第428回:復活した「フィアット・ティーポ」はイタリア版「シルフィ」&「プレミオ」?
2015.12.11 マッキナ あらモーダ!懐かしいネーミングが復活
「フィアット・ティーポ」と聞いて多くの読者が思い出すのは、1988年に登場し、日本にも輸入された2ボックスハッチバックモデルだろう。当時自動車メディアは、「『フォルクスワーゲン・ゴルフ』に手ごわいライバル登場」と騒然となったものだ。
実際の販売では、そこまで強敵とはならなかったが、当時フィアットを率いていたヴィットリオ・ギデッラ社長の指揮下で開発が行われたそれは、ドイツブランドとはひと味違うデザインセンスをアピールし、実際にエクステリアデザインを担当したトリノのI.DE.Aインスティテュートの存在を世に知らしめた。
そのティーポの名が復活した。2015年12月、FCA(フィアット・クライスラー・オートモビルズ)が新型ティーポをイタリアで発売したのだ。ただし、かつてのティーポとは成り立ちも役割も……というのが今回のお話である。
新型は、トリノにあるチェントロスティーレフィアットでデザインされた。プラットフォームには、「フィアット・プント」「アルファ・ロメオ・ミト」などと同じFGAスモールが用いられている。ただし開発はトルコの自動車メーカーで、長年フィアット車を合弁生産しているトファシュ社とともに行われ、生産も同社の工場が担当している。
ベースとなっているのは、2015年5月のイスタンブールモーターショーで展示されたコンセプトカー「EGEA」である。初代ティーポはハッチバックをベースとし、派生車種として3ボックス版の「テムプラ」が設けられた。トルコで2007年から生産され新興国を中心に輸出されていた、新型ティーポの事実上の先代モデル「リネア」も、2ボックスのプントをベースにしていた。
いっぽう、新型ティーポはセダンタイプで投入された。最新報道によると、2016年3月のジュネーブショーでステーションワゴンとハッチバック版が発表されるらしい。後者は現行「ブラーボ」の後継車になるとみられる。
今回発売された新型ティーポの販売は、EMEA(ヨーロッパ、中東およびアフリカ)地域の約40カ国で予定されている。はじめにイタリアに輸入される「オープニングエディション」のエンジンは1.4リッターのガソリン(95ps)と、1.6リッターのディーゼル(120ps)の2種で、変速機は6段マニュアルのみが用意される。
久々のセダン
イタリアのFCA販売店では、2015年12月5日と6日に発表展示会が開催された。日曜日の午前11時、早速わが街の販売店を冷やかしに行ってみた。
外からショールームを見ると閑散としている。中に入るとセールスのひとりが、「今ひとつ盛り上がらないな」と嘆いた。
たしかに、イタリアでの発売が発表された10月12日以来、自動車メディアを除いて、今ひとつ話題になる機会が少なかった。デビューの場が欧州の主要なショーでなかったのが影響しているのかもしれない。
「ま、現行『フィアット500』のときも、イタリア人は最初みんな疑心暗鬼で、しばらくしてからブレイクしたじゃあないですか」と慰めても、「あの頃の宣伝キャンペーンは、今とは規模が違ったからだよ」とため息をつく。
それはともかく新型ティーポは、セダンである。自動車市場の伸長著しい東欧や中東で、車格感が高いセダンに人気があることが背景にあるのは、まぎれもない事実だ。
いっぽうイタリア市場に関していえば、フィアットブランドのセダンは、2007年までカタログに載っていた「マレア」以来だ。アルファ・ロメオも2011年の「アルファ159」を最後にセダンは消えている。ランチアには「クライスラー300」の姉妹車である「テーマ」があるが、広くイタリア人が乗るクルマではない。
久々の新型セダンということで、イタリアの自動車メディアはコンピューターグラフィックスでポリスカーに仕立てた画像をアップし、「警察納入決定か?」といった見出しとともに盛り上げている。
今日イタリアで一般人が使う乗用車といえば、利便性が高く、かつ若々しさが感じられるといった理由からハッチバックやステーションワゴン、もしくはSUVが圧倒的多数を占める。実際その日、展示会場に向かう途中、前を走っているクルマで唯一目撃したセダンは、「ボルボS60」の1台だった。
イタリアにもセダンブームが再来する兆しはあるのか? セールス氏に聞くと、「常に一部の顧客からは『セダンはないのか?』という声がそれなりにあった」と証言する。
低価格を前面に
もらったカタログを開くと、キャッチコピーが目に飛び込んできた。
「Ci vuole poco per avere tanto」。
直訳すれば、
「わずかな費用で、たっぷり(装備)」
といったところだ。かなりベタである。
実際の装備内容は、オートエアコン、バックセンサー、16インチアルミホイール、ステアリングコマンド付きBluetooth対応オーディオ、雨滴感知式ワイパーなどなど、てんこ盛りなのにもかかわらず、オープニングエディションの価格は1万2500ユーロ(約167万円)からである。
