第334回:鋭意開発中の車両にチョイ乗り
オーテック30周年記念車の走りを試す
2016.02.12
エディターから一言
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「ライダー」や「NISMO」シリーズでおなじみのオーテックジャパンが、2016年9月17日に創立30周年を迎える。その記念モデルとして開発が進められている、通称「A30」にテストコースで試乗。オーテックのノウハウが詰まったスペシャルモデルの走りをリポートする。
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高い開発能力によって支えられた30年
日産の架装子会社「オーテックジャパン」(以下、オーテック)は今年で創立30周年だそうだ。ちなみにオーテック初代社長はかの桜井眞一郎氏(故人)。初代「スカイライン」の開発にたずさわり、2代目途中からは開発責任者となって、以降7代目途中まで率いた桜井氏は、マニアの間では「スカイラインの父」と呼ばれる伝説の人物である。
オーテックの業務には福祉車両や商用特装車もあるが、われわれ一般のクルマ好きにもっともよく知られているのは、純正カスタムカー事業だろう。現在だと「ライダー」「ボレロ」「NISMO」などがオーテックが手がけるモデルである。また、今では日産製ミニバンの定番グレードに昇格した「ハイウェイスター」も、もともとはオーテックが元祖だ。
オーテックには日産で修羅場をくぐりぬけてきたスゴ腕のベテランエンジニアや職人も在籍しており、オーテックの本職ともいえる外内装モディファイだけでなく、サスペンションやエンジンなどの機関面を含めた企画・開発・生産能力がある。それらを駆使したなかでも、先代の「マーチ12SR」や先代「フェアレディZバージョンNISMO」はオーテックの歴史的名作といっていい。
そんなオーテックは現在“創立30周年記念車”を開発中という。車名は通称「A30」。AUTEC(オーテック)の30周年……というそのものズバリのネーミングだ。
ただし、A30について現時点で公開されているのは、エクステリアデザインの一部と、おおまかなスペックのみ。価格や販売方法の発表もこれからだが、オーテックはそんなA30のプロトタイプをメディアに向けて公開。さらにチョイ乗り試乗も許してくれた。今回はそのお話である。
ファンの期待に応えて市販モデルを開発
私は知らなかった(勉強不足ですみません)のだが、オーテックにはA30と同じく、“創立記念”をうたうクルマが2台存在する。10周年時に製作された「A10」と25周年の「A25」である。
これらはどれもオーテック技術の粋を集めたワンオフ作品。オーテック従業員の有志が社内サークル活動の一環として、業務時間外に、ありあわせの部品を使って最小限の費用で仕立てたもの。技術の伝承と向上、社員同士の親睦が目的で、社内では“まかない車”と呼ばれているという。創立記念ではないが、「マーチ ボレロR」なども同様の例のひとつだ。
これらの“まかない車”はオーテックのファンミーティングなどで公開されたことはあるものの、前記のように非売のワンオフである。となると、当然のごとく湧き起こるのが「量産して売ってほしい」との声である。そうした声の積み重ねもあったのだろう。現在開発中のA30は久々の“オーテック名義”のコンプリートカーとして販売されることになった。
現在判明している情報によると、A30のベース車は「マーチ」。エンジンは1.6リッターのHR16DE型をベースに、スミズミまで専用チューンとなるハンドメイド。変速機は5段MTだ。
「機関面のスペックはこれで確定と思っていただいていい」と説明されたプロトタイプの姿からわかるように、最終的に約1800mmになるというワイドボディーと、超ワイドトレッドのシャシーが目を引く。深リムホイールを見れば想像がつくが、このトレッドはホイールのオフセットで実現しているという。プロトタイプのホイールは同等サイズの既存品に間に合わせているが、市販モデルには鍛造フル切削工法(ホイールの少量生産に向く工法)による専用ホイールが履かされるという。
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本気の自然吸気エンジンならではの気持ちよさ
乗り味はほぼ完成の域に近いというプロトタイプで、もっとも印象的だったのはエンジンの滑らかさだ。出力などのスペックは公表されていないが、自然吸気のハンドメイド・ハイチューンエンジンということは150psはくだらないかもしれない(「ノートNISMO S」の140psよりはパワーが出ているだろう)。
ただ、パワー以上に感心するのはエンジンのチューン内容。バランスを向上させたクランクシャフトやカムシャフト、バルブスプリングはもちろん専用で、SCM440材のフル切削コンロッド、さらにポートには手作業による研磨も施される。そして、かつてはSUPER GTのエンジンも手がけたという名工によって1基ずつ手組みされて、ダイナミックバランスも取られる。
昨今の市販スポーツモデルは過給エンジンばかりだが、こと気持ちよさでは、こうして本気で仕上げられた自然吸気エンジンにはかなわない。回転リミットは、ベースを考えたら文句なしの7500rpm。そのトップエンドまで無粋な振動がまるでない吹け上がりは、さすがのハンドメイド。そして回転上昇とともに緻密にトルクとレスポンスを積み上げていくのは快感そのものだ。
過給エンジンのようにさく裂するパワー感はないが、マーチの重量でトルクに不足があるはずもない。ピーキーさもまるで感じられない扱いやすさだが、5段MTはもどかしい。せっかくなら6段MTであらゆる回転域をしゃぶりつくしたい……と思ったのは事実である。まあ、基本ハードウエアは日産にあるものしか使えないオーテックなので、このあたりは仕方ないのだろう。
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フットワークに感じるワイドトレッドの恩恵
プロトタイプが履いていた「ミシュラン・パイロットスポーツ3」も開発部隊が「あらゆるタイヤを試して選びぬいた」と胸を張る確定スペックである。
エンジンのみならずシャシー方面でも、さすが考えられる手はすべて打ってある印象だ。車体は徹底的に強化。特にリア周辺の強化を優先した……というセリフにプロの見識を見る。しかも、ステーやバーの類いでの補強にとどまらず、4WD用のリアフロアを使うというところがメーカー系らしいノウハウだ。A30はそこに専用の大径ショックアブソーバーと大径スタビライザーを組みあわせる。
試乗はクローズドコースの日産グランドライブでの短時間のチョイ乗りである。なので、断定的なことは言いづらい。
ただ、それを差し引いても、フットワークは望外にソフトだ。A30はあくまで公道での走りに照準を合わせているので、ワイドトレッド化で増強された基本フィジカルは、けっこうな割合で快適性とフラットネスに使われている感じ。それでもステアリングは滑らか、かつ強力に利くのも、ワイドトレッドの効果か。
ピタッとフラットに張りついたまま、スルリと回頭するA30のコーナリング姿勢は、私の好きな「ルノー・ルーテシア ルノースポール」に勝手にたとえると、現行の4代目より、フロントにワイドトレッドの専用サスを採用していた3代目に近い。ただし、荒れた路面での乗り心地や姿勢変化の少なさについては、今回のA30のほうに分がありそうな気もする。
ガキガキの武闘派を期待すると肩透かしを食らうが、長く乗るほどに身体に染みてくる滋味深さ……。前出のマーチ12SRやフェアレディZバージョンNISMOがそうだったように、こういう味つけがオーテックの伝統だが、A30にもその風味は確実にある。
(文=佐野弘宗/写真=田村 弥)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。