マクラーレン570GT(MR/7AT)
毎日乗りたくなるマクラーレン 2016.06.23 試乗記 マクラーレンの中でベーシックかつピュアな魅力を持つ「スポーツシリーズ」。その第3弾となる「570GT」に試乗した。このモデルのテーマは、日常的な使いやすさと快適性のさらなる改善。その狙い通り、毎日乗りたくなるスーパースポーツカーに仕上がっていた。GTと名付けられた理由
1970年代に多感な少年期を過ごした私にとって、ファストバックはかっこいいクルマの代表だった。ルーフからテールエンドに向けてなだからに下降するスタイリングは優れた空力特性(実際はそうとも言い切れないことが今回わかった)を象徴するもので、高性能車には必要不可欠なデザインだと勝手に思い込んでいたのである。そんな私だから、ガラス製テールゲートでファストバックに仕立てられたマクラーレン570GTをジュネーブショーで目の当たりにしたときには、胸が高鳴るのを抑えきれなかった。
もっとも、その目的がラゲッジルームを作り出すためと聞いて、頭の上にクエスチョンマークがいくつか浮かび上がったのも事実。なにしろ、ミドシップレイアウトを採用するマクラーレンゆえ、いくらファストバックにしてもテールゲートの下側に生まれる空間は限られている。それをもってしてGT=グランツーリズモを名乗るのは、技術的な裏付けを何よりも大切にしてきたマクラーレンにはふさわしくないように思われたのである。
しかし、彼らがGTというモデル名を与えた背景には、われわれには思いもよらないような事情が隠されていた。マクラーレンが手がけるロードカーといえば、快適な乗り心地や広々とした視界など、スーパースポーツカーの常識を塗り替える優れた実用性を備えていることで知られるが、そうした認識は一部のエンスージアストに限られているらしく、裕福なご婦人の中には「マクラーレンは過激なスポーツカー。私たちはもっとラグジュアリーなアストンマーティンを選びましょう」と伴侶を説得にかかる向きが少なくないらしい。
そうした人々に親しみやすい印象を与えるために誕生したのが570GTなのだ。グランツーリズモと聞けば、いかにも乗り心地が快適で実用性も高そう。そこで心を開いてくれた人々にマクラーレンの真価を体験してもらい、新しい顧客層の開拓に結びつけることが570GTの使命なのである。
570Sとはここが違う
もっとも、モデル名を改めるだけではマクラーレンらしい手法とはいえない。では、570GTにはどんな変更が盛り込まれたのか? ベースとなった「570S」と比較しながら、順に説明することにしよう。
まず、より快適な乗り心地を実現するために、サスペンションスプリングはフロントで15%、リアでは10%ソフトにされた。ダンパーもこれに合わせて再チューニングを受けたが、ここでも快適性の追求が重要なテーマとされたようだ。
シャシー関係で実施されたもうひとつの変更点が、ステアリングレシオを2%スローにしたこと。グランツーリズモらしい直進性を確保するのが目的のようだが、よりしなやかになったサスペンションとレシオを低めたステアリングギアボックスがどんなハンドリングを生み出すのか、実に興味深いところだった。
570psを生み出すV8 3.8リッターターボエンジンと7段DCTに大きな変更はない。ただし、エンジン音のボリュームは570Sより抑えた設定にしたという。
インテリアではガラス製パノラミックルーフの採用が目新しい。ここで用いられている透過率18%のティンテッドグラスは、マクラーレンのフラッグシップモデル「P1」のパノラミックルーフと同じ素材である。
570GT最大の見どころであるガラス製テールゲートは、横方向に大きくガバッと開く設計。その際、歩道側から安全に開閉できるよう、ヒンジの位置は右側通行か左側通行かで変更される。
マクラーレン初となるソフトクロージャーも用意された。これでもう、力いっぱいドアを閉める必要性はなくなったといえるだろう。
快適なスーパースポーツカー
試乗会の会場はカナリア諸島のテネリフェ島。ただし、島というにはあまりにスケールが大きく、島内にはかなり長い距離の高速道路が建設されているほど。その一般道を570GTで走行してまず感銘を受けたのが優しい乗り心地だった。570Sも当初は実に快適なスーパースポーツカーだと思っていたが、570GTはそれよりも確実に1ランク柔らかく、路面からの衝撃をしなやかに受け止めてくれる。スプリングレートを下げた効果は実に明確だ。
