第772回:イタリアのメディアも続々報道 やっぱり何かに似ている新型「トヨタ・シエンタ」
2022.09.01 マッキナ あらモーダ!主要紙も“パンダ感”を指摘
普段は女房に対して怒らない(怖くて怒れない)こともあって、感情の起伏を表に出すのが苦手な筆者である。だが、今回ばかりは悲しみをあらわにしたくなった。きっかけは、トヨタ自動車が2022年8月23日に発表した新型「シエンタ」だ。イタリア在住の筆者がこの新型車を一見した途端、とっさに抱いたのは「これまでの努力が水泡に帰した」という虚脱感であった。
新型シエンタのデザインは、3代目「フィアット・パンダ」(319型。2011年発表)に極めて似ている。なお、以下は実車ではなく、イタリアからいずれもメーカーによる資料と動画を観察しての感想であることをお断りしておく。
「自分だけか?」と心配になった筆者は、周囲のイタリア人にも聞いてみることにした。彼らには、シエンタのエンブレムや車名がわかる部分を画像処理した写真をSNSで送り、ブランド名を当ててもらうことにした。
最初に見てもらったのは、現役のフィアット販売店営業スタッフである。彼の答えは、「フランス市場向けの新型パンダだろう」というものだった。恐らく車両の背景の雰囲気や、ステランティスがフランス系ブランドも包括していることに惑わされたのであろう。ともあれ、筆者がトヨタ製の最新型車であることを明かすと、このような答えが返ってきた。
「今日までイタリア製品のコピーといえば中国だったが……ついに日本まで!」
次に、別のフィアット販売店で働く営業スタッフにも写真を送信してみた。「トヨタだよ」と即答してきたので聞けば、「すでに記事を読んだよ」と言う。3人目は、英国系ブランドのセールスパーソンだ。彼も「ハハハ、トヨタだよ」と返答してきた。そして「トヨタ・シエナ(Sienna)だ」という。彼は米国で販売されているミニバン、シエナと勘違いしたらしい。
彼らの言葉にちょっとした予感がして、インターネットを閲覧してみた。すると、イタリア系自動車メディアの電子版もシエンタを日本発表早々に取り上げていた。その数は本稿を執筆している8月25日時点でも10以上にのぼる。一部の見出しを紹介しよう。
「新しい大型パンダ? いいえ、トヨタ・シエンタです」(アル・ヴォランテ/8月23日)
「フィアット・パンダのクローン」(アウトプローヴェ/8月23日)
「パンダに似た日本のマルチスペース」(モーターワン/8月24日)
「ああ、私にはフィアット・パンダに見える」(アウトパッシオナーティ/8月24日)
「新シエンタはパンダに似ている」(フォーミュラパッション/8月24日)
イタリアを代表する自動車誌『クアトロルオーテ』もしかり。8月24日に「もしかしてお目にかかりました?」と諧謔(かいぎゃく)を弄(ろう)したタイトルとともにシエンタを解説している。
自動車メディアだけではない。イタリアを代表する伝統的な日刊紙『コリエッレ・デッラ・セーラ』の電子版さえも“日本版パンダ”として紹介している。インターネット界のスラングで言うところの“祭り”状態だ。欧州未導入車としては、過去に例を見ない報道ぶりといえる。2008年に中国・長城汽車が明らかに2代目パンダを意識したデザインの小型車「ペリー」を発売したことも、過剰反応を引き起こしたと筆者は想像する。
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どこが似ているのか?
