第426回:イタリア人集団と接近遭遇! 大矢アキオのTOKIO放浪記
2015.11.27 マッキナ あらモーダ!24年モノのハンドミキサー
第44回東京モーターショーが終了したあとも、ボクはイタリア語教室での講演やラジオ収録などをしながら東京に滞在していた。今回は、そのときの話を、つれづれなるままに記そう。
東京の移り変わりは激しい。銀座4丁目の日産ギャラリーは2014年春に解体されたばかりだというのに、どんどん改築工事が進んでいた。イタリアでは考えられないスピードである。
実はそれ以前に追いつかないのは、地下鉄だ。1990年代中盤にイタリアに来てしまったボクの頭の中には、いまだ大江戸線や南北線といった比較的新しい地下鉄の路線がきちんと刷り込まれていない。
それもそのはずだ。錦糸町駅を出ると東京駅に向かって地下トンネルに入る総武快速線は小学生のときにはすでに存在したはずなのに、いまだなじめないボクである。それよりも、秋葉原駅で総武線各駅停車から山手線に乗り換えながら、「永井荷風が『男ごゝろ』の中で主人公の男が同僚の女を口説いたのは、ここか」などと想像するほうが楽しいのである。
平日は都心のホテルで過ごしていたが、週末は郊外に住む義姉宅の一室を借り、「プレスセンター」と称して原稿書きをしていた。都内にいると物欲と好奇心に負けて、ついついウロウロしてしまい、仕事がまったく手につかなくなってしまうためである。しかしなにより、外国人観光客需要が活況を呈している昨今、たとえシンプルなホテルでも、週末の宿泊料金が極めて高くなってしまうのが最大の理由だった。
その義姉がケーキを作るというのでそばで見ていると、やたら古いハンドミキサーを使っている。そのピンク色は、伝説のおもちゃ「ママレンジ」を想起させる。隣に置いてある箱も、かなりキテいる。マツデンの愛称をもつ松原電工製で、保証書を見ると、販売した家電量販店によって昭和63年10月30日のハンコが押してある。西暦にすると1988年だ。27年物である。義姉いわく、「壊れないから、今日まで使い続けてしまった」のだという。
ある時期までの日本ブランド家電製品は、本当に壊れない。ボク自身は1950年代のアメリカ車に通じる、モノづくりに対する高いモチベーションを感じるのである。
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イタリア人旅行者と朝食
その翌週、再び都心のホテルに戻り、朝食ルームに赴くと、普段よりなにやら騒がしい。前週は、黙々と食べる日本人出張客が大半だっただけに、より印象的だ。なんと、イタリア人の観光グループであった。
隣のテーブルに座っていたジョヴァンニさんというおじさんと彼の夫人に話しかけると、イタリア北部ガルダ湖畔の旅行会社がオーガナイズした団体旅行だという。トルコ航空で来日。すでに関西を周遊してきて、前日の夜に東京入りしたのだと教えてくれた。
見回すと、若い男性のガイドのほか20人前後の団体である。新幹線でやってきたのかと思いきや、「プルミーノ数台に分乗して移動してきた」のだという。Pulminoとはイタリア語でミニバンからマイクロバスまでを指すのでどんな車種かは特定できない。だが、元病院勤務で前回はオーストラリア観光を楽しんだというジョヴァンニさん夫婦をはじめ、大半が悠々自適のセカンドライフ世代であることからして、決して節約のために自動車を使っているのではないようだ。事実、ジョヴァンニさんも新幹線に乗れないことを残念に思っていなかった。仲間とのクルマ旅に慣れたイタリア人らしいところだ。
日本のホテルはどうかと聞けば、「部屋はさすがに狭いな」ともらす。しかしビュッフェ式朝食では、和食こそ手に取らないものの、ジャムを塗ったトースト片手に、飲んでいるのはアメリカンコーヒーである。日ごろ彼らがよく「薄すぎる」とばかにしているそれだが、なんだ、それなりに食に対するフレキシビリティーを備えている。
ジョヴァンニさんの夫人は「かなり湿気を感じる。いつも、こんな感じなの?」とボクに訴える。やはり地中海性気候の国に住み慣れた人々ならではの感想である。
聞けばその日は、地下鉄に乗って散策に繰り出すという。ジョヴァンニさんは「東京の電車はひどい混雑と聞いているが、大丈夫かな」と心配するので、ボクが「通勤時間帯が終わったあと、午前9時を過ぎれば、それほどでもありません」と教えてあげた。
翌朝の朝食で、再びジョヴァンニさんに会ったので聞けば、東京散策は「ファンタスティコ!(すばらしかった!)」だったそうだ。するとジョヴァンニさんがボクを指して、仲間に「おい、彼はイタリア語をしゃべるぞ」と言ったものだから、次から次へと話しかけられてしまった。そのテンション高きムードのなかで撮影したのが、このページのはじめの写真である。
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イタリア人モデルの腕に光る時計は?
昨今の東京のホテル争奪戦は極めて激しくなったが、いっぽうで、新たな出会いが生まれるようになった。そのような思いを抱きながらイタリアに戻った。
フィレンツェ到着当日倒れこむようにしてチェックインしたエアポートホテルで、バスルームに入る。ひと月にわたり暖房便座に慣れた身には、イタリアの陶器製便座は拷問のように冷たかった。そのうえ直径が大きいため、日本のつもりで勢いよく座ったら、お尻を落としそうになった。
それはともかく、館内に貼られたポスターを見ると、朝食をとる若いモダンな男女が映っている。男のほうの腕をみると、カシオの時計をしているではないか。日本滞在中は、雑誌・新聞メディアを訪ねるたび、「高級時計の広告収入が好調」と聞いた。いっぽう以前も書いたように、イタリアでは目下「カシオ」がクールなブランドある。広告はそれを反映している。
例のイタリア人観光客のなかにも、買って帰った面々がいたに違いない。願わくは、義姉宅のハンドミキサーのごとく長生きして、彼らに日本ブランドを印象づけてほしいものである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
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大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『Hotするイタリア』、『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。