キャデラックCTS-Vセダン スペックB(FR/8AT)
優しい怪物
2016.07.23
試乗記
“コルベットの心臓”を持つキャデラックのハイパフォーマンスセダン「CTS-V」。最高出力649ps、最大トルク87.2kgmを発生する過給機付きV8ユニットに目を奪われがちだが、実際の走りはどうなのか? パワーだけにとどまらない同車の魅力を紹介する。
“アクセル一発”で感じる凄み
これはコルベット・セダンか!? と思った。パワーユニットとトランスミッションが「コルベットZ06」と同じであることを忘れていたわけじゃないが、それにしても車重が300kgも重いわけだからね、と思っていたところはあった。セダンだから少しマイルドに仕立て上げられているだろうと考えていたところもあった。真新しいスーパースポーツカーに対峙(たいじ)するときのような過大な期待をしていたわけでもなかったことは認めざるを得ない。けれど新しいキャデラックCTS-Vは、そうしたパリッとしてない気持ちでアクセルペダルを奥まで蹴り入れたドライバーに、それが完全な認識不足であったことを加速一発で伝えてきた。
極太のリアタイヤがわずかの間グリップを放棄することで壮絶なパワーとトルクの爆発をやり過ごし、頃合いを見て路面を捉えると、腰が一瞬にしてシートにメリ込み、頭蓋骨が置き去りにされないようアゴと首にチカラを入れなければならず、僕は気が遠くなるような怒濤(どとう)の加速感の中に放り込まれた。それが延々と続くような感覚に見舞われる。そんな中でおそらく、僕はニヤリとした、と思う。そうした気分でいられたのは、ホイールスピンに見舞われているときも猛然とダッシュを続けているときも、クルマがどこかかなたに飛んでいってしまうような怖さとは無縁だったからだ。車体の骨格もシャシーの制御も、凶暴とすらいえるほどのチカラの発散をキッチリと受け止めている。
コイツは並じゃない。ただのスーパースポーツセダンなんかじゃない。“ウルトラ”スーパースポーツセダンとでもいうべきシロモノだろう。
これまでとはモノが違う
いまどきの“アメ車”が昔のようにゆるゆるでぶわぶわなクルマであると思っている人なんて、もはやほとんどいないだろうけど、そのなかにあって、「キャデラックCTS」に初代のときからラインナップされているCTS-Vは、最もそのイメージから掛け離れたシャープな存在だ。アメリカの「SCCAワールドチャレンジ」をはじめとした本気のレース活動を下地にして開発がなされてきたCTS-Vは、ラグジュアリーなセダン/クーペ/ワゴンとしてキャデラックの世界観をしっかり守りながら、その気になれば本格的なスポーツカーをも置き去りにできるパフォーマンスを秘めたモデルとして、ドライビングとスピードを愛する大人の男(と女)に支持されてきた。
が、今度のCTS-Vは、それら先代たちからポンと頭ひとつ飛び抜けた存在になったかもしれない。なにせ搭載される6.2リッターV8 OHV+スーパーチャージャーは、6400rpmで649ps、3600rpmで87.2kgmという、ちょっとしたスーパーカー顔負けのアウトプットをたたき出す。それをトルコン式にしては十分以上に変速の素早い8段ATと強靱(きょうじん)な大型プロペラシャフト、電動式LSDを介して路面に伝達するわけだ。静止状態から60mph(約97km/h)に達するまではわずか3.7秒、そのままアクセルペダルを踏み続ければ、車速は200mph(約322km/h)に達するという。
“アシ”にこそ感動してほしい
そのパフォーマンスを誇示するためではなく、現実的な問題に対応するため、ボディーにも手が入れられている。カーボン製のエンジンフードはこれまで以上に大きく膨らみ、拡大されたフロントグリルから入ってラジエーターを冷やした空気を逃がすためのアウトレットがうがたれた。エアロダイナミクス性能を引き上げるため、フロントには低く突き出したスプリッター、リアには大型のスポイラーとディフューザーが備わり、サイドシルはスカート形状とされた。極太の専用ミシュランを収めるためにフェンダーも広げられた。目に見えないところでは、ストラットタワー周辺やエンジンコンパートメント、バルクヘッド、リアクレードル周辺といったボディーの各部が強化され、剛性が20%向上しているという。
