭にいきなり登場する。つまり、もっとヤバいアクションが後半に用意されているのだ。設定自体の不可能度も上がっている。前回はイーサンが属する組織のIMFが国からのサポートを受けられなくなったが、今度は組織自体が解体されてCIAに吸収されてしまう。ちなみに、IMFとは極秘諜報機関Impossible Mission Forceの略で、国際通貨基金International Monetary Fundのことではない。国連機関とCIAの戦いもちょっと見てみたいものだが。
潜水シーンもスタントなし
分析官のブラント(ジェレミー・レナー)やハッカーのベンジー(サイモン・ペッグ)も引き続き登場する。彼らはCIAのもとで冷遇されるが、イーサンとともに立ち上がるのだ。新しく加わったのが、CIA長官アラン・ハンリーを演じるアレック・ボールドウィン。彼は1990年の映画『レッド・オクトーバーを追え!』ではCIA分析官の役だったから、25年でずいぶん出世した。
イーサンの敵となるのは、正体不明の組織「シンジケート」。KGBやモサドなど、各国のスパイが集結して悪事をはたらいているらしい。とらえられたイーサンは上半身裸で手錠をかけられ、トンカチやノコギリをつかったエグい拷問を仕掛けられそうになる。彼を救ったのは、女スパイのイルサ(レベッカ・ファーガソン)だ。味方かと思いきや、後でこっぴどく裏切るから何を考えているのかわからない。美人ではあるが、角度によってたまにお笑い芸人の椿 鬼奴に見えることがある。
第二の見せ場は、発電所の給水タンクに潜るシーンだ。空の上の次は、深い水の中である。例によってこれもスタントなしでトムが頑張った。海でフリーダイビングを練習し、40メートルまで潜水できるようになったという。最終的には6分間息を止めていられるようになったというから、水中クンバカのレベルだ。彼はそれを「極めて禅的な状態」と表現していて、一種の宗教的境地に達してしまったらしい。
高性能車もモロッコの旧市街では苦戦
このシリーズは毎回監督が交代している。第1作のブライアン・デ・パルマからジョン・ウー、J.J.エイブラムス、ブラッド・バードときて今回はクリストファー・マッカリーだ。トムとは前から縁があり、『ワルキューレ』では脚本家として参加していた。本欄でも紹介した2012年の『アウトロー』の監督だ。あの作品ではトムの強靱(きょうじん)な肉体を前面に出したアクション演出をしていて、新境地を開拓した。「シェベルSS」を使ったカーチェイスでは、トムが運転テクニックを披露している。CG抜きのアナログ映像で、ちょっとしくじってぶつかった場面もカットせず、迫力のある映像に仕立てていた。
もちろん、今回もカーチェイスシーンがある。舞台はカサブランカだ。「BMW M3」で激走するのだが、この街は高性能車が実力を発揮するには条件が悪い。メディナと呼ばれるモロッコの旧市街は、曲がりくねった狭い道が続く。実際には混雑しているのだが、映画では人を入れずに撮影していた。それでも、ハイパワーを生かすことができない道なのは変わらない。
しかも、あろうことか階段を下りていく場面まである。『ボーン・アイデンティティ』では階段を「MINI」で駆け抜ける名シーンがあるが、M3は大きすぎる。メディナでさんざんサイドを削った上に階段ではバンパーをぶつけ、ひどい状態になってしまった。『ゴースト・プロトコル』で「i8」を丁重に扱っていたのとは大違いである。あの時はi8がまだプロトタイプだったから、傷つけるわけにはいかなかった。高価なクルマとはいっても、市販車ならば盛大に破壊しても怒られない。
アクションシーンがグレードアップしたのもよかったが、いちばん感心したのは脚本がしっかりしていたことだ。かなり入り組んだストーリーを、観客が戸惑うことなく理解できるように工夫してある。もちろんファンタジーではあるのだけれど、一貫した破綻のない世界を作り上げた。ビッグバジェットのシリーズものでは、シリーズを重ねると設定に頼りきった緊張感のない作品になるケースが多いのだ。トムが体を張っているだけあって、『ミッション:インポッシブル』は安心のブランドとなった。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。