セールス氏はこう解説する。「従来『フィアット・パンダ』だったら、人気のディーゼルモデルが買えない値段。それで、立派なベルリーナ(セダン)が手に入るところが売り」。
同時に、「ドイツブランドのトラディショナルなセダンが欲しくても、今日イタリアの子持ち家族で4万ユーロ(約530万円)近い金額が払える人はそう多くない。そうした人々にも訴求力があると思う」と付け加えた。
ちなみに、アップルをはじめとする製造国を忘れてしまうスタイリッシュな電子ガジェットが普及し、ポーランド製の500が大成功した今、この新型ティーポがトルコ製であることは、大してマイナスイメージにはならないであろう。
そのセールス氏は、併せて、
「今日、イタリアでクルマを買うユーザーは、最初からディスカウントありきと思ってショールームに来店する。そこから始まる交渉は、顧客・ディーラー双方にとって、あらゆる意味でロスが多い。対して、ティーポは値引きなしの明朗価格による販売。よりクリアな取引への一歩」と強調する。
ローコスト界に強敵現る
やがて、知り合いのセールスマン、アンドレアがやってきてボクにキーを投げた。テストドライブのお誘いである。店の外に待っていたのは、前述のオープニングエディションの上級車種である「オープニングエディションプラス」という仕様だ。
デザインは、上海発のプレミアムカー、クオロス同様、昨今の新興国向けセダンの押さえどころをきちんととらえている。エモーショナルなサーフェス処理ゆえ、価格的にライバルとなるであろうルノーグループのローコストカー、ダチアと比べると、かなり上の車格感を漂わせている。補強のためルーフに入れられたプレスラインも、デザインアクセントの一部に見えてしまうから不思議だ。
チルトステアリングのレバー、シートの高さ調節ハンドル、カーペットの質感、そして空調スイッチ類の操作感は、プレミアムカーと呼ばれるクルマからすると明らかにクオリティー感が劣る。特にカーナビゲーションの解像度からは「それなり感」が漂う。それでもクールな室内デザインの効果もあり、この価格のクルマとしては「我慢している感」は極めて少ない。
加えて、メータークラスターの中央に構える液晶ディスプレイは、久々に新車に乗り換える長年のフィアットユーザーに新世代モデルの満足感を十分に与えることだろう。
リアのヘッドルームも、身長167センチの筆者には十分なクリアランスが確保されている。
1.6リッターディーゼルエンジンは、「アルファ・ロメオ・ジュリエッタ」に搭載されているものと基本的に同一だが、そのスロットル感覚はより多くの人に歓迎されるであろう素直なものだ。
ステアリングも電動パワーアシストゆえの不自然な操舵(そうだ)感はまったく感じられない。
仕事を離れてもかなりのエンスージアストであるアンドレアは、「シフトフィーリングに、もう少しソリッド感がほしい」というが、ローコストカーとしては上出来だろう。サスペンションは、荒れまくったイタリアの舗装路面でも巧みにショックを吸収してゆく。室内の静粛性も、この価格帯のクルマの平均を上回る出来だ。
フィアットによると、ティーポは戦略的価格を打ち出しながらも、ローコスト系の範疇(はんちゅう)には入れたくないと明言しているが、前述のダチアや一部韓国系モデルにとっては、手ごわいライバル出現といえる。
普通のフィアット
試乗を終えてショールームに戻ると、どうだ。先ほどと打って変わって、多くの来場者がいた。考えれば今日は日曜。特にこの街では前日に広場で大きな市があった。みんなゆっくり起きてゆっくり出てきたのだろう。見ると、多くが50代以上と思われる人々だ。
今はアルファ159に乗っているという白髪の男性に聞くと、「なかなかいいじゃないか」とかなり興味を示していた。アンドレアが前日に1台売ったお客も、長年フィアットに乗ってきた60代の男性らしい。子供も巣立ち、もはやレジャーのモノを載せる必要がなくなった世代から、セダン回帰が始まるのかもしれない。
話は飛ぶが、東京に行くたび、好きな光景がある。「日産シルフィ」や「トヨタ・プレミオ」がたたずんでいる大邸宅である。実際どうかは知らねど、そこに住む家族はクルマ以外で生活を楽しむ術を知っている感じがする。ついでに「娘も、うわべの流行に左右されない、深窓の令嬢風に違いない」などと想像して楽しんでいる。
イタリアにもそれに似た家庭があって、往年は彼らのために「フィアット1100/1500」といったベルリーナがあった。そうした人々にとって、アイデンティティーを取り戻すべく頑張った近年のフィアットは、少々とがりすぎていたかもしれない。
新型ティーポは、再び中流家庭向けフィアットの役を担ってくれるかも、と淡い期待を寄せるボクである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=FCA、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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