なぜここまでフィアット・パンダに近似しているように見え、指摘されるのか。筆者は分析してみた。
まずフロント部だ。ブランドのエンブレム上端の形状を引き継いで後方へ流すフロントフードの隆起とともに、左右ヘッドライトを細いガーニッシュで結ぶ手法である。参考までにフィアットは、現行エンブレムをニューモデルから順次廃止してゆく。そのため、同様の処理は今後反復されないであろう。太い横バーにナンバープレートを配したラジエーターグリルは、フィアットが2009年の「プントEVO」で初めて導入したものである。当時、イタリアの自動車紙には「歯列矯正のブラケットをしている人に見える」といった投稿が見られたものだ。3代目パンダは、プントEVOのそれを反復したものである。
側面を観察すると、近似性は決定的となる。ブラックアウトしたCピラーと直後に続く上端・下端を絞ったクオーターウィンドウ、サイドにまで回り込んだ縦型テールランプである。参考までに、横方向への広がりを強調したサイドウィンドウはパンダだけでなく、翌2012年発表の「500L」にも見られる。双方のデザイン開発を主導したフィアットデザインセンターのデザイナー、ロベルト・ジョリート氏が500L発表の際に明かしたところによれば、ヒントとなったのは建築家ル・コルビジュエの傑作「サヴォワ邸」だったという。
下降しながらそれらに覆いかぶさるルーフラインは、3代目パンダだけでなく、その先代である2代目パンダを即座に想起させる。
さらに、ドアハンドル直下に貫通するキャラクターライン、前後ドアに貼られた太いプロテクターモールと、そこに凹型に押された車名も、パンダを思い出させるに十分だ。
また、前フェンダーと後フェンダーから伸びる黒い樹脂パネルも、形状は異なるが「パンダ クロス4×4」のムードだ。
シエンタのカタログで最も紹介されているボディーカラー「アーバンカーキ」も、2022年時点のパンダ本国仕様における標準色のグレー「グリージョモーダ」や、パンダ クロスの一部色を想像させる。
インテリアに関して言えば、一見したところエクステリアよりも近似性は薄い。テキスタイルをはじめとする質感表現も異なる。しかし、新型シエンタのダッシュボードは従来型より直線基調となり、より多くのモノが載せられる形状にしたことで、これもパンダを即座にイメージさせる。
以上はデザイン的・スタイリング的な観点であるが、シエンタがフィアット・パンダを参考にしたのが偶然でないことを筆者が確信したのは、トヨタの広報資料であった。「シンプルなモチーフ『シカクマル』。コーナー部を丸くしてコンパクトに見せ、取り回しの良さにもつながるシカクマルシルエット」とつづられている。
フィアットデザインセンターのロベルト・ジョリート氏が込めたアプローチのキーワードは「スクワクル(squicle)」だった。正方形(square)と円(circle)の合成語であるそれは、双方の中間を意味する。ジョリート氏が『ラ・スタンパ紙 電子版』に語ったところによれば、スクワクルは、正方形の効率性と堅牢(けんろう)性、円形の心地よさと柔軟性を兼備している。アップル社製品の数々にも取り入られていることでも知られる。実際パンダには、内外装の双方にスクアクルが反復されている。シエンタの解説に「スクアクル」の文字は見られないが、ジョリート氏が十数年前のデザイン開発で到達した形状と、同じ方向を目指している。
では、なぜ筆者個人が残念に思ったのか。背景にあるのは、イタリア在住四半世紀の体験である。
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「アジア専用モデルだから」は通用しない時代
筆者がイタリアに住み始めた1996年頃、この国では「日本人=コピー民族」という認識がまだ根強かった。自動車イベントで写真を撮っていると、たとえプレスのバッジを提げていても、「今日は何をスパイ撮影に来たんだ」と、飽きるほどからかわれた。「スバル1000」の水平対向エンジンは「アルファ・ロメオ・アルファスッド」のそれをコピーしたものであると決めつける人は少なくなかった。本当のデビューはスバル1000が1966年、アルファスッドは1971年である。
2004年7月、フィアットのデザイン幹部に面会したとき、筆者が日本出身であることを知った相手からは、あいさつがわりに「ホンダに『ムルティプラ』をコピーされましたよ」と苦笑された。彼が言っていたホンダとは同じ月に発表されたばかりの「ホンダ・エディックス」だ。ムルティプラの肝ともいえる3座×2列=6人乗りレイアウトをエディックスも採用したのを指摘したのである。
近年は、イタリア人の世代交代(日本アニメで育った世代の台頭)と、日本車のデザイン・機構両面における独自性向上のおかげで、からかわれる機会は極端に減った。逆に熱心な日本車ファンから「いつかお前の国に行ってみたいものだ」と声をかけられたり、インターネットで覚えたという日本語で果敢に話しかけられたりするようになった。さらにはインバウンド潮流に乗って日本を訪問したイタリア人から、筆者が一生行かないであろう地方の土産話も聞かされるようになった
こうしてプラス方向に転じた日本のイメージを、シエンタは再び「コピー民族」に戻してしまう恐れがある。在留邦人としては、なんとも肩身が狭いのである。
それ以上に筆者が残念なのは、近年のトヨタデザインに対する高い評価が水泡に帰す恐れがあることだ。
1999年の初代「ヤリス」から、欧州におけるトヨタデザインの評価は格段に向上していった。近年同様に評価されているのは「C-HR」であり、最新例では「アイゴX」である。フランス南部ニースのデザイン拠点「ED2」主導で開発されたそれらのトヨタ車は、他ブランド製高級車を買っても手に入れられない、独自のアイデンティティーを備えていたからである。
