第120回:島のファミリーカーはアトレーのYAZAWA号
『モヒカン故郷に帰る』
2016.04.08
読んでますカー、観てますカー
『もらとりあむタマ子』の続編?
タマ子が妊娠していた! 甲府の実家に戻ってグータラ生活を送っていたタマ子は一念発起して東京に旅立ったが、居酒屋『天狗』で知り合ったバンドマンと同棲を始めていたらしい……。というのは勝手な想像である。『モヒカン故郷に帰る』は、2013年に公開された『もらとりあむタマ子』の続編みたいなのだ。『タマ子』は山下敦弘監督で『モヒカン』は沖田修一監督だからまったく関係はないのだが、前田敦子のキャラクターには驚くほどの連続性がある。
はじめに強調しておきたいのは、前田敦子が今回も素晴らしい演技をしていることだ。ネットなどでは前田敦子や大島優子の演技が下手だと書き飛ばした記事を散見するが、作品を観ずにAKB出身というイメージだけで断定しているのは明らかだ。2人とも、女優として素晴らしい実績を持っている。山下、沖田両監督に加え、黒沢清監督も彼女の才能に太鼓判を押しているのを知らないのだろうか。思えば、デビュー当時の松田聖子はブリっ子しているだけで歌は下手という評価が普通だった。今そんなことを言う者はいない。
このタイトルは、もちろん『カルメン故郷に帰る』にインスパイアされたものだろう。日本初の総天然色映画とされている1951年の木下恵介作品だ。高峰秀子が演じるおきんは浅間山のふもとで育った田舎娘だったが、家出して上京し、ストリッパーのリリィ・カルメンとなって村に戻ってくるという話だった。今作では、家出息子がモヒカンになる。冒頭でいきなりデス声を披露するのが松田龍平で、彼は売れないメタルバンドのボーカルなのだ。同棲相手の由佳が妊娠して結婚することに決め、7年ぶりに瀬戸内海の島に帰ってきた。
完成度の高いマイルドヤンキー感
モヒカンの本名は、田村永吉である。父親が永ちゃんの大ファンというわけだ。彼は中学校でブラスバンドを指導していて、課題曲は当然のように「アイ・ラヴ・ユー,OK」。生徒たちは不満だが、「矢沢は広島県民の義務教育!」と言ってはばからない。母親は熱狂的なカープファンで、モヒカンの弟は浩二(千葉雄大)と名付けられている。
父親役が柄本明、母親役がもたいまさこで、この組み合わせから松田龍平が産まれるとは思えない。まあ、朝ドラ『あさが来た』では寺島しのぶの娘が宮崎あおいと波留という不自然なキャスティングになっていたから、それよりはマシかもしれない。
『横道世之介』でも感心したのだが、沖田監督は細部のリアリティーをきっちり仕上げてくる。モヒカンが帰ってきた家は、これぞ実家というしつらえだ。ニオイまで漂ってきそうな本物感がある。登場人物の服装にも細心の注意が払われている。モヒカンはバンドTシャツに革ジャンという“正装”で帰ってくるが、実家暮らしを続けるうちにだんだん気を抜いた格好をするようになる。「宮島」とでっかく書かれた観光Tシャツでリラックスする姿も見せるのだ。
由佳のマイルドヤンキー感は完成度が高い。ベッドでゴロゴロしている姿は、甲府のスポーツ用品店の汚部屋で寝起きしていた時と同じ。モヒカンの買ってきた弁当を爆食いするだらしなさはタマ子そのものだ。昨年前田敦子は親友の柳英里紗と一緒に新宿・花園神社の酉(とり)の市に出掛けたところを写真誌に撮られている。屋台でお好み焼きとチャプチェを買ってビルの軒下に移動し、シャッターの前で座り食いしたのだ。マイルドヤンキー娘を演じる資質をもともと備えている。
デリバリーバイクが公道でバトル
島に来たころ由佳が着ていたのはシカゴ・ブルズのTシャツだが、しばらくするとカープTシャツを着るようになる。すっかり田村家の一員だ。カレシの母親にすぐなつくのもヤンキーっぽい。モヒカン母も嫁がかわいいようで、アジの刺し身もまともに作れない彼女に料理を仕込む。「麺つゆを使えばだいたいなんとかなる!」という教えは、確かに実用的な真理だろう。
モヒカンの父親は、もっと前の世代のヤンキーを体現している。永ちゃん大好きなのは年をとっても変わらない。彼の愛車には、前後左右にE.YAZAWAのステッカーが貼られている。「ダイハツ・アトレー」というチョイスも素晴らしい。瀬戸内海の島々では、たぶん多くのアトレーが活躍しているはずだ。ハンドルにカバーが巻かれて極太仕様になっているのも実態を反映している。
残念ながら、アトレーのYAZAWA号にさしたる見せ場はなかった。日常的な移動手段でしかないのだから仕方がない。ただ、映画ではカーチェイスならぬデリバリーバイクチェイスの場面がある。ピザハット、ピザーラ、ピザファクトリーの3台がスピードを競い合う。平和な島の道路がサーキットと化すのだ。
家族を描いて時代を映し出す
穏やかな日々が続いていた田村家に、突然悪い知らせがもたらされる。父の末期ガンが発覚したのだ。モヒカンは東京に帰らず実家に居続けることになり、由佳のおなかはどんどん大きくなっていく。前田敦子をキャスティングしたのは、監督が彼女の妊婦姿を見たかったからだという。納得である。元国民的アイドルグループの絶対的エースなのに、驚くほど妊婦服がしっくりくる。
沖田監督は女の子のかわいさを引き出し、男のダメさ加減を暴露することにたけている。『横道世之介』では吉高由里子が超絶かわいかったし、高良健吾が目を疑うほどの情けなさを見せた。今作の松田龍平もひどい。もともと彼は心のない人間を演じさせるとピカイチである。『麦子さんと』でのダメ兄貴ぶりは観る者をイラつかせ、『ザ・レイド GOKUDO』では内心が見えないことで恐ろしさを増幅させていた。
『カルメン』は戦後日本の明るい気分に満ちあふれていたが、『モヒカン』は衰退に向かいつつも成熟した社会を持つこの国の現状が映しだされている。どちらも上品なコメディーだ。家族を描いているようで、時代の色調を浮かび上がらせる。簡単なことではない。先ほど公開された巨匠と呼ばれる監督の家族映画は、お約束のベタなコントを並べただけの悲惨な出来だった。『モヒカン』は、療養中の父が寝ている電動ベッドを上下させるだけで笑いを作る。これが、映画的であるということだ。
映画を観終わって幸福な気分に浸ると、続編が待ち遠しくなる。タマ子、由佳ときて、前田敦子はどう変わっていくのか。ダメバンドマンとは早晩別れるだろうから、彼女はシングルマザーになる。吉田大八監督、あるいは吉田恵輔監督あたりにぜひ次回作を撮ってほしい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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