第108回:白昼のトラック強盗――かくも野蛮だったアメリカ
『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』
2015.09.30
読んでますカー、観てますカー
最も暴力的な年は1981年
この映画の原題は『A Most Violent Year』である。最も暴力的な年。それは、カウボーイが活躍した頃でもなければ、アル・カポネが勢力を伸ばしていた時代でもない。1981年のニューヨークが物語の舞台なのだ。ごく最近ではないか。アメリカは世界で最も近代的な文明国家として確固たる地位を築いていたはずなのに、統計では一番犯罪が多かったのがこの年なのだという。華やかな街の裏側では恐ろしくワイルドな争闘が行われていた。
アメリカン・ドリームを信じた男の話である。貧しい移民だったアベル(オスカー・アイザック)は、灯油会社スタンダード・ヒーティング・カンパニーの社長として成功を収めていた。新たに土地を購入して、さらなる事業の拡大を目指す。全財産を投入して手付金を払ったので、契約完了のためには30日以内に残金を渡せばいい。銀行から融資の約束を取り付けてあるから、これで業界のトップに立つことは確実になった。
ひとつだけ懸念材料があった。灯油を運ぶトラックが襲撃される事件が頻発していたのだ。手口は乱暴で荒っぽい。トラックの前にクルマを停めて進路をさえぎり、運転手を殴って引きずり下ろす。トラックごと灯油を強奪するのだ。中身を抜いてタンクに流し込み、トラックをどこかに乗り捨てれば作業は終了。証拠は何も残らない。6000ドル分の灯油がただで手に入る。まるで『仁義なき戦い』の時代のような野蛮さである。繰り返すが、これは1981年の話なのだ。
Sクラス2台持ちは嫌われる?
映画の中だけではなく、同様の事件は本当に起きていた。盗まれたのは実際には灯油ではなく、洋服である。マンハッタンのミッドタウンで、最新のファッションアイテムを満載したトラックがたびたび襲われていたのだ。エンパイア・ステートビルのすぐそばで、ならず者たちが凶行の限りをつくしていた。
現在では、このような犯罪は成立しないだろう。誰もがスマホで写真を撮ってSNSにアップするからだ。犯罪の現場写真はすぐさま拡散され、街を歩く人によって逃走車は追跡される。テクノロジーの進歩によって、犯罪者には厄介な状況が生み出された。
しかし、1981年には携帯電話さえない。警察も頼りにならず、犯人を探しだすのは困難だ。同業者の可能性だってある。ライバルに打撃を与えた上に自らは利益を増やせるのだから一石二鳥だ。アベルの会社は急成長していて、昔からやっている業者の中には売り上げを落としているところもあるだろう。やっかみがあってもおかしくない。
そもそもアベルは灯油業界の中で浮いた存在だ。ほかの連中とは異なる文化を持っている。着ているものを見てもそれはわかる。やぼったい上着を着ているオヤジたちの中で、ひとりだけアルマーニでスカしている。郊外に豪邸を構え、早朝にはジョギングで体を鍛えている。ビール腹のやつらのことは見下しているに違いない。
乗っているクルマにも、階層の違いが見て取れる。ほかの人々が「キャデラック・ドゥビル」や「フォードLTD」などを選んでいるのに、アベルの愛車は「メルセデス・ベンツ」だ。しかも、「380SEL」と「380SEC」の2台持ちというのがいけ好かない。オツに気取ったヨーロッパかぶれのことを、同業者たちは日ごろからいまいましく思っていたはずである。
公正さを貫くうちに追いつめられる
アベルは常に高潔さと品格を求めている。洗練されたライフスタイルは、彼の清廉な心が形となって現れたものだ。ビジネスでは公正さを心がけ、もうけ第一主義はとらない。強欲であることは自らの信条に反する。正しいやり方を貫いて今の地位を築き上げたのだ。
だから、妻のアナ(ジェシカ・チャステイン)が強盗に対抗するために自分の家族に相談したいと言っても拒絶した。彼女の父は闇の稼業に手を染めている人間だ。相手が犯罪者であっても、悪党の力を借りたのでは彼らと同じ側に立つことになってしまう。
あくまで法による解決を望むアベルは、地方検事のローレンス(デヴィッド・オイェロウォ)に助言を求めた。彼はアベルの会社を企業犯罪の疑いで調査していた人物である。ほかの灯油会社の情報も持っているはずで、窃盗団の正体がわかるかもしれないと考えたのだ。しかし、彼は頼みを拒絶したばかりか、アベルを脱税で告発するつもりだと告げる。
アベルは次第に追いつめられていった。新居には夜中に銃を持った不審な男が現れる。灯油強盗は終息する気配もなく、運転手の組合からは対抗手段として銃の所持を認めるよう求められる。そして、土地買収の残金を支払う期限が迫ってきた。
ブラック企業のような言動
アベルは、それでも希望を捨てていなかった。資金を調達するために走り回り、新たな顧客獲得を試みる。営業部員たちには、説得の技術を直々に教えこんだ。
「うちの製品がいかに優秀なのかをゆっくりと話し、そのまましばらく沈黙しろ」
「客の目を見る時、うちのほうが優れていると信じるんだ」
そう話す彼は、何かにとりつかれているようにも見える。カリスマ性があるとも言えるが、ブラック企業のトップにありがちな言動だ。
フェアでクリーンな経営を心がけ、必死に働いて事業を拡大した。成功は努力のたまもので、法に照らして恥じるようなことはしていない。検事は見当はずれの容疑で告発しようとしている。アベルの主観では、そういうことになるのだろう。ただ、それは一方的な見方だ。商売がうまくいっていたのは、彼だけの功績なのだろうか。彼がクリーンでいられたのは、裏で誰かの助けがあったからではないのか。
最も暴力的な年に、ひとりだけが悪と無縁でいることは不可能だ。アメリカン・ドリームが幻想であることは、アメリカ人以外はみんな知っている。そして、男がバカで女が邪悪であるというのは、ハリウッド映画の底に流れるテーマだ。映画を観た後に、『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』という邦題がいかに意地悪なものであったかを理解することになる。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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