「欧州未導入車だから、多少似ていてもいい」という言い訳は、もはや通用しない。われわれはインターネットの時代に生きている。最新例では、若年層の酒離れを解決すべく日本の国税庁が日本酒類の発展・振興用アイデアを募集したニュースは、イタリアでも『クオティディアーノ・ナツィオナーレ紙 電子版』が8月18日「日本、若者にアルコールを薦める」の見出しとともに動画付きで伝えている。
自動車の情報もアジア専用であろうがなかろうが一瞬にして世界に、それもアマチュアレベルにまで伝わり、議論が始まってしまう。結果として、10年ほど前の中国製コピー車と同列で語られてしまうのである。極めて残念なことだ。
心意気を見せてほしかった
「参考にする行為は進歩に不可欠である」という意見もあろう。実際に美術はそうして進歩してきた。しかし、参考にするには、正しい方法がある。
ギリシア/ローマ神話やキリスト教を題材とする絵画や彫刻は、アトリビュートといわれる登場人物のしぐさや持ち物、服装の色を守りながら、作家の作風や表現法を盛り込みながら発展をみた。マセラティのシンボルとしてもおなじみの海神ネプチューンは、その好例である。「三叉(さんさ)の槍(やり)」や「イルカ」をアトリビュートとしながら、さまざまな画家や彫刻家が腕を振るってきた。鑑賞する人々は、作者がいかに独自かつ新規の解釈を加えているかで作品を評価してきたのである。
ここで強調しておきたいのは、自動車におけるアトリビュートに相当するのは「形状ではない」ということである。灯火類や衝突安全性をはじめとする世界の保安基準や、プラットフォームだ。そうした決まりごとをクリアしながら、いかに独自性あふれるカタチをつくるかがデザイナーの力量なのである。
その歴史的好例はフェルディナント・ポルシェである。パウル・ヤーライの空力理論を参考にしながら彼が設計した「フォルクスワーゲン・タイプI」は、従来両立し得なかった流線形と実用性を高い次元で両立した。
恐らくシエンタのデザイナーは、7人乗り・スライドドア付きであることをはじめ、細部の造形や表現がパンダと異なること、パンダよりも高い機能性について筆者に解説してくれるだろう。それらの大半は正しいに違いない。とりわけ使い勝手においては、オフィシャル動画を見る限り、明らかにパンダに勝っている。わが女房も気配りの利いた各機能を絶賛した。
しかし欧州においては、オリジナリティーある造形意欲が弱いプロダクトは、その時点で評価の対象外となる。そうした意味で今回のシエンタは、世界一の生産台数を誇る自動車グループが採用するデザインではないと筆者は考える。トヨタ幹部がダメ出しをしなかったことに、筆者は深い憂慮の念を抱くのである。参加したデザイナーには、最終案がパンダに近似していたものになりかけたと気づいた時点で、職を辞するくらいの心意気を示してほしかった。将来彼らが欧州ブランドに転職する際、ポートフォリオとして堂々と見せられる仕事をしてほしいのである。
では、どうすれば良いのか?
デザイナーには旅をさせよ
憂うべきは、昨今のリモート会議だ。スクリーンという空間を通じて、「これでは◯◯そっくりではないか」と本音を言ってくれる人は、リアルな面会よりもさらに減る。だから、デザイナーには旅をさせる必要がある。
2013年に筆者がジョルジェット・ジウジアーロ氏にトリノでインタビューしたとき、彼は若いデザイナーに必要なこととして「半年に1回、もしくは年に1回、新しいものを見せるオーガナイズが必要だ」と説いた。具体的には「さまざまな街を訪ね、美術館を見学し、人々が何を話し、どのように暮らしているかを観察することが大切なのだ」と説明してくれた。そして「日本メーカーは、もっと積極的に欧米を見学させ、クルマ以外のものに触れさせるべきである」と強調した。
ここからは筆者の見解だが、デザイナーが製品の市場となる人々と接し、会話を重ねれば、参考にするときの正しいやり方や、何が模倣として見下されるかということを自然と体得できるはずだ。そもそもイタリアで、街なかから農村まであまねく行き渡っているパンダの姿を目にすれば、一瞬でもそれを感じさせるデザイン要素を取り入れるのが正しい行為であるかどうかがおのずとわかってくるはずである。デザイナーに出張旅費や有給休暇を出し惜しむメーカーに未来はないと、はっきり言っておく。
30車種ものフェラーリのデザインで知られるレオナルド・フィオラヴァンティ氏を2016年にインタビューしたときのことだ。彼は「設計することを意味するイタリア語のプロジェッターレ(progettare)とは、どのような意味かわかりますか?」と筆者に質問した。筆者が答えられないでいると、彼は「proは前進、gettareは投げる、つまりどこに飛ぶかわからないまま投げることです」と説明し、こう付け加えた。「それこそがデザインであり、ゆえに永遠の仕事なのです」
氏の言葉を筆者流に解釈すれば、投げる手本をなぞるのはデザイナーの仕事ではない。どこに落ちるかわからないまま投げ続ける、苦しくもエキサイティングな作業こそがデザイン活動なのである。
と書き終えたところでスマートフォンを見たら、前述の「イタリア製品のコピーといえば中国だったが……ついに日本まで!」と答えたフィアット営業マンから追加のメッセージが届いていた。「要するにイタリア製品というのは、常に羨望(せんぼう)の的ってことさ」。筆者はお礼がわりに「つうことは、お前も東京に行ったら大モテだぜ」と返信しておいた。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ステランティス、トヨタ自動車、本田技研工業/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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