トヨタ86プロトタイプ(FR/6MT)【試乗速報】
その名もハチロク! 2011.11.27 試乗記 トヨタ86プロトタイプ(FR/6MT)いよいよその日がやってきた。「トヨタFT-86コンセプト」の公開から2年、量産型プロトタイプのステアリングを、伊豆のサイクルスポーツセンターで握る。
軽く素直な操縦感覚
スターターボタンを押すと、一瞬、ボクサーエンジンのビートが感じられた。「トヨタ86」のフロントに搭載されるのは、2リッターの水平対向エンジン。スバル由来の4気筒を、ボア×ストロークをスクエアタイプに変更し、「筒内直噴/ポート噴射」切り替え可能な燃料噴射機能を付与して21世紀のハチロク用としたものだ。
テスト車のトランスミッションは6段MT。軽いクラッチペダルを踏み、ギアをローに入れて走り始める。と、100mも行かないうちに、「コレは!」と、ニューモデルへの期待が高まった。思いのほか、軽く、ソリッドな印象。アクセル操作に対するエンジンのレスポンスが健やかで、フラット4のサウンドの高まりと比例して、86はリニアに速度を上げていく。
ステアリング操作に対する反応も素直だ。鼻先の動きが鈍くないのはもちろんだが、一方で神経質なところがない。ゲインの高さが順当で過敏な味付けではないから、ステアリングを切るたびに、ドライバーを過度に緊張させない。右へ、左へ、クローズドコースの、ややきつめのカーブが続く登り坂を走らせながら、86への好感度がどんどん高まっていく。
ステアリングを切った際のロールのしかたが自然だ。カーブを曲がるにしたがって、ゆるやかにボディーが傾いていく。タイヤのグリップが極端に高くないので、クルマの限界がわかりやすい。タイヤサイズは215/45R17と、最近のスポーツモデルとしては控えめなもの。行きつけのサーキットで、絶対的なタイムを削りたいユーザーには、ノーマルのままだとちょっと物足りないかもしれないが、普段使いで、峠で、適度に「攻めて」、ほどよくエキサイトしたい人にはオススメだ。手軽に手の内に入れたかのドライブ感覚を楽しめる。
機能美を追求したデザイン
86は、富士重工との提携を生かし、新型「スバル・インプレッサ」のコンポーネンツを活用してトヨタ流に仕上げたFRスポーツである。2リッターフラット4のボア×ストロークは、「トヨタのスポーツモデル伝統の」とうたわれるスクエアタイプ(86×86mm)となり、200ps/7000rpmと20.9kgm/6600rpmを発生する。組み合わされる2種類のトランスミッションは、AT、MTともコンベンショナルなもので、前者がトルクコンバーターを用いた6段AT、後者が3ペダル式の6段MTとなる。
86のフォルムは、遠目にも後輪駆動とわかる長めのノーズが特徴。後方へいくにつれすんなり落ちるルーフラインが、キャビンをコンパクトに見せている。ルーフは正面から見ると中心部が凹んだパゴダタイプで、エンスージアスティックな魅力に加え、空力的にも効果があるという。リアのディフューザーだけでなく、フロントの底面、リアライトの角などに、空気の流れをスムーズにする細かな工夫が施された。21世紀のスポーツモデルは、ダウンフォースだけでなく、日常燃費の向上にも留意しないといけないのだ。
ドアを開けると、座面、背もたれともサイドサポートが目に付くセミバケットシートが待っている。当たりが柔らかく、オシリと腰まわりのホールド感がいいシートで、走行中にはクルマとの一体感を高めてくれる。エンジニアの方の口から、「このクルマはマニュアル(トランスミッション)がありますから、ギアを操作するときにサイドサポートの張り出しが邪魔にならないよう、気をつけました」というフレーズを聞いて、「久々にMTモデルの話が出たなぁ」と、なんだかうれし懐かしく思った。
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パーツの確保に苦労
「ハチロクを復活させる気はなかった」とは、86の開発をとりまとめた多田哲哉チーフエンジニア。「ハードではなくソフト。ユーザーみんなでクルマを盛り上げる、86の精神をよみがえらせたかった」と話す。