そして、ここは驚いたり感動してもらったりしてほしいところ。当然ながらシャシーまわりにも専用のチューニングがなされているわけだが、おそらくここがCTS-Vに加えられた最も濃い部分なのだ。サスペンションまわりでは、前後ともスプリングレートが高められたり、より強力なスタビライザーが備えられたりしているのはもちろん、従来のゴムブッシュがハイドロブッシュに変更されたり、ゼロコンプライアンスのボールジョイントが採用されたり、リアのサブフレームが新開発されたりと、かなり細かなところまで改良の手が加えられている。「マグネティックライドコントロール」も、ダンピングコントロールが40%速められるなど、多くの改良が加えられた第3世代へと進化。ステアリングもシステム剛性が高められ、さらにブレーキまわりを見てみると、フロントに6ポッド、リアに4ポッドのブレンボ製キャリパーが採用されている。徹底的な専用チューンが施されている、というわけなのだ。
想像を超えたハンドリングマシン
これらが指し示しているのは、新しいCTS-Vは決して直線番長なんかではなく、曲がるクルマに仕立て上げられているということだ。全長が5010mm、全幅が1870mmと車体は決して小さいとはいえないし、車重が1.9トンと少しも軽くはないのだが、ワインディングロードに滑り込んでみると、あっけないほど素直に、正確に向きを変えてくれる。どのタイヤにどれくらい荷重がかかっているかという感触もしっかりと伝わってきて、その荷重のコントロールもしやすい。ステアリングも適度に速く、フィーリングもいい。小さなコーナーも意外やちっとも苦手じゃない。慣れれば、スーパーチャージャーならではのタイムラグのない強大なパワーとトルクを利用して、アクセルペダルをつかさどる右足で曲がっていくことも可能だろう。ハンドリングの優れたクルマは、こうしたシチュエーションでスピードを上げていくほどに車体がキュッとコンパクトになっていくように感じられるものだが、CTS-Vもまさしくその一台だ。ドイツ系のライバルと比較すると精緻なフィールでは一歩譲るかもしれないが、コーナリングスピードではおそらく負けてないし、コントロールする楽しさに関しても全く負けてない。CTS-Vは想像以上のハンドリングマシンなのである。
こうして怒濤の加速やハンドリングの楽しさばかり、僕はついつい追ってしまったわけだけど、そもそもこれはキャデラックである。街中をゆっくり走るときや高速クルージングのときの乗り心地は、やはり素晴らしかった。引き締まってはいるもののしなやかで、変な硬さみたいなものはなく、快適なのだ。このセグメントに属するラグジュアリーセダンとして恥ずべきところは何ひとつない。剛なるセダンとしても柔なるセダンとしても、相当に高いレベルにある。
「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格はない」というのはフィリップ・マーロウの有名なセリフだが、なぜだかその言葉がポンと頭に浮かんできたのだった。
(文=嶋田智之/写真=田村 弥)
テスト車のデータ
キャデラックCTS-Vセダン スペックB
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5040×1870×1465mm
ホイールベース:2910mm
車重:1910kg
駆動方式:FR
エンジン:6.2リッターV8 OHV 16バルブ スーパーチャージャー付き
トランスミッション:8段AT
最高出力:649ps(477kW)/6400rpm
最大トルク:87.2kgm(855Nm)/3600rpm
タイヤ:(前)265/35ZR19 98Y/(後)295/30ZR19 100Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:シティー=14mpg(約6.0km/リッター)、ハイウェイ=21mpg(約8.9km/リッター)(米国EPA値)
価格:1470万円/テスト車=1475万9400円
オプション装備:フロアマット(5万9400円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:2493km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:438.3km
使用燃料:77.3リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.7km/リッター(満タン法)/6.0km/リッター(車載燃費計計測値)
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嶋田 智之
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