マクラーレン570Sクーペ(MR/7AT)
マクラーレンの本質が宿っている 2015.11.21 試乗記 マクラーレンの「スポーツシリーズ」の第1弾となる「570Sクーペ」がいよいよ公道に降り立った。ファーストドライブの舞台は南ポルトガル。一般公道試乗のほか、アルガルヴェ・サーキットで570psを解放して、その実力と魅力を徹底的に探った。ライバルは650S
「570Sの開発に際しては、どのようなポジショニングにするかの議論に長い時間を費やしました」 マクラーレン・オートモーティブのチーフテストドライバーであるクリス・グッドウィンは私にそう打ち明けてくれた。「ライバルとの関係についてももちろん議論しましたが、中心となったのは『650S』との違いをどのように設定するかにありました」
「ポルシェ911 GT3」の好敵手になるとかねてより噂(うわさ)されていたマクラーレン570S。彼らの基幹モデルである650Sとのスペック上の主な違いは、(1)エンジンパワーが80ps低められて570psとされたこと、(2)ボディーパネルがカーボン製からアルミ製に変わったこと、(3)一般的なロールバーを不要にしたプロアクティブ・シャシー・コントロール(PCC)サスペンション・システムが省かれたこと、(4)可変式空力パーツを装備していないこと、の4点に集約できる。
そのいっぽうで、成長著しいマクラーレン・オートモーティブは650Sにはない新機軸を570Sに盛り込んでいる。例えば、マクラーレンの最大の特色でもあるカーボンモノコックはサイドシルを8cmも下げて乗降性を改善したほか、キャビンにはグローブボックス、ドアポケット、ドリンクホルダーなどの収納スペースを新設したうえにバニティーミラーまで装備。また、現行のフランク・ステファンソン+ロブ・メルヴィル体制になる以前にデザインされた「MP4/12C」の面影を受け継ぐ650Sに対し、570Sには彼らふたりが生み出したシュリンク・ラップト・デザインが全面的に採用されていることも見逃せない魅力といえる。
では、そうして完成した570Sはいかなるスーパースポーツカーだったのか? 順にリポートしていこう。
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実用性に磨きをかける
これは今年の上海ショーで570Sに初対面したときにも感じたことだが、エクステリアデザインは文句なしに素晴らしい。全体的なプロポーションは650Sに似ているが、ぜい肉を削(そ)ぎ落としたシャープなデザインに生まれ変わっており、スポーツカーらしい凝縮感と軽快感に溢(あふ)れている。アルミ製となったボディーパネルの品質感も良好で、門外漢が見れば650Sよりこちらのほうがひとクラス上に思われるのではないだろうか?
乗降性が改善されたことは、これまでのマクラーレンに乗った経験のある向きであれば直ちに気がつくくらい、大きな変化だ。サイドシルを低くすれば、その部分のモノコックの断面積も小さくなって剛性の低下は避けられない。そこでマクラーレンはこの部分を従来よりも肉厚にすることで従来モデルと同等の剛性を維持するいっぽう、素材や設計に工夫を凝らすことで重量増を最小限に抑えている。こうした部分にも、F1を戦うマクラーレンのノウハウが生かされているのだろう。なお、MP4/12Cや650Sのカーボンモノコックはモノセルと呼ばれていたが、570Sではその名称がモノセルIIに改められた。
同じくモノコック関連では、Aピラーの根元を外側に移動して居住スペースの拡大を図ったというが、これも乗り込めば一目瞭然。しかも、カップルディスタンスも広げられたようで、いままで以上にゆったりとくつろげるほか、マクラーレンの特色でもある視界はさらに改善され、もはやスーパースポーツカーに乗っているという印象は皆無に等しい。
そのほか、センターコンソールが上下2分割になったり、エアコンの操作部が左右のドアからセンターコンソールに移設されたりといった小変更はあるものの、全体的なレイアウトや操作性は650Sのものを踏襲している。前述したセンターコンソールのデザイン変更もあって、視覚的な軽快感というか開放感は650Sを上回るいっぽうで、使われている素材のクオリティーが650Sより下がっているとは思えない。
ひととおりの観察が終わったところで、センターコンソール上のスタート・ストップ・スイッチを押し込んでエンジンを始動させ、引き続きプッシュ式となるセレクタースイッチでDレンジを選ぶと、アルガルヴェ・サーキットに向けて570Sを走らせた。
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しなやかな乗り心地に脱帽
私はもともと、ロールバー(スタビライザー)を強く効かせたクルマの乗り心地があまり好きではない。せっかくスプリングを柔らかくしても、ロールバーの影響で期待したほどハーシュネスはよくならないし、足まわりがスムーズに動いている印象も薄まるからだ。だから、ロールバーの代わりに4輪のダンパーの油圧回路を連結することでロールなどボディーの動きを抑制したPCCサスペンションがもたらすマクラーレンの乗り心地にほれ込んでいたのだけれど、前述のとおり、570SにはPCCサスペンションが与えられず、一般的な機械式ロールバーが装着されることになった。
私は、マクラーレンのこの判断に軽い疑問を抱いていた。いくらエントリーモデルとはいえ、570Sの価格は2000万円を軽く超える。だから、PCCサスペンションがどれだけ高価か知らないが、コスト的に絶対に折り合わないとは思えない。そこで今年4月の上海ショーでマクラーレンの技術部門を統括するマーク・ヴィネルズにインタビューした際、この疑問を投げかけてみたのだが、そのときの彼の答えは「乗っていただければわかります」というもの。そこで、私はやや釈然としない思いを残したまま、およそ半年後のこの日を迎えることになった。