ただし、だからといってクルマの動きがもっさりとしたという印象は抱かない。これは、ステアリングギアレシオがスローになったことと考え合わせると驚きでさえあるが、おそらくは巧妙なダンパーチューニングが功を奏しているのだろう。いっぽう、ステアリングギアレシオの見直しは高速コーナリングの扱いやすさを格段に向上させていて強い好感を抱いた。最近はスポーツカーばかりかセダンまでアジリティーの追求が声高に叫ばれ、ステアリングゲインを不自然に高めたモデルが散見されるが、高速スタビリティーの面からいえば高すぎるステアリングレシオは考えもの。私自身は、570GTの落ち着いたリアクションのほうがはるかに好みである。
570GTの性格に合わせてESPのセッティングも見直されたそうだが、なるほど、コーナーを攻めると意外と早めにESPが介入してくる。これが気になる場合はESPボタンを軽くポンとひと押しするとスポーツモードとなり、介入のレベルがぐんと高くなる。また、快適性では文句の付けどころがないサスペンションも、ノーマルモードでは路面が周期的にうねっているとダイアゴナルなピッチングを起こすことがあった。ただし、こちらもスポーツモードを選ぶときれいさっぱり消え去ることを報告しておきたい。
毎日の足にも使えそう
流麗に見えるファストバックデザインだが、冒頭でも述べたとおりエアロダイナミクス面では弊害もあるようだ。570Sには、サイドウィンドウに沿って流れてきたエアフローをボディー中央部に引き寄せるフライングバットレスと呼ばれるデバイスが装備されているが、当然のことながら570GTにこれは取り付けられない。このためリアスポイラーに流れ込む気流が減少し、結果としてリアのダウンフォースが低下するため、570GTではリアスポイラーの高さを570Sより1cm引き上げたという。これによって空気抵抗が増大することはなかったものの、スポイラーの効率が低下したという事実は、「ファストバックは空力にいい」というわれわれの既成概念を打ち崩すものといえる。
とはいえ、「ジャガーEタイプ」にもどこか通ずる滑らかなボディーラインは、私の目に実に魅力的に映る。乗り心地が改善されたのにスポーティーなハンドリングが損なわれていない点もうれしいし、ステアリングギアボックスのレシオ見直しは歓迎すべきポイント。テールゲート直下のラゲッジルーム(ツーリングデッキと呼ばれる)は、上等なレザーストラップで荷物を固定できるとはいえ、万一のことを考えると硬いアタッシェケースなどを置く気にはならず、ジャケットやセーターを放り込んでおくくらいしか使い道は思い浮かばないものの、利便性が向上したのは間違いない。これだったら毎日の足に使っても不自由することは少ないのではないか。以前からマクラーレンを日々の移動に使いたいと夢見ていた私にとって、いまや570GTは購入したいスーパースポーツカーの筆頭株。唯一残念なのは、それを実現する経済力が私にないことだけだ。
(文=大谷達也<Little Wing>/写真=マクラーレン・オートモーティブ)
テスト車のデータ
マクラーレン570GT
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4530×2095×1201mm
ホイールベース:2670mm
車重:1350kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:3.8リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7AT
最高出力:570ps(419kW)/7500rpm
最大トルク:61.2kgm(600Nm)/5000-6500rpm
タイヤ:(前)225/35ZR19/(後)285/35ZR20(ピレリPゼロ)
燃費:10.7リッター/100km(約9.3km/リッター、EU複合サイクル)
価格:2752万7000円/テスト車=--円
オプション装備:--
※諸元は欧州仕様のもの。価格は日本市場でのもの。
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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