さらば日産の名コンパクトカー! 「日産マーチ」消滅の理由と復活の可能性
2022.10.10 デイリーコラムかつての人気も“今は昔”
事件である。「日産マーチ」がなくなってしまうのだ。40年にわたって販売された日本を代表するコンパクトカーである。歴史ある名車が生産を終えるというのは衝撃的だ。さぞかし大騒ぎになっているだろうと思って新聞のウェブサイトをのぞいてみたら、どれも400字ぐらいの小さな記事で、「日産マーチが40年の歴史に幕」という感じのおざなりなタイトルがつけられていた。
「国内の累計販売台数は約260万台」「最近は国内販売が低調」「今後の日産は電動車に注力する」などと記事の中身も似たりよったりである。大きなニュースバリューがあるとは判断されなかったようだ。生産中止を惜しむユーザーがディーラーに押しかけたというような話も聞かない。マーチは人知れずひっそりと姿を消すのだ。数字を見れば納得する。2022年1~6月の販売台数は計6345台で48位。5万6948台で4位だった「ノート」とは天と地ほどの差がある。
マーチがかつて一時代を築いた人気者だったことは事実である。デビューは1982年。日本はバブルの予感で浮かれ気分だった。2代目「ホンダ・プレリュード」が発売され、最強のデートカーともてはやされた年である。前年の東京モーターショーに「NX-018」の名で参考出品された小型車が一般公募(応募総数は565万1318通!)でマーチと命名され、この年の10月に登場した。
好景気の波に乗り人気車種に成長
1977年にダイハツが放った「シャレード」が好評で、排気量1リッタークラスの小型乗用車が「リッターカー」と呼ばれるようになる。勝機ありとみて日産が市場に問うたのがマーチだった。63万5000円からという低価格もあって、手ごろなエントリーカーとして受け入れられたのだ。小さいボディーながら大人5人が乗車できるパッケージングは優秀で、合理的な設計思想が高い評価を受けた。
CMキャラクターを務めたのは、近藤真彦。「たのきんトリオ」として人気になった彼は1980年に「スニーカーぶる~す」でソロ歌手としてデビューし、『ギンギラギンにさりげなく』『ハイティーン・ブギ』などが大ヒット。『ザ・ベストテン』で「黒柳さ~ん!」と叫んでいたのを『オレたちひょうきん族』で片岡鶴太郎がモノマネしていた。まさに人気絶頂だったわけで、マッチが売り上げに貢献したのは間違いないだろう。
キャッチコピーは「マッチのマーチ」で、CMでは「スーパーアイドル日産マーチ」「マーチが街にやってきた」「マッチのマーチはあなたの街にマッチする」と、今となっては噴飯もののフレーズが連発する。遠い昔の話である。黄色い歓声を浴びていた彼も、今はレーシングチームを率い、ときにちょっと文春砲を食らったりもする立派なオトナに成長した。
ターボエンジンを搭載した高性能なマーチも発売され、走り屋がこぞって手に入れた。ワンメイクレースの「マーチレース」が開催されるようになり、ラリーにも参戦して好成績を残す。一方でマーチをベースに開発された「Be-1」「パオ」「フィガロ」という3台のオシャレ派生車が人気を博した。こうして振り返ると、景気のいい時代だったことがよくわかる。1988年12月には累計生産台数が100万台を突破。半分ほどは輸出され、「マイクラ」の名で販売された。
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日産の販売を支えた小さな大黒柱
バブル崩壊後の1991年に初のモデルチェンジを受けて2代目に。ジウジアーロデザインの直線的でシャープなフォルムだった初代とは対照的な丸っこい姿になった。パワートレインでは、CVTの採用が新しい。このモデルも評価が高く、1992年に日本カー・オブ・ザ・イヤー、その翌年にはヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーに選ばれるというダブル受賞の栄誉に浴した。マーチはエントリーモデルながら、ブランドイメージを引っ張る役割を担っていたのだ。
当時は「シーマ」や「セドリック/グロリア」などの高級セダンの売り上げが落ちていた時期で、経営面でも日産を支えたのがマーチだった。とはいえ利益率の低い小型車に頼るのは限界があり、有利子負債が積み重なって苦境に陥る。日産は1999年にルノーの傘下に入り、再建を図ることになった。フランスからやってきたカルロス・ゴーンの指揮でリストラが進められるなかで、2002年に3代目マーチが登場する。ルノーとの共通プラットフォームを使ったアライアンスモデルだった。
先代より丸さを踏襲しつつも、エクステリアデザインはカエルっぽいイメージに。業界では微妙な受け止め方をされていた記憶があるが、特に女性から絶大な支持を獲得した。オジサンにはわからない新時代のかわいさが盛り込まれていたのだ。2002年の販売台数は15万8000台と、過去最高の売り上げを記録する。失敗すれば屋台骨が傾きかねない状況だったが、マーチは日産復活の基盤となったのだ。
勢いに乗って、イギリスで生産されていたクーペカブリオレの「マイクラC+C」が2007年に輸入車のかたちで日本でも販売された。1500台限定だったが、マーチのイメージアップに貢献する。『happiness MICRA C+C STYLE BOOK』という本まで出版され、書店に並べられたのだ。カタログを再構成しただけの中身だから売れるようなものではなく、ほぼすべて“買い取り”でディーラーに置かれるから成立する持ち込み企画だった。編集を担当したのは、なにを隠そう当時出版社に勤務していた私である。
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EVになって復活する可能性も……
日産マーチが現行の4代目となったのは2010年。ヨーロッパでは2017年に5代目マイクラが登場したが、日本では販売されなかった。だから、マーチは4代目が最後である。このモデルのことを思い出そうとしたのだが、なにも記憶がない。それもそのはず、一度も試乗する機会がなかったのだ。『webCG』の過去記事を調べてみたら、試乗記は発売直後の2本だけ。その後は限定モデルやチューニングカーの試乗記がいくつかあるものの、マイナーチェンジを受けた際も、通常のモデルは放置状態だった。試乗して紹介できる部分の改良が皆無だったからだ。
思うに、このクルマに関しては、過去のマーチと比べて日産のパッションも薄かった。タイで生産されるようになったという事情が理由ではない。日産のなかで、マーチの位置づけに変化があったのだ。2005年には新型コンパクトカーのノートが発売されている。2004年に「SHIFT_」というスローガンの新型車戦略が明らかにされ、その6番目にしてトリを飾るモデルという期待の製品だった。マーチの存在感に陰りが見えるようになったのも致し方ない。
マーチがこのまま消えてしまうのかどうかは、まだわからない。日産は2022年1月末に、2030年に向けた電動化戦略「Aliance2030」を発表したが、そのなかにEV(電気自動車)のマーチが含まれている可能性もあるからだ。日産のウェブサイトにはまだマーチの紹介ページが残っていて、よく比較されているクルマとして示されているのがノートと「サクラ」である。日産は好調なサクラにブランドの将来を託そうとしているのか。マーチにまだネームバリューがあると判断しているのか。そこが運命の分かれ目になるかもしれない。
(文=鈴木真人/写真=日産自動車/編集=堀田剛資)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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