決して路面がいいとはいえないポルトガルの一般道を走りながら、私は570Sの快適な乗り心地に度肝を抜かれていた。車高の低いスーパースポーツカーゆえ、サスペンションストロークがそれほどあるとは思えないのに、深いうねりを強行突破しても、ちょっとしたくぼみにタイヤを落としても、不快な衝撃が伝わってくることは皆無。どこまでもしなやかに路面を追い続けるだけで、バンプストップラバーに当たる感触がまるで伝わってこないのだ。したがってロードホールディングも良好、ハードコーナリング中に路面の不整にでくわしてもまったく姿勢を崩すことなく、そのまま走り抜けてしまうのである。この安心感は何物にも代え難い。
マクラーレンでチーフテクニカルオフィサーを務めるカルロ・デラ・カーサは次のように語った。「私たちはロールの絶対量を抑制するのではなく、ロールスピードのコントロールに注力することにしました」。なるほど、そうだったのか。ロールスピードのコントロールであれば、重要な働きをするのはロールバーではなくダンパーとなるはずだ。カルロにそう指摘すると、「ええ、そのとおりです。おかげで、ロールバーは効きがごく弱いものを使っています」との答えが返ってきた。マクラーレンらしい乗り味が570Sにも息づいている理由は、この点にあったのだ。
いっぽう、ステアリングのギア比は650Sよりも3~5%ほど速くなったという。その理由は「アジリティーの改善」と説明されたが、おそらくPCCサスペンションを失ったことと無関係ではないはず。個人的には、ステアリング中立付近のゲインがより低く感じられる650Sのほうが好みだが、ものの10分と走らないうちに570Sのステアリングフィールがすっかり身体に馴染(なじ)んできた。
操る楽しさは上級モデルに劣らない
570psのエンジンは、650Sよりもレスポンスとトルクカーブが改善され、さらに素直でリニアリティーの高い反応を見せるようになった。もはやターボエンジンの悪癖は完全に姿を消し、12Cとは別物の扱いやすいエンジンに仕上がっていたといってもいいくらいだ。とはいえ、650psを絞り出す650Sとはトップエンドのパワー感がまるで異なるのも事実。650Sでは、7000rpmを超えたあたりから爆発的なパワーがわき出て、さしもの極太Pゼロも悲鳴を上げそうなくらい強烈なダッシュ力を披露するが、570Sは前述したリニアリティーの高さも影響してか、恐怖感を覚えるほどのこともない。それでも0-100km/h加速は3.2秒、0-200km/h加速は9.5秒で駆け抜けるのだから、スーパースポーツカーのなかでもトップクラスの瞬足(しゅんそく)であることには間違いなかろう。
マクラーレンらしい素直なハンドリング、そして扱いやすいエンジン特性のおかげもあって、初めて走るアルガルヴェ・サーキットでも570Sのパフォーマンスを存分に引き出すことができた。ドライバーに不安を覚えさせることなく、むしろクルマから励まされているように感じられるのはこれまでのマクラーレンとまったく同様。個人的には、アスカリ・サーキットで試乗した650Sよりもコーナリング中のスロットル・オン/オフによる挙動の変化が穏やかで、テールアウトの姿勢に持ち込みにくいようにも感じられたが、助手席に腰掛けていたマクラーレンのテストドライバーには「ESCオフではずいぶんテールをスライドさせていたじゃないか」と言われたので、初めてのサーキットでそこまでコーナリングフォームを観察する余裕が私になかっただけかもしれない。
スーパースポーツカーならではのパフォーマンスと、扱いやすい特性を兼ね備えた570Sは、価格的にはエントリーモデルに位置するものの、マクラーレンの本質をしっかりと受け継ぐという意味で期待以上の仕上がりだった。650Sと比べても、劣っていると思えるのはトップエンドのパワー感と超高速時のスタビリティー程度。ひょっとすると普段の使い勝手は570Sが650Sを凌(しの)いでいるかもしれないくらいだ。2556万円という価格はもちろん高額だが、それだけの価値は十分にあるといえるだろう。
(文=大谷達也/写真=マクラーレン・オートモーティブ)
テスト車のデータ
マクラーレン570Sクーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4530×2095×1202mm
ホイールベース:2670mm
車重:1313kg(乾燥重量、軽量オプション選択時)
駆動方式:MR
エンジン:3.8リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7AT
最高出力:570ps(419kW)/7400rpm
最大トルク:61.2kgm(600Nm)/5000-6500rpm
タイヤ:(前)225/35ZR19 88Y/(後)285/35ZR20 104Y(ピレリPゼロ コルサ)
燃費:25.5mpg(約9.0km/リッター、EU複合サイクル)
価格:2556万円/テスト車=--円
オプション装備:--
※諸元は欧州仕様のもの。価格は日本市場でのもの。
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードおよびトラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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