トヨタ・シエンタ 開発者インタビュー
小さいからこそ、普通車だからこそ 2015.08.11 試乗記 トヨタ自動車製品企画本部
ZP チーフエンジニア
粥川 宏(かゆかわ ひろし)さん
12年におよぶモデルライフを経て一新された、トヨタのコンパクトミニバン「シエンタ」。新型の個性的なデザインやメカニズムは、どんな思いから生み出されたのか? 開発責任者の生の声を聞いた。
トヨタミニバン3つ目の柱
大型ミニバンの「アルファード/ヴェルファイア」は、市場をほぼ独占している。中型の「ノア/ヴォクシー」には「エスクァイア」も加わり、売れ行きは絶好調。残るのは小型ミニバンで、「ホンダ・フリード」の牙城を崩すという使命を担うのが「シエンタ」だ。12年ぶりとなる新型の開発を担った粥川 宏さんは、ミニバンのフルラインナップ制覇を狙うトヨタの戦略を、製品にどう表現したのか。
トヨタのミニバンが大・中・小とある中で、3つ目の柱ですね。マーケットを大きく見ると、全体がダウンサイジングに向かっています。日本はそういう市場ですから。小の部分にしっかりしたクルマを置いておかないと、いずれお客さんは違うところに行ってしまう。だから、3つの柱のひとつとしてしっかりしたものを作らなければならないという気持ちはありましたね。
――アルヴェルやノアヴォクとは、まったくデザインの方向性が違っていますね。
ミニバンをどんどん小さくしていくというアプローチではないんです。あえてこのコンパクトを買うのだから、違うニーズがあります。2ボックスの形で取り回しがいいように見えなければならないし、室内の広さとスライドドアはもちろん重要。質感でガッカリさせてはいけません。使いやすそうで、これだったら私でも乗れるわ、と思ってもらうことが大切です。
――あまりエラそうに見えてはいけない?
デンと構えてはいけないんです。軽自動車のスーパーハイト系、特にカスタムがそういう傾向ですね。小さいからこそ、小さいクルマなりの機能と用途に見合った形にしていきたい。
色だけでコンセプトを語る
――いわゆるヤンキー好みのテイストとは正反対ですね。拒否反応はなかったんですか?
8割9割の方はポジティブに受け止めていただいていますが、なんでこんな形にしたんだと言う方もいらっしゃいます。そういうお客さまがいるようなデザインでないと、あっという間に埋没してしまうでしょう。100人いて100人がいいというデザインはないですよね。100人が「まあ、こんなもんか」というデザインはあるでしょうが、そういうものを作るつもりはありません。
――12年ぶりのモデルチェンジなので、旧型ユーザーはずいぶん待たされたことになります。
12年間かわいがっていただきました。2台乗り継いだお客さまもいらっしゃいます。なかなか出なかったので、お叱りの声も……。成功したモデルの後継ですが、旧型の改良というようなステップを踏んだイメージはありません。トヨタの一番小さいミニバンでスライドドアを持つというところは変えませんが、今の時代に合ったクルマとはどういうものかを本質から考えました。
――やはり旧型からの乗り換えが多い?
まずは旧型のユーザーに声をおかけしていますが、若いファミリーの方もクルマを見にきてくれています。久しぶりに若い人が振り向いてくれているという手応えがあります。
――黄色のイメージカラーもよかったのでは?
色だけで、このクルマのコンセプトを語ってくれるんですね。普通はビビッドな色は売れないものなんですが、エアーイエローは1割近く。ほかのクルマに比べればかなり多いですね。どの色も満遍なく出ています。グリーンや赤も好評です。
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軽のカスタムモデルに対抗できる価格
軽自動車の質感が向上し、魅力的なデザインのモデルが増えてきた。室内空間も広く、コンパクトミニバンと軽ハイトワゴンを比較して購入するのは珍しいことではない。粥川さんは、はっきりとしたアドバンテージを見せつけなければならないと考えた。
大きな普通車から軽自動車にダウンサイズする方がいらっしゃるのは事実です。それは、われわれがちゃんとしたクルマを提供できていないから。軽ではできなかったことが、普通車のコンパクトなら実現できる。そういうことをお見せしなくてはいけないという気持ちがありました。
――価格帯もかなり接近してきていますね。
ガソリン車は168万9709円からありますから、軽自動車のカスタムモデルに十分対抗できます。確かに、税金は軽のほうがちょっと安いかもしれません。でも、コンパクトには安くてオシャレで使い勝手のいいものがあるじゃないかと気づいてほしいですね。
パワーユニットにハイブリッドを初採用したことが、今回のモデルチェンジのトピックだ。27.2km/リッターというJC08モード燃費は大きなアピールポイントになっている。ガソリン車も20.6km/リッターと優秀な数字で、どちらを選ぶかは悩ましいところだが……。
どちらがメインということはなく、五分五分のイメージです。コンパクトを選ぶ方は価格に敏感ですが、このクラスにハイブリッドが欲しいというお客さまがいるのも事実です。大きく見ると、ダウンサイズの方はハイブリッドを望まれる傾向があります。特に年配の方ですね。若い方は、気軽で使い勝手が良くて子供の送り迎えもできてという考え方でガソリン車を選びます。ガソリン車も今回燃費は頑張りましたから。
――次期「ホンダ・フリード」は1リッターのダウンサイジングターボを搭載するといううわさがありますが、シエンタに1.2リッターターボを積むことは考えたんでしょうか?
まったく考えませんでした。これは旅行に行ったり買い物に行ったりするクルマで、高性能ターボが欲しいというお客さまはあまりいらっしゃらないんです。値段も高くなって、ハイブリッドとかぶってきます。
――このデザインはフランスあたりでもウケそうですね。ヨーロッパで売るなら、1.2のターボがいいのでは?
結構ラテンっぽい顔をしていますからね。何とも言えないですが、海外で売るという話は、あまり聞こえてこないですね……。
微妙な言い方である。簡単にはいかないだろうけれど、ヨーロッパ人にもこの“お・も・て・な・し”の心が詰まった日本のミニバン文化を伝えられないものか。粥川さんには、その意欲があるように感じられた。
(インタビューとまとめ=鈴木真人/写真=田村 弥)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。