「今の時代、お金持ちには魅力的なスポーツモデルがそろっているけれど、そうではない、誰もが買えるスポーツカーが造りたかった」。そのため、お金のかかるターボ、4駆はNG。2ペダル式MTたるロボタイズドタイプのMTもパス。タイヤはできるだけ一般的なサイズを採用した。「トランクとリアシートに走行会用のタイヤを積めば、サーキットに86、1台で行けますから」。そんな言葉をトヨタのチーフエンジニアから聞くのは、新鮮だ。
一番大変だったことは何ですか? とうかがうと、「トヨタの中に流用できるパーツがほとんどなかったこと」とのこと。時代がエコに流れ、ハイブリッドやスペース効率を追求したミニバンは数あるが、いざそれらのパーツをスポーツカーに使おうとすると難しかったという。
たとえば、前:マクファーソンストラット、後:マルチリンクの足まわり。基本はインプレッサと共通だが、取り付け位置を変え、言うまでなくジオメトリーも変更している。エンジンフードを低くするために、アッパー側の取り付け点を低くして、若干、外側に傾ける。さらにエンジンをできるだけ後方に置くために、ロアアームは上下ひっくり返してフロント側にアームを伸ばすといった、創意工夫が必要だった。
スバルからのフラット4には、「環境性能を上げるため」、ほとんど新開発といっていいほど手が入れられている。平たく低いボンネットを開けると、想像以上に低い位置にエンジンが置かれていることに驚く。水平対向エンジン元来の長所であると同時に、4WDを捨ててFRに特化した恩恵である。86の重心高は、リッチなスポーツカーに匹敵する低さを誇るのだ。
余談だが、エンジンマウントの位置は、スバルのそれから変えていないそう。もしかしたら、86にスバルのターボエンジンを積むチューナーが出てくるかもしれない。
これで市場が反応しなかったら……
86のチーフエンジニアに、「いまの時代、復活させるのはハチロクではなく、ヨタハチ(トヨタ・スポーツ800)だったんじゃないでしょうか」と冗談半分に水を向けると、「そうなんです」と多田哲哉さんは膝をたたいた。「軽量、水平対向、FR。トヨタの伝統といえる要素が詰まっていますから!」。
うーん、そう解釈するのか、と多田さんの答えに感心する。試乗後に開かれた説明会では、トヨタのスポーツモデルの源流である「トヨタ・スポーツ800」のコンセプト、「トヨタ2000GT」の均整の取れたスタイル、そして「ユーザーが遊んでくれる」手頃なFRスポーツ、ハチロクの世界観を復活させたのが、新しい86である、とキレイにまとめられていた。
聞くところによると、86は、社長直轄のプロジェクトとして、通常では3回にもなる役員による内覧会(?)をすっ飛ばして開発されたという。「Built by passion, not by committee」との標語が、説明用のスクリーンに映し出されていた。心の中で拍手したプレス関係者も多かったのでは。
スポーツカーやスポーツクーペは、数が出るクルマではないから、ビジネスの面から見ると、存在が難しい車種である。かつては「安価なクーペ」「街乗りに使えるミドシップ」「マッチョなターボ」「ワールドラリーの覇者」と、さまざまな趣味性の強いモデルをラインナップしていたトヨタだが、あらためて今のラインナップを見渡すと、旧来のクルマ好きには寂しいばかり。そこに「大トヨタのおごり」を見ることができるかもしれない。一昔前の「GM対日本車」の関係が、「トヨタ対韓国車」と役者を変えて繰り返されていると言ったら、言葉が過ぎようか。86のようなモデルは、ユーザーの意向と嗜好(しこう)をくみ取らなければいけない自動車メーカーにとって必要だと思うし、そう信じたい。
ちなみに、86のラインでは年間10万台の生産が可能だという。ラインを維持するためには、月4000台がひとつの目安だとか。86は、これで市場が反応しなかったなら、「スタイルを愛(め)で」「エンジンサウンドに痺(しび)れ」「ドライブフィールに昂(たか)ぶる」といった守旧派クルマ好きが、いよいよ死に絶えてしまった証しではないのか。そんな先走った心配をしてしまうほど、魅力あるクルマだ。以上が杞憂(きゆう)であることを、願ってやまない。
(文=青木禎之/写真=小林俊樹)

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。
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